「理科準備室のお狐様」第1話
「この学校、幽霊が出るんだってよ!」
新緑香る季節。御山高等学校1年D組の昼休みの教室で、男子生徒が数人騒いでいた。
「夏といえば肝試し」というわけで、まだ季節的に少し早いものの、何人かがおどろおどろしい自慢の怪談話を披露していたときだった。
その中のひとり、信也が唐突にそのようなことをいい出した。
学校に怪談はつきものである。別段、不思議でも何でもない。
ただし、人間は誰しも、自分に関係のあるところで起こる噂というものには、俄然興味が湧いてくるものである。
いつの間にか、教室に残っていたクラスの半数以上がこの会話に参加していた。
「どんな幽霊が出るんだ?」
「この学校の元生徒? それとも、先生?」
口々に、信也を質問攻めにする。
当の本人は、クラスメイトたちの気が引けたことが嬉しかったらしく、満足そうな顔をしながら、もったいぶる。
「いや、俺も詳しくは知らないんだ。ただ、部活の先輩に教えてもらってさ……」
「いいから、早く教えろよ!」
「何でも、白い髪の幽霊が出るらしいぞ!」
信也が得意げな顔をして、それだけいった。
同級生たちは、期待の眼差しを向けながら、静かに話の続きを待った。
本人はというと、余韻に浸るように、おし黙っている。しばし、沈黙が流れた。
沈黙に耐えきれなくなった最初の男子生徒たちのひとり、葵がおずおずと訊いた。
「……それで? その幽霊は、学校のどこで、何をしているの?」
「え?」
「…………」
今度は、同級生たちの失望の眼差しが、信也を射抜いた。
新しい高校生活、クラスの人気ものになってやるという信也の夢が、脆くも崩れていった。
「いや、お爺さんかお婆さんかくらい、わからないのかよ」
「幽霊が出るってこと以外、ほとんど何もわからないじゃないか」
飛びかう避難がましい声に、信也が焦っているのが見てとれる。
葵がどのようにフォローしたものかとおどおどしていると、隣りに立っていた駒居竜次(こまい りゅうじ)が声を発した。
「じゃあ、皆んなで夜の学校に忍びこんで、幽霊を見にいけばいいんじゃね?」
この意見には、クラス中がザワつき、賛否両論の声が上がった。竜次が教室中を見まわして、さらに続ける。
「オレ、面白そうだから、今日の夜に忍びこんでみるよ! 他に来るやつは、いないか?」
「いいな、それ! 面白そうじゃん」
「さすがに、それはまずいでしょ」
竜次は茶髪と、目鼻立ちのハッキリした顔のために、初対面の人からはチャラそうな印象をもたれることが多い。
しかし、髪色は地毛であり、決して染めたものではない。その印象は、本人にとっても不本意なものであった。
ただ、顔だちの他に気配り上手なこともあって、男女問わずクラスの中での人気は高い。
そのためか、今回の呼びかけにも好意的な声は多少あった。
しかし、夜の学校に忍びこむのは見つかったときのリスクが大きいということで、やはり賛同するものは少なかった。
まだ入学したばかりだというのに、誰だっていきなり問題児認定をされたくはない。
キンコーン、カンコーン――。
クラスの喧騒を遮るように、予鈴が鳴った。
「ヤバっ。次、音楽じゃん。早く行こうぜ」
「じゃあ、お前ら、幽霊調査よろしく」
「よろしくー」
クラスメイトたちは、最初の男子生徒たちに口々にいいながら、教室を出ていく。
誰しも、自分は忍びこみたくはないが、幽霊は気になる。どうやら、体よく押しつけられてしまったようだ。
そのとき、教室の隅で今までだんまりを決めこんでいた生徒が、そっと近づいてきた。
孤塚灼(こづか あき)は竜次の憧れる真っ黒な髪だが、顔だちは可もなく不可もなく、あえていうなら、どこにでもいそうな普通の顔。ただ、やや狐のような目つきの悪い吊り目をしている少年だ。
彼が静かに、口を開いた。
「夜の学校には近寄らないほうがいい。この学校、本当に出るから」
その口調は、ただの事実を述べるように何気ない、まるで事務報告でもするかのような淡々としたものだった。
顔に表情はなく、周りを怖がらせるような素振り、あるいは冗談めいた雰囲気などは、微塵も感じさせない。
それが逆に、竜次をゾッとさせた。
「せっかく行くなら、幽霊が出てくれたほうが、盛りあがるだろ。本当に出るなら、ちょうどいいじゃないか」
実は灼は、竜次と同じ中学校の出身だ。ただし、一度も同じクラスになったことはない。
出どころ不明の「普段は物静かな男子だが、目つきが悪いせいで不良どもに絡まれることが多く、喧嘩はめっぽう強い。しかし、不祥事を起こしても、家が金もちだから揉み消される」というような噂を耳にしたことはある。
