戦略的モラトリアム【大学生活編】(33)

「どうしたんだい?」

白髪頭の教授がおもむろにコーヒーを出した。

「いただきます」

なかなか言葉が出ない自分にその老人は快闊に話し始める。

「大学はどうかね。そうそう進路は決まったかね?」

とっかかりができたので、自分の重い口を開いた。

「いや、教職課程を履修していて、それで今年からじっしゅうがあるんですよね。そうなると、もう後戻りできないですし、少し悩んでいまして。教職の面談でも『遊び半分の資格ではないよ』と釘を刺されました。もともと遊び半分で履修しているつもりもないですし、どの科目も真摯に受講させていただいております。しかし、自分のここに至るまでの経緯が心の閊えになっていて……。」

「君は確か大検だったね。高校中退かね?それとも中卒かね」

「高校中退です。専門学校からここにきました。不登校で学校に対して強い敵愾心があります。特に教員に対しては。ですから、そこに向かっていることに自己矛盾を感じます」

「でも君は1年から真面目にゼミにでているじゃないか。成績もいいぞ。その科目でも落としたという話は聞いていないがね。大学に対しても敵愾心があるのか?」

「いいえ、大学はすごく過ごしやすく、頭の中を毎日刺激してもらっています。本当にこの大学が自分に合っている気がして……」

「そうか……」

彼はほくそ笑みながら、話を進めた。

「そんな先生が一人くらいいてもいいじゃないか。そう、学校が嫌いな先生が一人いても。色んな人がいて、色んな味方がある。それが社会の縮図だよ。学校も変わっていかないとね。自分はそう思うよ。君はその先駆者になればいい」

「そんなことできますかね。あんな旧態依然とした組織でそれができるでしょうか」

いつの間にか自分の口から次々と言葉が流れでていた。そう、今までせき止められていた水が溢れるように。

「どっぷりと浸からないことだよ。君が思ったことを伝えればいいさ。うまくいかなくなったら、そこから逃げ出せばいい。この国の教育なんてそんなものだ。ただ、君が一瞬でもそこにいることに意味があるんじゃないのか?それこそが重要だよ。『学校を辞めた奴が学校の教壇に立つ』とても意味のあることだと僕は思うよ」

「そうですね」

いつしか自分もほくそえんでいた。そう、自分という時限爆弾を学校に抱えさせてやればいい。少しでも自分の言葉で自分の生き方を伝えられれば、自分がこの世に生まれてきた意味があるんじゃないだろうか。

「ありがとうございました」

1時間くらい話した後で僕は研究室を後にした。

いつ見ても大学ってでかくて自分では把握できないくらいの人間がここに毎日埋もれているなぁ。そんな中で知的巨人に勇気を今日ももらって何とか生きていくのであった。


いいなと思ったら応援しよう!

fal-cipal(ファルシパル)
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》