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¬ PERFECT World 2話

1話


2話

 爆発はまだ続いている。ここは砂漠。

 見渡す限り砂の地に唯一建っていた建物が、今は瓦礫の山と化していた。瓦礫にまとわりつくように濃い瘴気が漂っている。
爆発が起こった時に建物中にあった化学薬品等が混ざってしまったようだ。

 崩れた瓦礫が屋根の様に重なった陰で、少女が、抱えていた白衣の男を横たわらせた。
「死ぬのね、あなたも」
男の傍に少女が跪く。
男の体は血にまみれ、死が迫っていた。

 爆音の間から再び悲鳴が聞こえた。爆発と毒ガスから逃れられた者も、襲撃者の手からは逃げられずにいる。
「Type、40フォーティか・・・俺は、人間だからな」
男は、自分が死ぬというのに満足げな表情で少女を見上げている。
少女は悲痛な表情で男を見下ろしていた。

「私だって人間よ。ちゃんと感情だってある。痛みも感じる。小さいころの記憶だって、あなたの温もりだって覚えてるわ!!」
少女の訴えが徐々に悲痛な叫びに変わってゆく。しかし男はそれに動じることはない。

「確かに、まだ十才の子供には残酷な現実だっただろう。けれど君はもう十七才だ。自分がパーフェクトであることに誇りを持ってもいいんじゃないか?」
テンプレートの言葉。
「失敗すれば良かったのよ!!・・・失敗すれば、こんな感情を知ることもなかった!!」
「失敗って事は、あの時にもう死んでしまったって事だよ」

久々に困った表情を見せてしまった男に、少女はますます男の死を実感していく。
「そっちの方がましよ!!元に戻してよ。私を元に戻して。・・・一緒に、死なせて」
少女は男の手を取り、自分の頬に寄せた。涙が男の手に触れる。

「まだ俺を・・・そんな事を思っているのか」
男にはもう、少女の涙を拭ってやることも出来なかった。
Type40タイプフォーティ、分かっているはずだ。君には、パーフェクトには、君達を完成させたデータが全て入っている。パーフェクトの能力なら、僕らが数人がかりでする作業も簡単に出来る。Type40」
「名前で呼んで!!私は人間よ」

「Type40、俺のロッカーの中に、金庫がある。その中に、鞄があるんだ」
「名前で呼んでってばぁっ!!!」
少女の気持ちと共鳴するかのように今また、どこかで爆発が起こった。
「Type40、鞄の中にはチップが入っている。それでまだ生きている人たちを助けるんだ」

男は決して、少女の願いを聞き入れようとはしなかった。
「そんなの、勝手だよ。私はこんな体にされてもちっとも嬉しくない!!」
「それを望んでいる人だっているんだよ」

落ち着いた瞳、もどかしさに苛立つ瞳。
「私に願いを叶えて欲しいなら、私の願いも叶えてよ」
男が咳き込みだす。血が、白衣を染めてゆく。
「ヴィリエ!!嫌だ!離れたくないよ!!ヴィリエ、私は」
「Type40、これは願いじゃない。命令だ」

どこまでも少女を人間として見ていない態度。それは自分の死が近づいていても・・・近づいているからこそ、崩さない。
「Type40、君は今まで、僕の言うことしか聞こうとしなかったな。・・・これが最後の命令だ。Type40、この世界の恐怖に怯えている人達を助けるんだ。・・・お前の仲間なら沢山いるじゃないか。こんなにもろい人間なんかより、遥かに優れた仲間がな」

首を振る少女の右のこめかみにある傷に手を差し伸べる。少女が、離すものかとその手を強く握る。
「悪かった。俺がもっと素直になっていれば君を苦しめずに済んだのかもしれない」
「何言ってるの、わたしは」
突然男の微笑みが苦痛に染まった。

 次の瞬間、男の力が全身から抜けていくのが分かった。もう動かない手が、何も映し出す事のない瞳が、男に何が起こったのかを語っていた。
 
少女は男の目をそっと閉じ、男が示していた方へと歩き出した。この間に襲撃者が来てくれれば、自分を襲ってくれれば、どんなに楽になれるかと考えながら・・・

 ロッカーから出した高さ50㎝位の金属製の金庫。個人の金庫にしては大げさな印象で、ずっと気にはなっていた。まさかこんな事になって、金庫の中を託されるとは思わなかった。
 
今も、信じたくない。
 
 金庫をロッカーから出し、正面に立つ。腕を振り上げ、金庫の輪郭を曲げる。曲げた隙間からドアをこじ開け、鞄を取ろうと手を伸ばす。
伸ばした手が、鞄の手前で拳に変わった。体が、震えている。
 