真偽のほどは確かではない。何せ、話したことは……まあ、あるのだろうが、憶えてないし、互いに顔見知り程度の存在だ。
実際、高校生活が始まって同じクラスになってから、このように話しかけられたことは一度もない。
竜次は相手の表情を引きだすかのように、あえてヘラヘラと愛想よく笑いかけてみた。
しかし、それにはお構いなしに竜次をひと睨みすると、灼は「わかってない」とでもいいたそうに、首を振った。
「幽霊のことなんかじゃない。幽霊ならどうせ、いつでもどこでもいるし、無害だ。現に、お前の後ろにもいるだろ」
灼の冷ややかな視線を追って、竜次は思わず後ろをふり返った。しかし、当然のように、そこには何もいない。
「嘘つくなよ。何もいないじゃないか」
「まあ、大体の人間には見えないよ。見えたとしたら、それはお化けだ」
「お化け?」
「お化けは、妖怪や化け狐なんかの総称だ。奴らは実体があるものもいるし、幽霊よりよっぽどタチが悪い」
灼が薄く笑う。初めて見せたその表情は、竜次の予想に反して、余計に不気味なものだった。
「この学校には、お化けが出る。いいか? 自分の身が可愛ければ、夜には決して近づかないことだ」
そのようにいい残し、灼はそのまま教室を出ていった。
○
教室を出た灼は、真っ直ぐ音楽室に向かってはいなかった。1階の廊下、奥まったところにある理科室の隣り、理科準備室の前にいた。
灼はメモに走りがきをすると、周りに人がいないことを確認してから、それを理科準備室のドアの隙間から中に滑りこませた。そのまま、足早にその場を去っていく。
準備室の中で、動く人影があった。それはドアの下から滑りこんできたメモを拾いあげて、ニヤリと笑った。
「今夜は、お祭り騒ぎですねえ」
○
教室には、竜次たちの仲よしグループだけがとり残されていた。
人一倍怖がりな葵などは、先ほどの灼の話ですっかり青ざめてしまっている。
「お前、どうする?」
竜次が、信也に問いかける。葵には、最初から訊かないことにした。
「もちろん、行くに決まっているだろ!」
即答だ。どうやら、先ほどの汚名を返上しようと躍起になっているらしい。
その他、3名の男子生徒たちが参加を表明した。ほとんどが、灼の忠告をそれほど気にしていないようだった。
竜次はというと、何か嫌な胸騒ぎがしていた。しかし、周りにビビっていると思われるのも癪なので、大声を出して、それをふり払った。
「じゃあ、今晩10時、裏門に集合な!」
この判断を後悔することになるとも知らずに。
◯
夜10時。辺りがすっかり暗くなっている中、御山高等学校裏門の前で、竜次はひとり、イライラしていた。
この季節、日中は暑くても、夜は心地よい風が吹いて過ごしやすい気候であることが多い。現に、先ほどまでは涼しいくらいだった。
ところが、何故かこの学校に着いてから、空気が澱んだように妙に生温かくて、じっとりと汗ばんできた。
それが薄気味悪く思えて、気にしないようにしつつも不安をかき立てる。
さらに、竜次は制服を着てきていた。
もし万が一、警備員に見つかってしまったとしたら、「忘れものをとりにきた」とでもいって、誤魔化すためだ。
しかし、夏服の半袖とはいえ、汗で背中にシャツがへばりついて、鬱陶しいことこのうえない。
(こんなことなら、制服を着てくるんじゃなかったな……)
早くも後悔している竜次だが、苛立っている原因はこれだけではない。
最大の要因は、10時になったというのに、今なおひとりでいるという、この現実である。
もともと、この時間には竜次を含めて5人が集まることになっていた。
信也以外の3人は、竜次と同じ中学校の出身で、気心の知れた仲だ。
しかし、ひとりは気分屋のため、参加を表明していたものの、どうせ来ないものと思っていた。
もっとも、来ないともいいきれないせいで、竜次は集合時間まで待つ羽目になったわけだが。
ふたりは、あれほど「裏門に集合」といっていたにも関わらず、先ほど正門から堂々と入ろうとして、警備員に捕まった。
ちょうど、竜次が裏門に向かおうとして、近くを通っていたときのことだ。
口は堅い奴らだから、今回の計画をバラすことはないだろう。自分たちには、まだやるべきことがある。お前たちの犠牲を無駄にはしない。
そのように考え、泣く泣く見捨てて、ここまでやって来た。
しかし、裏門に着いた竜次に、追い打ちをかける一通のメールが届いた。
「出かけに母さんに見つかって、説教中。今夜は行けそうにない。誠に申し訳ございません」
信也からだった。最後の一文が無駄に丁寧なそのメールに、竜次は膝から崩れおちそうになった。
