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¬ PERFECT World 6話

5話


6話

あれから10日程が経った。

 タイチは未だ目を覚まさずにいる。
ナユリはあの後熱が引き、一見何もなさそうな顔をして過ごしている。

 ルーシアはタイチの寝ている部屋にいた。
葛藤し苦悩の表情でタイチの顔をずっと見ている。
わざわざそんな苦しむことないのにと、誰もが思う。

 ケンはしばらく部屋の前をうろうろと歩き回り、意を決して何十回目かの声掛けを試みる。
「ルーシア。たまには外にでよう。見張りなら俺がするから」
「ありがとう。でも、もうちょっとここにいる」

その“もうちょっと”がずっと続いているのだが・・・
何十回目かの玉砕をしたケンはトボトボと部屋を後にした。

「一緒にお茶でもどう?ま、入れるのはケンなんだけど」
そんなケンにハルが声をかける。
おどけて誘うハルに、ケンはため息で返して二人居間へと入っていった。

 イラついた様子を隠そうともせずにケンはハルにお茶を出す。
「イライラしてる所悪いけど、少し、話していいかな?」
分かりやすいケンを微笑ましく思いながらお茶をすすり、ハルが話を切り出す。
ケンは椅子に座り、ハルを真っ直ぐ見た。

 その真っ直ぐさに、ハルはさすがに尻込みする。
このまま、話さずに黙って村を出て行った方がいいのかもしれない。
そうしたらその内『なんだか大事件だったな』でケンの中で消化されないだろうか。

ケンの真っ直ぐな目を見ながら、ハルはその考えを否定した。

 ルーシアが自ら心を開いたこの少年に、ルーシアを託してみたい気持ちもあるのだ。
今から話すことが、ケンを諦めさせる事になるのか、ケンを奮い立たせる事になるのかわからない。
けれど、こうやってケンに話さなければ、自分からはきっと動かないだろうルーシアには明るい未来の可能性はないのだ。


「ルーは、ケンに惹かれてる」
長い沈黙の後の衝撃発言にケンの苛ついた心が吹っ飛ぶ。
ケンは身を乗り出してハルに詰め寄った。
「本当か?ルーシア、俺に惹かれてるって?」

 そのあまりの勢いに、ハルは少しのけぞりながらもケンから目を逸らさずに話を続ける。
「だけど、今回の事をショックに思っているのも事実よ」
ハルの一言で一喜一憂する、その様子が分かりやすくて、安心できる。
ルーシアが惹かれるのも分かる。

「好きな人をAtype24の襲撃によって奪われたから、Atype24をすごく憎んでる。そのAtype24がケンのお兄さんだって知ったから、すごく苦しんでる。私、襲撃の後ルーと離れて行動することになった時、心配だったからルーに発信器を持ってもらってたのよね。
だから、ルーの居場所を確認するのは日課になってる。
ルーがね、一つの村にこんなに長くいるのは初めてよ。口調が和らぐのも、ケンとだからだと私は思う。でも、ね。ルーは、この村に居続けられないわ」

硬いケンの表情。
それでも黙って聞いてくれるのは、次期村長としての教育の賜物か。

「第一に、この村とAtype24の間で苦しむに決まってる。ルーはタイチまでも生かそうと思ってる。それはケン、あなたの兄だからよ。・・・血縁を失っている私達には、簡単に考える事が出来ない問題だわ。・・・あの、聞きにくいんだけどケンのお母さんは?」

「あぁ、4年前に病気で亡くなった」

「そう・・・そういう話題も、どう声をかけていいのか分からない程、私たちの血縁関係に関する考え方は逸脱してるのよ。私は両親の顔を知らないけど、ルーは両親を覚えてる。
・・・研究所生活の中で必死に何回も思い出していただろうから、覚えてるのを、覚えていると言った方が正しいんだろうけど。両親の記憶を大切にしているルーだから、敵がケンの兄だって知って『復讐したい』という思いと『ケンの兄を殺したくない』という気持ちの板挟みよね」

「あんな奴、どうでもいい」
今までのケンらしくない、感情のないセリフ。

 少し表情を窺うもののケンの真意を掴めないまま、ハルは話を続ける。
「第二に・・・こちらの方が切迫してるんだけど。ルーは、第一帝国の元首に狙われてる。命が、ではなく、存在そのものをね。私たちの研究所の所長が第一帝国の元首になったってのは知ってる?そう。ルーがパーフェクトになってから、あいつがルーに執着しだしたのは薄々気づいてた。でもたかだか普通の人間だと思っていたから、気にも留めなかったの」



