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VINTAGE【とある日、オーナーのお話】㉕

「オーナーは以前何をしてらっしゃったのですか?」

3年近く、Vintageに通うと、自然と人となりが気になるものだ。

「学校にね……」

聞いてはまずかったのだろうか。口が重く、ただ言葉少なにほほ笑むだけだった。
しばらくの静寂が店を包みこむ。
BGMのボサノヴァが私たちの間をただすり抜けていく。

「白い巨塔って知ってる?教員はね、あのようになりたい人ばかりなのよ。扇形の先端に立つことしか頭にない人ばかりいるの。それが馬鹿らしくなっちゃってね」

「権力欲ですか……でも、たとえ校長になっても教育委員会とか地区の教育事務所とか、権力が上のところはまだまだありそうじゃないですか」

「そうなんだけど、上り詰めたいんじゃないの?小さい集団の中でトップになってもサル山の大将なんだけどね。扇形の頂点が心地いいのよ、きっと」

「〇〇なんて、とくにそうじゃない?教材研究や現場の仕事を蔑ろにして、裏で政治的な権力争いに没頭して、校長になった人じゃない?そんな人はもう子供のためにはならないよね」

〇〇……!!

うちの大学の教授だ!!確か教職課程の先生だったはず……

「そうですよね」
「確か、ここの大学の先生じゃなかった?」

先に言われてしまっては仕方がない。重い口を開き、ボクはこう答えた。
「そうですね……確かにその教授の派閥はあります。一定の学生は熱烈にファンですね」

「あなたは?そのグループには入らないの?」

「……」

答えられなかった。自分はそんなに教職というものを真剣に志してはいないから。

「本来の仕事の目標ややりがいを失っちゃだめよ。お金なんてあの世には持っていけない。死んでも残るのは、その人が誰のために何をしたのか、だからね」

突き刺さった。
なんと今の自分は小さく、醜いのだろう。
地位や名声にすがり出世を目指すのは人の世の常
生きがいにしている人もいるかもしれない。でも、人から崇め奉られるのは、地位や名誉ではなく、あくまでその人の徳なのではないだろうか。

今、何となくで教職についてしまったら、きっと名誉欲に取りつかれるだろう。オーナーのいう『サル山の大将』だ。

どんな職業でもその仕事のやりがいは何物にも代えがたい人生の宝。
何の信念もないまま、やみくもについた仕事で、仕事の本質や喜びを理解できようはずもなく、ただひたすらに『力』を求める。

今日のVintageは少しほろ苦いフレンチコーヒーのように舌にいつまでも残り続けた。
この話は心に刻もう。いつか自分の人生が行き詰ったときに、もう一度この話の内容を思い出すために。



福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》