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線路の石

今日も学校が終わり、急いで自転車を走らせて駅へ向かいました。
全力でペダルを踏み、学校から逃げたのです。
何かから逃げているわけではなかったのですが、一刻も早く学校から離れたいと思っているように、周りに見せたかったのかもしれません。

「楽しいはずの高校生活を、僕はこんなにつまらなそうに、逃げ帰るほど嫌気がさしているんだ。かわいそうだろう」

自分の頭の中で、周りのみんなが自分をかわいそうだと思っている様子を思い浮かべていると、空洞になった胸を何かが叩き、暗い音がそこで鳴り響いているようでした。

すごく寂しいような、でもなにかぞわぞわするような気持ちよさにも似た感覚があったのです。

僕はとりたてて不幸というわけでもありませんでしたし、
どちらかといえば恵まれている環境でした。

成績もそこそこで、運動も悪くない。
いわゆる優等生なほうだったと思います。

ただ、日々の生活に、いったいこれは何なんだろうという気持ちを感じながらも、理由もわからずよりよい成績や、周りからの評価を得なければいけないんだという焦燥感を感じていました。

「これをいつまで続ければいいんだろう」

「なぜ、わざわざもっと難しくて、めんどくさいことをしなければいけなくなる方向に、無理をして向かわなければいけないんだろうか」

「嫌なところに行くために嫌なことをしているだけじゃないか、意味が分からない」

そんなことが頭の中で反芻されていて、気が付くと駅に着いており、
いつものように駐輪場に自転車を止め、鍵をかけました。

過去1年間に、この駐輪場で2度パンクしていたことがありました。
タイヤの横に穴が開いていたので、誰かがキリのようなもので刺したようでした。

「無料の駐輪場だから、まあ文句は言えないか。」
「無差別にやったんだろうか、狙われていたとしたらいやだな。」
またそんなことを思いだしながら駅の階段を上り、toicaをタッチして改札を通りました。

駅のホームには、隣のクラスのK君が単語帳に目を落としながら電車を待っていました。

こちらに気が付いていないようで、話すのもなんだか面倒に感じてしまい、
それも悪いような気持ちも感じながら、なんとなくそのまま少し離れたところで電車を待っていました。

ホームから線路を挟んだ向こう側の柵には、びっしりと有刺鉄線がはり巡らされていて、そちらを目線でなぞりながらボーっとしていますと、電車が到着しました。
乗客が降りるまでドアのわきで待って電車に乗り、いつものようにドアのすぐ横に立ちました。

電車の中は相変わらずたくさんの人で、毎日乗っていてもその息苦しさには慣れません。
視線のやり場に困ったり、つり革や手すりを持つ手が汗でびっしょりになってしまうのも気になったり、緊張していました。
いつも電車のドアの、縦長の窓から外の景色を眺めながら帰るようになっていました。

そのような毎日の繰り返しのなか、何か大切なものが滑り落ちていっているような感覚を感じつつも、一体それが何なのかはわかりませんでした。

ただ、春先の朝、桜が咲いた並木道を自転車で通学している時などは、大切な時間と一緒にいるような安心感を感じることもありました。
そんな時間をたくさん集めたいと思いました。

しかし、ふとすると、日々のやるべきことに飲み込まれて、そのような温かい気持ちは簡単になかったことになりました。

僕はますます、僕に対してふて腐った態度をとることが心地よくなっていきました。
僕が僕と二人で、誰からも見えない部屋の中でそのようにしていることは、周りには全く見えません。

「何だろうこれは、きっとこのままではよくない気がする」

そのような、何が苦しいのかわからない感覚は大変苦しいもので、
日々の流れの中に捨てたかったのですが同時に、
どうしても無視することができなかったのです。

雨上がりの朝日や、授業中に窓から見える木々のざわめき、
夕日の差し込む廊下、下校時の西日に照らされた公園、
放課後に校庭や校舎に響く部活動の声、

このようなもの達について、虚しさと同時に、
親密さ、美しさを感じていました。

その日も学校が終わり、いつものように電車に乗り、
窓から景色を眺めていました。

途中駅に止まった時、ふと窓から線路の方に目をやり、
敷き詰められた石達に気づきました。

彼らはずっとそこにいましたが、僕の中にはいたことがありませんでした。

その中の一つの石を見めると不意に、頭の中で声が浮かびました。

「君もなかなか偉い」、「いつも頑張っているね」

その時、その石は僕で、僕が声をかけているのか、かけてもらったのか、
石と僕の境目がわからなかったのです。

気付くと涙がこぼれていて、周りに気づかれないよう外を眺め続けていました。








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