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大地は繋がっているしあらすじは自作しがち

最近、というわけではないけれどYoutubeを見るようになった。昨年に比べてだいぶ、Youtubeに費やす時間が増えている気がする。
Youtubeは功罪いずれもあるので、あまりのめり込みすぎるのはよくないなあと思いつつ利用しているのだが、おすすめで上がっているものについ惹かれてポチッと見ちゃう。

私の最近のお気に入りは杏さんの動画だ。
杏さんというのは、俳優でモデルの杏さんのことである。
初めて見た杏さんの動画は、杏さんがご自宅でクリスマス料理を作るというものだった。

広々としていて使い勝手のよさそうなキッチン周り、木目調の調度品も素敵だ。薪ストーブでピザを焼いているのを見ていると、それだけですっかり口がピザになってしまう。今とてもチーズが食べたい。

この動画を見ていて何より素敵だと感じるのは、きざったらしくないところだ。
杏さんは手際がいい。そして楽しそうに料理をされている。でも、うっかりこぼしちゃうときもある。私はその場面で心を掴まれた。

上の動画の中ごろ、6分くらいのところを見て欲しい。
杏さんが油が入った器を倒してしまう場面がある。油をこぼしてはっと息を呑む杏さん、そして何かしらの諦め&現実を受け入れるまで。
わかる! ああ、とてもわかる! 
私は感情移入しまくって見ていた。
ああいう、やってしまった瞬間のあの感覚、料理をしていてうっかりやったことがある方は共感しかないんじゃないだろうか。
料理でなくても例えば、絵を描いているときにうっかり水をこぼしたとか、ミシンがけで間違えて自分が着ている服の裾を縫っちゃったりとか、同じような気持ちになった経験は誰しもあると思う。

私は、小さなうっかりで料理のテンポが崩れると、「もう駄目だ」モードに入りやすい。ケチがついた気分になるのだ。
料理とは不思議なもので、くさくさした状態で作ると、くさくさした仕上がりになってしまう。なのでちょっとつまづくと、その後の工程、全部が全部投げやりな気持ちになったりするのだ。

でも上の動画で、その後こぼした油を拭くも若干油のテカリが残るテーブルの上で料理を継続する杏さんを見たら、何か「そういうこともあるわな」という気持ちになった。あんなに手際が良いのにうっかりやっちゃう。そのキュートさに魅力を感じた瞬間、自分の小さなミスもなんとなくやり過ごせるようになった。
たぶん彼女にとってはたいしたことのない動作なのだろうけど、動画を見たあと、私は料理をするのがちょっと楽しくなった。いや、元々料理自体は嫌いじゃないんだけど、楽しむための許容範囲が大きくなったというか、視野が広くなったというか。

さて。そんなことがあったあと、本屋に行った。
これまでnoteに上げてきた記事では、だいたい何の目的もなく本屋におもむいて本を選んでいたが、今回は違う。
今回は、ちゃんと目的を持って本屋に行った。
杏さんの本を買うため――ではない。実は、杏さんの本は動画を見るより先に、もう何年も前に買って読んでいる。

今回本屋へ行ったのは、杏さんが別の動画で紹介していた漫画をゲットするためだ。

この動画を見て、私が読みたくなって買いに行ったのは、『乙嫁語り』(森薫、BEAM COMIX)である。

『乙嫁語り』をご存知の方は多いと思う。
マンガ大賞に何度もノミネートされ、2014年に大賞を受賞した(Wikipediaより)、大人気作品だ。
いまさらご紹介するものではないかもしれない……。
でも、あろうことは、私は読んでいなかった。作品名も作者名もちゃんと知っているのにである。

あんなに人気で、話題にもなっていて、作品の存在を知っているのに何故と不思議に思われる方もいるかもしれない。
私も同感だ。
何故もっと早くに読まなかったのか。今となっては強く思うが、答えは簡単だ。
私はあらすじを完全に勘違いしていた。どういうわけかずっと、ゴリゴリの戦記物(軍記物)だと思っていた。

『乙嫁語り』1巻のあらすじを、Amazonから引用する。

中央ユーラシアに暮らす、遊牧民と定住民の昼と夜。
美貌の娘・アミル(20歳)が嫁いだ相手は、若干12歳の少年・カルルク。遊牧民と定住民、8歳の年の差を越えて、ふたりは結ばれるのか……? 『エマ』で19世紀末の英国を活写した森薫の最新作はシルクロードの生活文化。馬の背に乗り弓を構え、悠久の大地に生きるキャラクターたちの物語!

乙嫁語り 1巻
Amazon

このあらすじだけで勘違いしたのかは定かではないが、「ふたりは結ばれるのか……?」の部分や、「馬の背に乗り弓を構え、悠久の大地に生きる」あたりで勝手に、政略結婚とか領地争いとかそういうのが巻き起こる物語だと認識したのだろう。
悪いのは他でもなく私だ。先入観だけで勝手に、そう思っていた。
戦略と知略が入り混じった緊張感の強い物語だとずっと思っていて、気になっていても手に取ることはなかった。

私は、カタカナの人名と地名にすこぶる弱い。その上、やれ政治だなんだと思惑が入り混じったりすると、わけわかんなくなってしまう。
それでも小説なら(上中下巻構成くらいまでなら)読むのだけれど、かなりの巻数をまたぐ漫画はついていける気がしなかった。
新刊がでるまでのあいだに、それまでの流れをすっぱり忘れる自信があるからだ。
この手の重厚な物語を読んでいて悲しくなるのは、巧妙に張り巡らされていたはずの伏線に「はて、そんなこともあったかしらのう」とぽかんとしちゃう瞬間だ。
読むとしたら完結したあと、まとめてかなあとぼんやり思っていた。

が、蓋を開けてみると、『乙嫁語り』はイメージしていたお話しとは全然違った。今現在、私は5巻まで読んでいるが、面白い。読んでいてめちゃくちゃ楽しい。

もちろん、ストーリー上思惑めいた展開もないわけではないけど、そもそもそこはたぶん主軸じゃない。
既刊分のまだ途中までしか読んでいないが、『乙嫁語り』の主軸にあるのは暮らしであり、生きることだと思う。

日常系とも言えるかもしれない。
今より百年くらい前の、日常。山羊を飼い、獲物を狩り、刺繍をして暮らすことが当たり前だった場所での日常。そこには小さな悩みや大きな悩み、後悔や喜びがいくとはあって、人々は日々それらと向き合いながら生きている。
現代とは違う、国も文化も違う、でも根底に流れる感情には今と変わらないものもあって、そういう場面を見ると、励まされたり、心強く思えたりする。
当たり前の日々を過ごすことも、そうやって年を重ねていくこともいいなあと感じる。

未読の方は、肩に力を入れずに手に取って読んでみてほしい。
まだ5巻までしか読んでいない私の情報なのでこの後はわからないが今のところ、『乙嫁語り』は1巻単位で読める。
1話完結というわけではないし、話は続いているが、先へ先へと読み進めないとすっきりしないタイプの物語ではない。ちゃんとほどよいタイミングで区切りがある。

自分ではない人の当たり前の日常に触れさせてもらうことで、自分の日々がまた違ったものに見えてくる。
時には背中を押す力になったり、新しい風を感じさせてくれる。視界が開けた気分になる。
人様の暮らしを覗き見させていただきながら、自分を重ねてかえりみるのも悪くない。
視野が広がるのは、楽しい。

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