見出し画像

8両目の奇跡の出会い

今日も帰る電車は最終電車。

——今日も疲れた……。


毎日仕事で納得いかないことで怒られる。

いわゆるブラック企業で働く私はとにかく疲弊していた。人一倍仕事をこなしているのに、新人が失敗しても上司の矛先は私に向く。

私は入社してから仕事に一生懸命打ち込んだ。残業も休日の呼び出しも毎日頑張ったつもりだ。そのおかげで仕事は人並みにできるようになった。


ただ、そうするうちにいつのまにか彼氏や友達ともすれ違い、気がついたら1人になっていた。始めはそれでもよかった。そのうちに自分に似合う人が出てくると思っていたからだ。

でも、そう思ってから無情にも月日ばかりが過ぎ、ついに私もお局だとかいわれる歳になり、陰で悪口までも言われ始めた。


今日トイレでたまたま聞いてしまった同僚たちからの私への悪口。さすがに直接聞いてしまうとショックは、かなり大きい。一瞬で私の気持ちが折れてしまった。


ーー何の為に頑張っているんだろう。楽しいことなんて何もない。あんなに頑張った仕事も結局何も自分には残っていない。


明日は30回目の私の誕生日。毎年1人で過ごしていても特に寂しさとか感じないが、今日は酷く虚しい。


そんな事を思いながら少し遅れていた最終電車に乗り込む。誰も座っていないボックス席に座り、流れる景色を眺める。


街から離れ徐々に光が少なくなっていき、真っ暗な世界に入った。

すると窓に映るのは今にも泣き出しそうな自分の顔だ。


——こんなはずじゃなかったのに……。


我慢できずにほろほろと涙が頬を伝う。一度泣いてしまえばもう止まらない。何度もハンカチで目を押さえていた。


「大丈夫ですか?」


すぐ近くから柔らかい男の声がする。いつの間にか同じボックス席の斜め前の席には、グレーのスーツを品よく着こなしている。30代くらいの落ち着いた感じの男が座っていた。


「大丈夫です。ありがとうございます」


泣いている姿なんて知らない人に見られて、少し恥ずかしい。それからお互い何も言えず沈黙が流れた。


——本日は信号機トラブルの為、暫く停車いたします。お急ぎの所お時間頂きまして申し訳ありません。


まさかこんな時に、思いがけずに電車が止まってしまうなんて……男と目が合いお互い苦笑した。


「参りましたね……」

「本当に……。早く動くようになれば

いいですけど」

「お仕事、今日は遅くなったんですか?」

「いや……結構いつも終電に乗っています。」

「そうなんですか?お仕事お忙しいんですね。」

「私仕事ばかりしてて、本当は仕事ばかり頑張らなくてもよかったのかもしれません。それなのにいつの間にか仕事ばかりして……いつのまにか気がつけば1人になっていました。」


男は、眉を下げ私の顔を見つめる。柔らかく笑った。


「大丈夫ですよ。無駄な事なんて一つもないから。後悔に早く気がつけたって思えばいいんです。これからまた縁がある人が近くに現れますよ。」


自分の思いを誰かに聞いてもら事なんて、ここ何年もしてなかった。男の言葉に心が救われた気がした。


——パチパチパチパチ……


「お誕生日おめでとうございます」

「え?」

「0時過ぎましたから……。こんなおじさんが一番にお祝いの言葉を伝えて申し訳ないんですけど、お誕生日なんででしょ?今日。」

——あれ?私は誕生日の事いったかな?

男の笑顔を見ると、不思議な違和感はどうでもよくなった。

「はい!ありがとうございます。嬉しいです。いい歳になりそうです」

「今日は8日ですか?8は縁起がいいですからね。末広がりだし……8って横にすれば∞ですから。僕も8は好きです。ここも8両目ですしね。これから沢山いい事ありますよ!」

「ふふふ。何かありがとうございます。」


電車はゆっくりと動き出す。

たまたまこの電車に乗り合わせたボックス席の男。長い付き合いの誰よりも、先程知り合ったばかりのこの男の方が、 ずっと近くにいる気持ちになる。人を思いやる気持ちには、出会った時間は関係ない。私が欲しかった言葉をくれたのは男だけだった。


その日から私の心は、温まった気がした。


そしてその日を境に、男とは最終電車だけでなく、毎朝の満員電車でも出会うようになった。朝のぎゅうぎゅうの電車の中では私の隣に来て、私を他の人から守ってくれる。電車の中だけのデートみたいで、どんどん彼の事が気になっていった。


——そう私は彼に恋をした。


今朝の満員電車で、私は彼の耳元で告白をした。電車以外の彼と会いたくて……。


「す・き・で・す」






——僕は、毎朝の通勤電車でロングヘアが素敵な女の人を見かける。その人がこんな早い時間に電車に乗るのは、満員電車をさけているからだと思っていたのだが、この空き空きの座席には絶対座らない。

それどころか必ずこの8両目のドア付近に窮屈そうに立っている。そう……まるで満員電車に乗っているかのように。

そして今日も頬を赤らめては、誰もいない所に向けて満遍の笑みでつぶやいていた。


「す・き・で・す」


まるで愛しい人でもすぐ側にいるかのように……。




彼女には何が見えているのだろう……?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?