 少女の叫び声が響く辺境の地。
ここは先ほどまで砂漠に浮かぶ研究機関だった。
 

“パーフェクト”
その技術の本当の開発者は世間に知られていない。
“研究機関”とも、“第一国家の元首”とも言われているが、
「伝説的な始まりがある」と主張する一部の者もいる。
なんにせよ、牧歌的に暮らしていた者からしてみればある時突然現れた存在で、その存在こそが『伝説』の様なものだ。
 
 



 
 週に一日のヘリ輸送の日が来た。砂漠の中のオアシスに住み着いた人間たちは、砂嵐から守る為に壁を築き村を囲む。
強固に囲われた村の砂漠への輸送手段は、第一にして唯一と言っていいくらいにヘリコプターに頼っていた。

 定員70名程の飛行機から解放された人々が村へなだれ込むのに混ざり、あの時の少女  ルーシアは市場へとやってきた。流離う身のルーシアだがお金なら困らない程度にある。

 幼い容貌に見合わない右のこめかみにある傷。それを隠そうともしないセミロングの髪。
ギャップのある風体が、この世界で一番お金になる用心棒の仕事を運んできてくれる。彼女の身は、その気になればどんな仕事でも出来るのだ。
 
 果物の質も悪くない。市場も賑やかだ。一際目を惹くのが様々な衣服だった。衣類・食料が豊富な村は水が豊富な事が多い。
物々交換が原則の中では、人の生活に直結するモノ同士の交換は信用度が高いからだ。

 だからと言って貨幣がないわけでもない。形態は金・銀・貨幣そのものと様々だが、人同士が吟味し合って価値のある物、ない物をそれぞれ定めていた。
 
 ルーシアは店で買った果物を食べ歩きながら、今晩の宿を探していた。
「お嬢ちゃん、一人?この村は初めて?宿探してんなら、いーとこがあるんだけど」
明らかに怪しげな勧誘。そんな文言で釣れると思っているのだろうか。
人を馬鹿にするのもいい加減にしろと、男を殴りたい衝動に駆られながらも無視を決めて男の横を素通りした。

「お嬢ちゃん、オトナの言うことも聞くもんだよ」
ややイラついた感じの男の声。【オトナ】の部分に更なる怒りを感じながらも、ルーシアは男から遠ざかっていく。
「黙ってないで何か言ったらどうだ!」
腕を掴まれる。

しかしルーシアはその男の腕を掴み、ねじりあげた。
「二度と使えないようにしてやろうか?」
冷ややかな声。男は途端に顔色を変え、助けてくれと喚くばかり。
「お、お前、アンドロイドか!?」
男はそう言って走り去って行った。

 ルーシアが辺りを見回すと、周りの人はそれぞれ目を逸らし去ってしまう。少しやりすぎたかと反省しながらも、男の台詞といいこの村は豊かだが自分には向かなさそうだと判断したルーシアは村の外へと向かって行った。

もっとも、元より一つの所に住める身ではないのでどこにいたって一緒なのだが。

「今夜も野宿か」
一人つぶやいたその時、後ろから自分を呼び止める声が聞こえた。
「野宿なんて寂しくないか?俺ん家来いよ」

 ルーシアが振り返ると、そこには自分よりも年下の少年がいる。黒髪で短髪の少年の手には買い物袋。どうやらお使いの途中らしい。
「お前、俺と同い年位だろ?子供じゃ泊めてくれる所も少ないよな」
「私は二十歳だ」

子供という言葉にきつく言い返してしまったルーシアに少年は一瞬驚いた様子だったが、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべた。
「へー二十歳。てっきり同い年だと思った。あ、俺はケン。16だ。あんたの名前は?」
「ルーシア」
「ルーシア。・・・いい名前だな。北の方の言葉で【未来】か」

少年のその言葉がルーシアの心を揺さぶった。
以前一度だけ言われた言葉。あれはもう、十年も前の事だ。

「ルーシア、俺んち来いよ。客間もちゃんとあるから、一室使ったって大丈夫だよ。・・・パーフェクトだからって気にすることはないんだぜ」
この少年、さっきの現場を見ていたのだろう。この村の印象を悪いままで終わらせたくないのか。

「私などに構うとろくなことなどない。この村がどうというより、私の対処の仕方がまずかったのは分かっているから」
「まあ・・・正直あの怪力見せられたらなぁ」
屈託のない笑い。
「いつもの事だ」
不愛想に答えた。心が揺らぐ自分に気づく。