爆発が続く研究所の瓦礫の中。

ヴィリエを埋葬し終えた後、墓の前で立ち尽くしたまま動けなかった。

これからの事なんて考えたくない。

いっそ今、襲撃者に殺されてしまいたい。

「ヴィリエは死んだか。やはり、人間なんてあっけないモノなんだな」

今一番この場にふさわしくない者の声が聞こえた。

振り返らずに無視し続ける。

「もう親父も死んだ。機関の人間もいない。人間兵器の研究はやめだ。これからは、私が、パーフェクトの国家を造る。その為にはお前が必要だよ。お前は、国家の“母親”になれる存在だ。ルーシア」


虫酸が走る


とは、この事なのだろう。

二度と呼んでもらえなかった名前を

一度たりとて呼んで欲しくない存在に呼ばれてしまった。

 振り向きざまに、その辺にあった何かの金属片を投げつけてやった。
全力で投げたそれを、あっさりと躱される。

躱された・・・・


そういえば、何故、彼は生きているのだろう。

 もうこの辺りは毒ガスが充満していて、私も少し息苦しい位なのに。

そんな私の心を見透かしたかの様に、所長が醜悪な笑みを浮かべる。

「驚いたか?そうだろうな。私も驚いた。私もパーフェクトだったらしい。よく考えりゃそうだ。麻薬中毒の母親から生まれ、その子供が手のしびれだけで済んでいるのは奇跡ではなかったという事だ」

 生まれつきの手のしびれが原因で、所長が手術が出来ない体である事は知っていた。
長時間物を持つ事も、細かい作業も出来ない。

そのコンプレックスがヴィリエへの信頼と嫉妬を招いているのも知った。

 だから私は、あの時以来『所長に従う』という方針を取ったのだ。
仲間たちが不平を言う中、ヴィリエの居場所を得るために頑張っていた。

 所長の見透かした様な瞳、馬鹿にしたような瞳、私の心を全部分かった上で、寛容にも赦してやってる・・・・・・・・・・・といった瞳のすべてが大嫌いだった。

 その瞳が今、自分がパーフェクトだったと知った事で変わりつつある。
「なぁ、ルーシア。私と一緒に行こう。人間は脆い。元々脆い存在がパーフェクトを支配するというのが不自然だったのだ。パーフェクトが手術をすれば、成功率なんて言葉はなくなり《できる》か《できない》かだけになる。殺戮に秀でた者は軍人になり、他の能力を発揮する者はそうすればいい。ほら、立派な《国》になるじゃないか。」

全能感に酔いしれた顔。

 後ろにはパーフェクトの仲間たちがいた。所長の意見に賛同したのだろう。
それはそうだ。
所長は失敗作に対してこそ冷酷だったが、居住空間や最低限の食料はきちんと整えてくれる人だったのだ。

それがパーフェクトの為の国を造るという。
人権を確保してくれるだけで、もう神様みたいな存在だ。

「嫌だと言ったら?」
言った途端、所長の後ろにいたパーフェクトが動き出した。

逃げなければ。でもどこへ?

「ルー!!」

 気づくと私を捕えに来たパーフェクトの間に、仲間たちが立ちはだかった。
私の気持ちを分かってくれ、サポートしようとしてくれていた仲間。

「ルー、こっち」
ハルが手を伸ばして私を引っ張ってくれた。
二人、一緒に走り出す。
「追いかけろ!!必ず生きて捕えるんだ!!」

所長の怒号が飛ぶ。仲間たちが戦いだす。
壮絶な戦いになるのは明らかだ。
今日まで殺人兵器への適応訓練と称し、組み合いをしてきた者同士だ。
胸を痛めながら、ハルと共に逃げ出した。



「無事、逃げられた私達だったけど、その時に死んでしまった仲間もいたわ。・・・それに心を痛めて、ルーシアは一人で旅することにしたの。・・・所長の欲望で、解放後の私達も自由気まま、という訳にはいかなくなってしまった。大体何が『帝国の母に』よ。私達に言わせりゃ横恋慕よ。・・・ヴィリエも、ルーが好きだった。それはルーだって気づいてた。だから、ルーの中の時は止まったまんまだったし、私達もそれを指摘することはなかったわ。そうする事で生きていられるんなら、生きて欲しかったもの」

