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復興シンドローム【2016/11/01~】㉒

徐々に明け方は遅くなり、午前4時だと暗闇に包まれている。白い息を車の窓から出して、熱いコーヒーを啜る。向こうに見えるはずの山筋も見えてこない、完全な闇。
まもなくすると、福岡さんの車がやってくる。
「はえぇな、おはよう」
「おはようございます」

足早にマスターキーで自動ドアを開けると、事務所に飛び込み、制服に着替える。自分の名札のバーコードをスキャンすると、店内暗がりの中、ソフトドリンクのゴンドラをバックヤードに押し込む。福岡さんはそこでコールドドリンクの補充。自分は常温のアルコールを片付けた後、フライヤー商品の整理。流れるように仕事が過ぎていく。

ブラインド越しに見える外がうっすらと見えてくると、駐車場に少しずつ車が入ってくる。早朝のパートの女性、そして30代の社員さんがようやくやってくる。

開店まであと15分。
仕事が一段落して、福岡さんと自分は事務所でドリンクを嗜む。
「いや~昨日はフィーバークイーンで……」
またパチンコか。母親と2人暮らしで、このアルバイトだけ。復興住宅に住み、東京電力の賠償相談に行くのが日課。

「福岡さんってお子さんがいらっしゃるんですか」

「うん。離婚したけどww今大学に行ってて、たまに会うよ」

「あぁ、なんか変なこと聞いちゃってすいません」

どうやら娘さんは母方にいて、たまに会うらしい。福岡さんはとてもひょうきんなオジサンで、どんなことでも笑顔で話してくれる。聞けば結構波乱万丈な人生なのに、彼は笑顔でボクに話してくれる。
彼は震災前、工場勤務だったそうだ。夜勤と日勤を不定期で繰り返す単調な日々。パチンコ・競輪あらゆるギャンブルを一通りやって、それなりに平凡に暮らしていたそうだ。そして、あの日

3月11日がやってくる。
一瞬にして工場が閉鎖。彼は無職になってしまう。避難所を転々としながら、高齢の母とともに地元のここにたどり着いた。

震災の漂着民

そして彼は現在に至るわけだ。仕事がなく、収入がない。
一見すると、とても惨めなはずなのに….。

そして、原発から20キロ未満のここに、ゆっくりと根を下ろしたってわけだ。

「かーちゃんが働かないとダメになるっていうからよぅ……」

この話を聞いた時、福岡さんの母親はよく分かっていると思った。本来は原発事故の賠償があるため、働かなくてもそれなりに生きてはいける。しかし、それは「生きる」のではなく、「生かされている」のだ。
さらに、震災直後のあの時のことを考えると、人が腐るのにそう時間はかからない。
帰還困難区域の仕事をしていたとき、元漁師のあの人が警備員として働いていたことを思い出す。

「働かないとダメになるから」

そう、人間は本能的によく分かっているのかもしれない。

じっとしていると人はどんどんダメになるっていう……

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》