「ごめん。傷ついた?」
自分に非があると素直に謝る。素直でいかにも子供らしい子だと感じた。
「少し、な。だがいつも言われている事だ。気にする事じゃない」
「でも、ルーシアは傷ついただろう。ごめんな。俺、時々余計な事言っちゃうから」
素直に返したつもりが、逆効果になった様だ。ますますしょげるケンに、ルーシアは懐かしさを感じた。

「ケン。本当に大丈夫だよ。それだけ謝ってくれるなんて、もったいない位よ」
「本当に?・・・良かった。なぁ、ルーシア。俺んち来るよな?」
さっきとは打って変わって、澄んだ明るい表情になる。

故郷に帰ったような懐かしさにルーシアは眩暈すら覚えた。
「じゃあ、その言葉に甘えるかな」
まだ硬い笑顔。この三年ろくに笑っていないのならそれも当然か。

 ケンと歩いている内、この村はパーフェクトに対してそんなに否定的でもない事がはっきりとした。先ほどの男はたまたま嫌悪していただけだったのだろう。

 ルーシアみたいな存在を、尊敬したり崇拝したりする人達の事を俗に“崇拝派”と言う。
反対に恐れ、嫌悪している人達を“畏怖派”とも。
崇拝派はパーフェクトと言い、畏怖派はアンドロイド  人(ヒト)の様なモノと言う。

自分達は紛れもなく元々は普通の人間なので、アンドロイドと呼ばれるのはもちろん好意的に取れない。なので自然と『畏怖派以外はパーフェクトと呼ぶ』事がメジャーになっていった。

 もっとも、ルーシア自身はどちらも呼ばれたくない。だけどそれを主張すると自分の存在が曖昧になってしまう事も分かっている。
矛盾を抱えながらも、便宜上パーフェクトと呼ばれる事を良しとしている。

こんな苦悩を、ケンは分かってくれるだろうか?

「ここが俺んちだよ」
住宅地の一番奥、ケンが立ち止まった門の前。そこは、周りに比べると一回り大きい。立地場所といい、広さといいここは・・・

「ケン、まさかお前・・・」
「あれ?言わなかったっけ?俺の父さんはこの村の村長だ」
確かに予想はしていた。一般の家で旅人を泊めようなどという所は無に等しい。
しかしケンがなかなか素性を明かさないので、ルーシアは少し警戒し始めた所だった。

「ケン。言わなかったっけじゃないだろう。普通村長の息子なら」
「そんな事はいいからさ、早く入れよ。一応父さんに聞かないとな」

ケンはルーシアの言うことも聞かず、ドアを開けて手招きをしている。
物騒なこの世の中で素性の知らない旅人を簡単に家に上げる行動に、ルーシアの人を量るという行動が狂ってしまう。
ルーシアは苦笑して、ケンに招かれるまま家へ入って行った。
 
 ルーシアが家に入ると、居間にはすでに二人の客人がいる様だった。
「ケン、早いな。ちょうどいい。こちら二人はこの村にパーフェクトの技術を教えに来た旅人さんだ。・・・後ろの方は?」

ここまで言ってようやく気づいたらしく、ケンの父親はルーシアに首を巡らせた。
「宿を探してたから、うちに泊めようかなと思ってさ。お二人さんなら、ルーシアも泊まれるよな」

「いえ、私達はこの辺りでお暇させて頂きます。村長にご挨拶にと伺っただけですから」
「そうだな。もう宿の予約は取ってあるし。じゃ村長さん、俺たちはこれで失礼します」
「そうですか。どうぞ、この村でゆっくりしていってください」

 男女二人連れのパーフェクトは立ち上がり、ルーシアとケンの間を通り抜けて家を出て行った。

ドアの横に突っ立ったままのルーシアの緊張が解ける。
 
 研究所の襲撃者は、ルーシアにとってはヴィリエの仇。あのまま研究所で苦しくも、幸せな生涯を終えられたらどんなに良かっただろうか。

 パーフェクトの施設を、パーフェクトもろとも潰せるのは同類しかいない。パーフェクトを見つける度、襲撃者の影がよぎり、どうしても殺意がちらつく。

研究所で造られたパーフェクトはその特殊な環境故、人の感情に敏感になる。相手のパーフェクトもルーシアの微かな殺意に気づいてしまう。その結果、ルーシアと出会ったパーフェクトとの間には緊張関係が生まれてしまう。

