凛々(男)

凛々(男)

    最近の記事

    主殿大殿 (プロローグ)

    美。輝かしいものだ。それを見るといと苦しきこと。それを抱ける男女誰であろうと嫉妬で苦しむ。涙さえ余は流す。 わしにはなりえない。そうなりたいのに。美を作り出す者、輝かしい者を呼ばせても虚しいのだ!耽美は出来ぬ!その美しさを美しさに、余がなりたいのだ。輝かしい者になりたいのだ! あれを見よ。あの踊り子を。断髪の美しいこと。 あの美しさ。清らかさ。輝きだ。あの髪になりたい。その一本でもよい。 あぁなりたい。美しくなりたい。輝かしい者に! 死さえ、この嫉妬の苦しみに比べれば軽く

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      • 『詩が書けない少年』

        少年にはエマの美しさを描写する才はなかった。  ただふんわりと髪がなびいているエマの姿だとか、眩いばかりのフォーカスをかけたエマが微笑する姿が浮かぶだけだ。 ⾔葉が貧しい少年はただ“可愛い ”、“キレイ”という⾔葉を 吐くしかなく、しかもその⾔葉が持つ恥ずかしさから、⾔葉よりも映像的なものを思い浮かべた。 少年には画才はなかった。⼦供じみたズレた考えのせいで、何度も描くという⾏為をしなかったのだ。 エマは転校する。教室でお別れの挨拶をする。ついぞ少年のことなど知ることもな

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        • 断片1

          花の季節はいつ始まるのだろう。 何処で起こった恋の話を私は忘れてはいなかった。 それはある夢みがちな女性を愛する物語である。 B子はある裕福な家庭で生まれた。花畑が 一面に咲き誇る場所が近くにある彼女の家は地元でも有名な地であった。 フルートの音色が彼女の夢を育んだ。 花畑を馬車から眺めるのは彼女を夢みごちにさせた。 鐘が彼女の恋を芽生えさせた。相手は少し上のある、お方の子息である。 貴婦人の集う舞踏会があり、彼女と彼女は目を合わせた。恋が伝わるように・・。

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          • Bruckner

            Bruckner  いわば、付け焼き刃な知識でブルックナーを語るのは意味がないような気がするということだ。  語り得るなら音楽だ。まるで下手なレビューのような安っぽい感想文にならざる負えないのは仕方がないが。  ブルックナーに触れたのはマーラーの九番に関心を強く持ち始めた高校生の時であった。  試聴サイトでカラヤンの1988年ウィーンフィル演奏のブルックナーの第八交響曲の二楽章があった。高く上り詰めて高らかにトランペットがテーマを奏する。  高校生で偉そうで青かった私はレビ

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            noteでも小説は投稿できるのかな?

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            メシアンの昇天を聴いてます

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            マーラー受容について書いている途中ですね

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            Brucknerの受容(異稿の問題など)

             最初に断っておくが、私はマーラーほど、ブルックナーの受容の歴史について詳しくはない。私のこの理解は10年も前の概要であるからあまり役に立たないであろう。  そこは興味があれば調べてもらうほかあるまい。(とはいえ、この国にそれほどブルックナーの書物が翻訳されているとは思えないが。)  ブルックナーの稿自体は複雑であり、一体どうとらえるべきか。こういう相違はどの作曲家にもある話だが、ブルックナーほど複雑なものとなっている例はあまりなかろう。  その違いを面白く聴くのはそうだし、

            ・聴く“姿勢”、読む“姿勢”

             DSはアメリカに来た際に ブレーズがやった試み演奏会の椅子を撤去したコンサートにいった。 若者が絨毯に座り込んだり、寝転んで聴いていたようで、音楽を聴く姿勢ではないと苦言をいっ たそうだ。  第一姿勢を気にしだすこと事態が、夢中といえるのだろうか。しかもコンサートならまだしも、自分 の自宅で聴く録楽の場合で・・。 夢中をある種のリラックス状態であると考えた私は小説を読むためにそれこそ寝転んでよんでみ たりした。 小説の読みは、聴いた箇所が云々と同じようなもの。  強迫

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            サド侯爵夫人

             戯曲の読みは退屈にはなるまい。 小説とは異なり、戯曲なら“わかる機会”は多い。 あぁ、動画で長大な音楽作品を聴くよりも意味ありげになるのはやはりありがたいことといえる。 長大な台詞も意味があり、しかも“美しい”のだ・・。  どこかで書いてであろう。“言葉は自信だ”。 “自信は言葉から生まれる。 言葉が持つ断定力が推進させる力ーそれが正しい断定では決してないけれどー”(拙作のエッセ イより)  そういうものだ。戯曲は溢れんばかりの言葉の洪水、そして演者の迫力のもとなされる

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            ワルターのマーラー第8交響曲の演奏

            ワルターがこの曲のウィーン初演の指揮を務めた。もっともマーラー自身は、ウィーン初演をフランツ・シャルクに任せるつもりだったようだが。しかしながら、このウィーン初演は成功を収めた。恐らくワルターは1930年代までこの曲を演奏した。彼は間違いなく、この曲の優れた解釈者であった。1950年代にミュンヘンにてこの曲の演奏を打診されたWalterであったが、彼自身、この曲の演奏を希望しながらも、予定されていたリハーサルの期間の短さでは演奏が不完全なものになると考え、これを断った。(この

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            Anton Webern

            ヴェーベルンが持ち合わせていた情緒性を捨て去ったのはなぜだろうか。 疑問を挙げる意義はあろう。 本質的にはロマン派であり、その権化とも言うべきマーラーを崇拝者のうえ、指揮者としてマーラーの解釈は卓逸していたのに。 そしてあの美しい初期の歌曲・・。 もしくはヴェーベルンが音楽学で 卒論を書いていることも関係しているのか? それが古代ギリシアの音楽論と結び付くからか。 自然学のこともあるのだろうか。 登山を愛したヴェーベルン。息子との印象的な写真。 プイッツナーに師事しようとして

            アドルノ(音楽)とベンヤミン(文芸)

             アドルノについては高校から本格的に始まった音楽受容から著作にーたいしてわからなかったと いう事実をおいておけばー目を通していた事を考えれば 反対にベンヤミンは存在はー今も薄い記事であるがーウィキの記事を遅くても高校から知っていたのに著作を知るようになったのは大学からだ。  膨大にあった学術文庫に三島憲一氏のベンヤ ミンの評伝があり、それをぱらぱら読んだ記憶がある。そして著作を読んでみようと思ったのは文 芸の興味からである。 例えば、アドルノの著作は(プルーストの評論が載って

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            聴取体験について

            小説読みのようなと言うのは西洋文学における“ロマン”であると思います。長大な小説、物語であるロマンはあらゆる変遷をかけることに等しいのです。 そういうわけで私が、交響曲にフォルムによる様式美を感じると言ったことが理解されるかと想います。 「浄められた夜」 これはシェーンベルクの初期の傑作です。 この曲の最後のあたり、私が「救い」、あるいは「救済」と感じた主題が始まります。 このような救済はまさにマーラーの作品の受容で得た用語でもあり、聴き方でありました。 さらにはそれは交響

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            どうもはじめまして。

            はじめまして。かつて音楽に身をささげようとした馬鹿です。 私は音楽哲学もどき、音楽史の研究もどきをしてきました。 音楽からは離れてはいますが、何かしら残った知識や考えたことはどうにか 遺せないものかと未練がましいことに、noteの登録にさせていただきました。駄文拙文の限りですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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