ケンには耳が、心が、痛い事が続く。

「今回のこの村での事件で、帝国の調査が入るでしょう。Atype24を見たって情報が伝わるからね。タイチだって立派なお尋ね者よ。研究者だけ殺してれば放っておかれたでしょうに、パーフェクトまでことごとく殺すもんだから・・・帝国にとっては脅威だしね。・・・住宅地での暴露だったし、人の口に戸は立てられないわ。村長に、周辺の村への帝国軍駐留の情報を最優先に気を配ってもらってるけど・・・もう、待てない。ルーを立たせて、連れて行くわ」

 ケンは必死に言葉を見つけようとしていた。
「つまり、俺にルーシアを諦めてくれ、引き留めるなって言いたいのか・・・」
必死に出てきた言葉は、ハルの情報をまとめただけのモノ。

でも、揺るぎない事実だった。

「月並みだけど、ケンが幸せになれる良い女の子がきっと現れるわ。・・・好きだけじゃ、救えない心もあるの」
最後の一口を飲み、ハルが立ち上がった。
おいしかったと一言添えて、家を出て行く。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

どうしてありのまま話したのだろう。
『諦めろ』の一言でいいじゃないか。

ここまで人を想った事なんてなかった。

最初の相手が強烈すぎるのは俺だって同じだと、主張したい気持ちをぐっと抑えて聞いていた。

ハルも、俺が言いたいことを我慢して聞いているのを分かって話している風だった。

何もかも分かって、

何もかも話してくれたのに、

その先の未来は期待されていないのか?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

食器を片づけた後、ケンはタイチの部屋へと向かった。

 ケンが部屋のドアを開けると、もう何度も見た光景が待っていた。

ベットに横たわっているタイチ、その脇に座っているルーシア。この光景を見る度に、まるでルーシアがタイチを想っているようで苛々するケンだった。

「ルーシア。たまには外に出た方がいいよ。見張りなら、俺がするから」
ルーシアはケンを見ずに首を横に振る。

「なんで、こいつを心配するんだよ。こいつはシオンとサニーを殺して、関係ないパーフェクトも殺して、ナユリの村を、ルーシアのいた研究所を襲ったんだ。ルーシア達を犯人にしようとして・・・憎んで当然」

ルーシアの瞳が、ケンの言葉を遮った。

「似てるよ。私とタイチは。愛する者に裏切られた悲しみから、抜け出す事が出来ない。私は裏切られても構わないと決めた。私がヴィリエを好きだという事実は変わらないから。・・・もう、「好きだと言って」ともいえないしね。だけどタイチは、裏切った父親がどうしても許せなかった。謝って欲しかった。可哀そうがって・・・可愛がって欲しかった」

「可愛がって欲しかったなんて、気色悪い」

 タイチが目を覚ました。手足が動く感触を確かめながら、視線を二人に向けずに話し始める。

「12年前、水源の枯渇問題を抱えていた時だ。あのジジイ・・・A氏が“水源の枯渇か、研究材料の差出しか”を迫ってきた。後ろ盾にA氏に出資している国がある。そんな所に無意味に反発する理由もないと、瞬く間に数人が決まった。あと一人になった時・・・犠牲になる家の不満を抑えるため、俺が選ばれたんだ。・・・俺達を虫けら以下に扱う連中に、命をもてあそばれる日々。次々に殺されていく仲間たち・・・気が、狂わない方がおかしいだろう」

ベットの横に座っているルーシアの腕をつかみ、引き寄せる。
ルーシアは落ち着いた瞳のままタイチを見ている。

「ルーシアはお前なんかとは違う!・・・そんな事語って、同情されるとでも思ってんのか?俺の大事な友達を、村を、汚したことはどんな理由でも許されない事なんだ!!」

二人の胸に、ケンの言葉が刺さる。

「ケン、私は・・・ケンが思ってるよりもずっと汚いよ。・・・そんなモノをいっぱい見てきたから。だから、ケンがいるこの村を、汚したくはなかった。・・・防ぐことは出来なかったのだから、これから最低限の事はしようと思う。あなたも、協力してくれるでしょう」

静かな瞳のまま、タイチを見つめ続ける。
タイチはルーシアの腕を離し、ルーシアに背中を向ける形で寝返りを打った。

「こんな重症の奴にする交渉じゃないね。・・・断ったら殺す、か?そいつの目の前で出来るのか?」

「この村の為になるのなら、私は嫌われてもいいわ。でもあの時あなたに止めを刺していれば・・・この村は間違いを正す機会を永遠に失っていたもの。それは、あなたも本望ではないでしょう?お父さんに、お父さん自身の間違いを認めて欲しかったんでしょう?」

