震災クロニクル3/13⑭

理事長が他の避難所をまわって、帰ってきた。妹の春水(はるみ)さんも一緒だ。この妹は化粧品の会社の社長で、このNPOの理事でもある。ケチで卑しい。スタッフに平気でたかる。しかも、下ネタ好きの三拍子揃った、ゴミくず野郎である。震災前はよく市役所に高額化粧品を売り付ける押し売りをしていた。姉が指定管理施設のNPO理事長だからか、市役所にも我が物顔で出入りしていた。

「コーヒー」

まぁ、入れてやるか。無言で入れると、館内の見回りを名目で事務所を出た。廊下を歩くと、あちこちに細かな地震の影響がある。天井はあちこちヒビが入っていたし、壁もあちこちにヒビ、崩れが見られた。

事務所に戻ると、

「市の道場の様子を見に行くから、車にのせていって」

マジかよ。理事長乗せるのか。まぁ、ガソリン満タンだし断る理由はない。


この理事長のNPOは市内の市内のスポーツ施設の殆どを指定管理していた。身内はほとんどNPOの理事をしている。前市長との繋がりで一括で指定管理をとったらしい。考えれば怪しい話だ。このお陰で、理事長一族に年間4000万の指定管理料が注ぎ込まれる。この事を議会で追求した議員が今の市長である。だから、次の指定管理の更新は難しいだろうと巷では囁かれていた。

その方が健全でいい。

そこのスタッフながら、自分はそう考えていた。



話を現実に戻すと、指定管理をしている施設の一つである道場は物資庫ではなく別の施設になったらしい。自分の顔馴染みのスタッフがそこで宿直している。自分も様子を見に行きたくなった。
理事長を乗せた古い軽は、道場に着くと、理事長と共に中に入った。50代の男性スタッフが受付から出てきた。娘をいち早く県外に逃がしたお父さんスタッフだ。
「お疲れ様です」
だいぶ疲れている様子で挨拶をされた。自分も挨拶を返したが、少し普通ではなかった。

奥の道場に足を踏み入れると、少し異様な空気になった。換気扇は回っているが、物資庫のように何かが運び入れられている様子ではない。ガランとした空間にジッパーがしてある白いビニール袋がいくつか置かれていた。

ここは遺体の安置所になっていた。仄かに香る線香と、無機質な袋のコントラストが自分の心を激しく揺さぶった。
あぁ、ホントなんだな。これが現実なんだ。
テレビを見ていると、どこか遠い国の話だと心のどこかで思っていたのかもしれない。この非日常を心のどこかで楽しんだいたのかもしれない。

だが、ここで現実が心の芯を食った。思い知った。僕はただ呆然と白いビニール袋の前に立ち尽くした。この震災ではじめて涙が頬をつたった。
両ひざをついて、手を合わせ、白いビニールに深く頭を下げた。

しばらく館内を見回ると、受け付け奥にある事務所に入り、今後の打ち合わせをした。とりあえず当面の移動に使うため、自分にも渡されたラミネートを彼にも手渡した。
「使うときは十分に注意するように」

理事長はそう言うと、僕と二人、道場を後にした。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》