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戦略的モラトリアム【大学生活編】(38)

「大学4年でこんなに詰め込んじゃって大丈夫?」
学生課のスタッフから履修登録で心配の声が飛んだ。

「まぁ、特にすることないので……。」
着のない返事を返すと、
「教職だっけ?じゃあ採用試験の準備なんだ~?頑張ってね」

いやいや、このご時世、教員なんてしないよ。少子化で教員余ってるでしょ?倍率見てみなよ。100倍超えるわwww

他の教職課程履修者は就職活動と両立してやってるのが普通だそうだ。自分はというと……東北の片田舎なんて少子化と高齢化のダブルパンチで、採用の見込みなんてゼロに等しいのに。
というか、教育実習でまだまだ道のりは遠いのに、教員免許なんてまだ取れると決まったわけでもないからね。

自分なりにある程度の突っ込みを脳内でしておけば、精神的な平穏は保たれる。

4月の雑踏の中、同ゼミだった同級生に久しぶりに会った。
「よう!」
「どうも、久しぶりです」
同級生といっても2歳年下だが、彼は屈託のない笑顔で大学1年の時から気が合って、よくつるんでいた。

「ようやく就職内定もらいました。刷毛の会社なんですけど、営業職っすね」
「よかったじゃん。後は大学生活をエンジョイするだけか?」
「いや~就職前の懇親会とかもありますし、バイトも忙しいんですよね。卒論はまだですし、いろいろ大学外でやることあるんですよ。単位は間に合いそうなんで今年はほとんど履修していません」
「そっか~。今日会えたのはラッキーなのかもな。自分は何も動いていないよ」
「就活しないと、乗り遅れますよ」
「そんなのとっくに乗り遅れてるよ。教育実習もあるし、自分は自分なりに予定は入ってるんだけどね」
「〇〇さん、試しに就職活動やってみればいいじゃないですか?受かっちゃったら儲けものですよ。教員採用試験って難しいって聞くし」

「……う~ん」

自分の大学生活の中でまだ体験していないことはこの『就職活動』なのだ。きっとボロ雑巾のように扱われるのは分かっているので、あえてこの経験はしたくないと思っているのだか……。しかしながら、大学4年の体裁を整えるのに外見的には就活している大学生というのは普通に見えるのかもしれない。気は進まないが、少しだけ経験してみようと思った。

自分の中では全く乗り気ではない『就職活動』が教育実習の前に前倒しで実施することになった。リクルートスーツは塾のアルバイトで数着持っていたので、その辺は心配ない。後は企業にエントリーシートを送って書類審査、事前研修・1次面接で合格発表。その後、2次面接に進む。

ボクは大学の就職センターで、都内の小さな進学塾グループにエントリーすることを決めた。

何だろう。就職する気もないが、このとてつもなく嫌な大学4年の定番活動に自分が身を置いていることを認めたくはない自己否定が、数分後には自己嫌悪に変わり、自分のやっていることが本当に自分のやりたいことなのか自問自答するほど、厄介な活動である。

数日後、エントリーシート提出から、研修ビデオを集団で見るため、都内のある施設に来るようにメールがあった。どうやら書類では落とされなかったらしい。
数日後、自分は都心の東京国際フォーラムにいた。200人近くの就活生に紛れながら、映画館のような巨大スクリーンの前に座らせられた。

「業務の説明か何かかな?」

そう思った自分が甘かった。

始まったのは『新人研修』の合宿の映像だ。巨大な壁を同期のみんなの協力で登りきる。声出しをして、自分の限界に挑戦する。1日ひたすら山道を走る。こうすることで社員同士の絆が生まれ……

「薬物でもやっているのか?」


合宿の最後の映像にはみんなの笑顔が……
2時間近く、そんな研修の映像を見せられ、すぐに面接が始まった。


何かとんでもないところに来てしまった……後悔しても、もう遅かった……。


次回に続く


追記:これは就職氷河期の当たり前の就職活動の様子だったと聞いています。自分がこの本編で体験したことは事実です。


福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》