たとえ僕が幸せでなくても。
暑い夏の日、君はひまわりを持って僕の部屋に来た。
「ピンポ〜ン」と軽快にチャイムが鳴る。
僕は突然の君の来訪を玄関ドアのスコープを覗いて気づいてうろたえた。一瞬で血の気が引くのを感じたよ。なぜって僕の部屋には別の女の子がいたからだ。
暑さで少しのぼせた君の頬のピンク色が目に飛び込んできた。このあと君の頬がもっと激しく紅潮するんじゃないかと思うと意識がくらっとした。
僕は君を失いたくなかったんだ。
「こんにちは。私〜」
ほがらかな声が耳に届く。僕の慌てた気持ちとは正反対の清廉潔白な響き。
君は今日、バイトじゃなかったのか。
自室に別の女の子、そこへ彼女登場。なんとかうまい言い訳をしなくちゃと頭をフル稼働させた。でもそんなものとっさに思い浮かばない。こんなのを誤魔化せるはずがない。高鳴る鼓動を感じながらうわずった声を細く吐き出す。
「えっと、ちょ、ちょっと待って」
怪訝な空気がドアの向こうから漂ってくる。
脇汗が出てきた。
ちょっと待ってもらったところで迫りくる大惨事を回避できるとは思えなかったけど、とにかく時間を稼ぐしかない。そう、時間だ。頭をクールダウンさせよう。
必死で落ち着こうとする僕に向かって、部屋の奥にいた女の子が大きな声を出した。
「ねぇ、だ〜れ?」
背筋が凍り、体が震えた。
部屋中に響き渡った女の子のキレイな声が耳にこだまする。
「ねぇ、だ〜れ?」「ねぇ、だ〜れ?」
思考が停止した。
ドアの外でドサっという音が聞こえる。僕は即座にドアに手をかけた。開けて、彼女に言い訳をする必要がある。ドアノブを回そうとした瞬間に、大きな足音が聞こえた。彼女がドアから勢いよく遠ざかる足音。慌ててドアを開くと足元には散らばったひまわりの花。反射的に体が後ろにのけぞる。
走り去っていく背中が見える。ブルーのワンピースの裾が翻っている。
あれから電話はつながらなくなった。
だから言い訳だってできなかった。
もうきっと許してもらえないと思ったから家に押しかける勇気もなかった。
僕は君をとても愛していたのに、君を失った。
一番大切な人が誰かってちゃんと分かっていたのに、どうして僕は別の女の子との時間がほしくなったんだろう。
若さのせいにしたくないけど。
やっぱり若かったんだよな。
毎年、ひまわりが咲くのを見るたびに、君を思い出してるよ。
そういえばあのとき君が持ってきたひまわりは何本だったんだろう。
もう思い出せない。
今、どうしてる?
君が幸せだといいな。
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