 今回の二人も気づいていただろうが、あからさまに態度に示すことはせずにいてくれた。
 
「ルーシア、早く座れよ」
そんな様子に気づくはずもなく、ケンは動かないルーシアに呼びかけた。
村長の向かい側に当たる椅子をひき待っている。

直径1m程の丸い机に椅子が4つ。
応接間にあたるそこは、入り口から左側にある部屋の一つだった。
部屋の扉が開けっ放しになっているので広間の様子がよく分かる。
豪華な調度品がある訳ではないが、綺麗で堂に入った様子の部屋。

「失礼します」

「父さん、ルーシアって言うんだ。市場で怪しい奴に絡まれてさ。この村の事誤解しそうだったから、連れてきたんだ」
ルーシアが席に着いたのを確認すると、ケンはルーシアの右隣に座った。
「村を騒がせてしまう前に、出ようと思った所に声をかけていただいたんです」

「この村は近くの村と比べて落ち着いた所ですよ。貴女の行動を制限するつもりはありませんが、宿をお探しでしたらこの家を使って下さい」
この部屋と同じ、派手ではないが堂に入った印象の村長の言葉。

「ありがとうございます。助かります」
ルーシアが深々と頭を下げる。
その時、一人の少女が部屋に入ってきた。
「失礼します。お茶をどうぞ」

 ルーシアにお茶を出した少女の長い髪。その色は銀色に輝いている。こちらを向き、微笑んだその瞳が、紅い。

「娘の、ナユリです」
父親の紹介に合わせて一礼したナユリが、やんわりとした口調で話し出した。
「お兄ちゃんが失礼な事しませんでしたか?お兄ちゃんってデリカシーに欠けるんですよね。おかげで私が尻拭いしなくちゃいけなくて」
「ナユリ!お前リナんち行くんだろ!さっさと行け!!」
いたずらっ子の顔になったナユリが、ケンに向かって【いー】と口を広げて部屋を出て行った。

「失礼ですが、あの子は・・・」
背中を向けたナユリに向かって【いー】とやり返しているケンを無視し、村長に疑問をぶつける。
「ご覧の通りです。・・・呪われた種族と言われていますが、私はそうは思いません。」
 

 大戦争時の核や有毒ガスに晒され、生き残れた人間は殆どいない。そんな中でも生き残った者が呪われた種族と言われている。
なぜ種族なのか。
それは生き残りをかけた過酷な環境の中で銀色に変わった髪と紅い瞳が共通して現れ、それが子孫にまで伝わっているからだ。


「あなたも同じですよ。人々はその能力を畏れていますが、私はパーフェクトも他の人と変わりないと思っています。力も能力もどう使うかは本人次第ですから。・・・皆と違うというだけで疎外されるのは、おかしいですよね」

 落ち着いた物の言い方。村長は嫌味なく、パーフェクトも人間だと思っているのだと、通常の人間でも判断するだろう。
「村長・・・ありがとうございます。しばらく、お世話になります」
ルーシアは再び頭を下げ、一段落ついた。

「そうとなれば、ルーシア来いよ。村の中案内するからさ」
「いや、でも・・・」
さっき励まされた所なのに、つい引け目を感じてしまう。

 認められ慣れていないと、中々順応できない。
村長を見ると、優しい瞳でルーシアを見ている。
「ほら、ルーシア」
ケンが、ルーシアの腕を掴む。

―ほら、ルーシア。いつまでも泣いていてばかりじゃだめだろう―

「ヴィ、リエ・・・」
思わず出てきた言葉に自分でも驚く。ケンはそんなルーシアの言葉に気づかず、ルーシアの腕を引っ張って立たせる。
「行くぞ、ルーシア」
ケンに半ば引きずられる様にして、家を出た。
 
何故こんなにも重ねてしまうのだろう。
 
 村を案内しているケンの背中を見ながら、ルーシアはそう思わずにいられない。髪型も違うし、年齢も体格も性格も違う。
なのに何故・・・なんだか、雰囲気が似ているのだ。ケンを見ているとどうしても思い出さずにはいられない。

 数年前の惨劇、初めて彼と会った時、そして・・・パーフェクトの能力でも、癒えることのない右こめかみの傷跡の事を・・・

「ルーシア、お前ほんっとに聞いてんのか?」
あきれ半分、怒り半分の様子でケンがルーシアの前に立ちはだかった。
「あ、ああ。聞いてるよ。そこのパン屋は朝6時に焼きたてのパンが出来て、ケン達はそのパンを毎日食べているんでしょう?」