タイチは起きあがり、ルーシアを鋭い目で睨んだ。
「次に分かった風な口を聞いたら、全力で潰すぞ」
口調の割にタイチに殺気はない。

 そのまま立ち上がり、よろけながらもルーシアの横を通り過ぎる。

ドアの前で突っ立ったままのケンの横で、立ち止まった。
「ほんとに・・・俺がヌクヌクと育っていたら仲良く遊んでたのかな。ケン、安心しな。お前の望み通り、こんな村、でてってやるよ」

ケンの頭を軽くたたき、部屋を出て行った。

玄関の音を閉める音も聞こえ、後には二人が残る。

 ケンは、ルーシアに話しかける事をためらっていた。
ルーシアに出会う前のケンなら、こういう時でも空気を読まずに話しかけていただろう。
けれどもルーシアの少し哀しげな決意の顔を見ると、それがどうしても出来ない。

「ケン、ナユリを支えてやれよ。村長がどういうつもりで引き取って育てたのかは知らないが、ケンにとってはもう兄妹なんだから、な」
優しい瞳でケンを見る。

ルーシアもこの村を出て行くつもりなんだと悟ったケンは、ルーシアの前にひざまずいた。

「ルーシア。帝国軍がひいたら、この村に戻ってきてくれないか?居候が嫌だってんなら家も建てる。だから・・・ずっと、この村にいてくれ」

 ケンの必死な顔。

「ケン、ごめん。この村や、ケン達は好きよ。ずっと・・・ここにいようと思った事もあった。だけど・・・今となっては・・・帝国軍の残虐性は生半可なものじゃないわ。タイチをかばい、私までかばったら・・・私一人ではこの村を救えない。救えるとすれば、私が今すぐ出て行く事よ。
今日は幸い定期便の日だし、最終便で出た後にどこかへ徒歩移動すれば、まだごまかせる。タイチの事もあるし・・・これからどうなるのか、動向を探らなきゃ。
ケンには感謝してる。私の心を動かしてくれた。
あなたの明るさが、素直さが、私の心を救ってくれた」

 まだ言葉を続けようとするルーシアを、ケンが抱きしめた。目からは涙。

少し乱暴なその行動は、そのままケンの不安を表しているかのよう。

「感謝なんかいらない!そばにいてくれ!子供っぽく泣いてるのがみっともねーけど。俺、ルーシアが好きだ!俺にはルーシアが必要なんだ。タイチは、あいつは、俺にとっても村にとっても」

「いらないなんて言わないで。ケンの口からはそんな言葉聞きたくない」

ルーシアの言葉に、ケンは抱きしめるのをやめた。

 ルーシアの肩に手を置き、顔をじっと見つめる。

「俺が、そんな綺麗事ばかり考えていると思ってるのか?ルーシアの理想で俺を見るな。俺を見てよ。死んだ奴やタイチや村や父さんとか皆抜きにして!俺を!俺といる時の事だけを考えろよ!」

ルーシアはケンの言葉の途中でうつむいていた。
ケンはルーシアからずっと目を逸らさずにいる。

その瞳はどこまでも真っ直ぐで、ルーシアの目にずっと焼き付いている。

「キレイでいたかったのは、わたしかな」
ケンから視線を逸らしたまま、ルーシアは立ち上がる。部屋のドアの手前まで来て、立ち止まった。

「タイチの様子を伺うなんて嘘よ。捜しだして、タイチを必ず殺すわ。私は今までそれを目的に生きてきたのよ。今更・・・そんなの変えられない。・・・ケンがタイチをどう思っていようと、私の身の上にどんな話があろうと、殺人は正当化しちゃいけないのよ。それを、理由づけて正当化して、人を殺そうとしているの。ケンのお父さんが生きて欲しいと願った、あなたの兄を」

ルーシアが振り返った。

変わらずにルーシアを見ていた、ケンの真っ直ぐな瞳とぶつかる。
ルーシアの顔はケンの目にどう映っただろう。
ルーシアの口端は、本人も気づかない内に歪められていた。

「私は、あなた達に憎まれなければいけない人間なのよ」

そう言い捨てて、ルーシアはためらいもなく部屋を、家を出て行った。
ケンは立ちつくし、呆然と今のルーシアの表情を思い出していた。



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