 ルーシアの勝ち誇ったような顔。必要な情報を聞き逃さずに記憶する。こんな些細なことも、パーフェクトの能力の一つだ。
「聞いてるんだったらいいけどさ」
詰め寄ったが見事に返され、ケンは悔しくなって再び歩き出そうと前を向いた。

 が、前に出そうと上げた右足が止まり、元に戻される。ルーシアはそれを見てなかったために、珍しくもつんのめりケンにしがみついてしまった。

「それが噂のアンドロイドか?」
低い、殺意を隠そうともしない声。
慌ててケンを掴んでいた手を離し、ルーシアは身構えた。

 ケンはルーシアを気に留めずに、前をにらみつけている。
周りの村人の様子もおかしいと気づいたルーシアが、ケンの前に立っている男を見上げる。

「パーフェクト、な。だったらどうなんだよ。父さんの許可は下りたさ」
ケンの言葉に露骨な敵意が表れる。
身長190cmはある男は、もう寒い時期でもないのに黒い長そでを着ている。

「ああ、あいつなら許可するだろうな。呪われた種族不幸な娘を自分の子供にしたくらいだ。だが、俺は認めないな。この村に、アンドロイドはいらない」
男の目がルーシアに向けられる。男の全身から異様な雰囲気が放たれている。その眼には殺意。

「ルーシアはルーシアだ。いらない人間なんていない!」
 
ケンの言葉が胸に刺さる。
 
男は鋭い目でケンを一瞥し、去って行ってしまった。

「っあー。マジで殺されるかと思った。ルーシア、あんな奴気にすんなよ」
「あ、ああ。しかし、あんな強烈な畏怖派がいれば村長も大変だろう」
ケンの言葉が胸に刺さったまま、ルーシアは平静を装ってケンに接する。

「あいつ一人だけさ。都合良すぎだよ。9年も家を出て、3年前に帰ってきたかと思ったら村長の座を狙ってるんだ。血がつながってても、俺はあいつをゆるさねぇし認めない」
「血が繋がってても?」

「あいつは俺の兄だよ。10歳年上のな。・・・パーフェクトに限ったことじゃねー。あいつは、自分以外の人間を見下してる。そんなやつ、村長になる資格なんてないんだ」
ケンの手に力が入る。沈黙が続く。

 ルーシアは何も言わずにケンの前に回り、ケンの手をそっと握った。
「ル、ルーシア」
その突然の行動に驚き、ルーシアの手はふり払われた。

ルーシアはいたずらっぽい瞳でケンを見て、笑った。
「おかしな奴だな。さっきまで私の手を引っ張っていたくせに。さ、案内を続けてくれよ」
ルーシアの言葉に反応するかの様に、ケンの顔が赤くなっていく。
ルーシアはそんなケンの様子がおかしくて、吹き出して笑ってしまった。
 
「ケンだけずるーい」
ルーシアの後ろで小さい女の子の声がした。振り向くと、10才には届かないであろう女の子とケンと同い年くらいの男の子が二人、女の子が一人、そしてナユリがいた。

「お兄ちゃんだけルーシアさんの案内なんてずるいわよ」
「そーだそーだ。俺達も混ぜろよな。あ、俺マコトってんだ、よろしく」
 茶色の短い髪、両耳にピアスをしている少年が軽く手を挙げる。

「私、リナ。この子は妹のサニーよ。よろしくね」
「よろしくね」
腰までの長く黒い髪をひとつの三つ編みでまとめているリナ。おかっぱ頭のサニー。

「俺はトーマ。俺とマコトとリナとケンが同じ年で、サニーが8歳だ。ちなみに、俺んとこは服屋をやってる。南地方じゃ割と名の知れた所なんだ。あんたカワイイから、特別にサービスするよ」
薄めの黒髪のウルフカット姿の少年がルーシアの手を右手に取り、左手をルーシアの顎にかける。

「何やってんだよ!!」
ケンがトーマの頭を殴る。
「ひどーい。ケンちゃんが頭なぐったー」
女の子っぽい口調で頭をさすりながら抗議するトーマに、他の皆は呆れ顔。

 ルーシアはいきなりのハイテンションについて行けずにいる。
「ルーシア、相手にする事ねーからな。こいつ、女の人見るとすぐこれなんだ。皆、改めて、この人はルーシア。ナユリからも聞いたよな?」
「ああ。流離いのパーフェクトだろ?」
マコトがおどけて言うと、皆が笑い出す。

 ルーシアが中に入れずにいると、ケンが背中をそっと押した。
「大丈夫。ルーシアはルーシアだ」
ケンの言葉が、ルーシアの中に今度は素直に入っていった。



3話へつづく


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