このようにして、ドタキャンの嵐に遭った竜次はひとり、裏門の前に立っていたのだった。
これなら、葵でも誘えばよかっただろうか。
葵の性格ならば誘えば断れなさそうだし、ドタキャンをされることもなかっただろう。
しかし、灼あきに脅かされたときの、あの血の気のない表情を思いかえすと、やはり誘わなくて正解だった気もする。
竜次は、来なかった仲間たちへの恨みがましさ、ひと気のない学校への恐怖、男の意地などがないまぜになった複雑な心情だった。
しかし、クラスの皆んなの前で宣言した手前、今さらあとには引けない。
意を決して、竜次は裏門の柵に手をかけた。
この学校の裏門は普段から閉まってはいるものの、トラックも出入りできるように幅が大きくつくられている。柵のしたに車輪がついていて、片側から伸縮して開閉するタイプだ。
柵の高さはそれほどではない。運動神経が悪くはない竜次ならば、何とかよじ登れるだろう。
本当は、もうひとりくらいいてくれたほうが楽なのだが、こればかりは嘆いても仕方がない。
柵のうえで辺りを見まわし、周りに人がいないことを念入りに確認する。
もの音を立てないようにそっと着地すると、校庭を囲む木々に身を隠しながら、素早く移動する。
どこに警備員が潜んでいるかわからないのだから、用心するに越したことはない。
校舎の端に着くと、中に入る扉には、鍵がかかっていた。
(大丈夫、想定内だ)
竜次は慌てることなく、校舎に沿って先へ進む。
やがて、ひとつの窓に狙いをつけると、普通に窓を開けるようにガラリと開けた。
それは、1階の端のほうにある男子トイレの窓だった。大概の生徒の導線から外れているため、利用者が少ないトイレだ。
竜次はあらかじめ、帰るまえに窓の鍵を開けておいたのだ。
作戦は功を奏し、開いていた鍵は誰にも気づかれなかったようだ。
(さっすが、オレ!)
竜次は自画自賛しつつ、窓から中に滑りこんだ。
トイレから廊下に出ると、非常口を示す緑色の明かりがところどころにあるものの、校舎の中は真っ暗だった。
竜次はスマホをとりだし、ライトをつけた。
この学校の校舎はコの字型になっている。
正門はコの字でいうところの縦棒の外側の方向、数百メートル先にあり、警備員の詰所もそこにある。
その位置から見える校舎は、縦棒部分にある正面玄関と一部の教室しかない。
つまり、校舎内を見まわりしている警備員がいなければ、廊下で多少ライトをつけても、大丈夫な可能性が高いのである。
また、通行人がたまたま近くを通って、学校の外から明かりに気づかれたとしても、警備員の見まわりくらいにしか思われないだろう。
そのような算段をつけて、竜次はライトを使った。
警備員に出くわしたら、そのときはそのときだ。第一、この暗さだ。明かりがなければ、どうしようもない。
ライトをつけても、ひと気のない暗い学校は変わらず不気味だった。
(さて、最初はどこから行こうか……)
信也の情報からは、幽霊の出現ポイントは全くわからない。
学校の怪談といえば、先ほどまでいたトイレも定番のひとつだ。
しかし、誰もいないとはいえ、さすがに女子トイレに忍びこむ勇気はない。
あとは、音楽室、理科室、図書室といったところだろうか。しかし、定番だからといって、必ずしも幽霊が出るわけでもあるまい。
竜次はだんだん、考えることが面倒になってきた。
もう、やけっぱちだ。そもそも何故オレひとりだけ、こんな目に遭わなければならない。
この校舎は地上4階建て、地下1階まである。適当に校内を一周して、いなければそれまでだ。いや、そもそも幽霊など、本当にいるとは思っていない。
あとで適当に自撮り写真でも撮れば、ちゃんと夜に来た証明になるだろう。幽霊が見つからなくても、それで体面は保てる。
悩んだすえ、竜次は階段に向かって歩きだした。
この校舎には、階段が4つある。コの字でいうところの端に2つと、接点に2つだ。
正門から向かって右奥、コの書きだし部分から第一、右手前が第二、左手前が第三、左奥が第四階段と呼ばれている。
竜次が今いる位置よりさらに奥には、第四階段がある。施錠されていて、校庭から入れなかった先ほどの扉の脇だ。
来た道を少し戻るかたちにはなるが、そこから一度に階段を上がって、下りながら校内を見てまわろうという考えだ。
竜次は暗い中、スマホのライトだけを頼りに、慎重に階段を登った。
この学校の歴史は古く、100年以上はある。
よって建物も古く、大部分は明治時代のつくりだ。教室や廊下などには、いまだ当時の装飾が残されている。
また、種類はよくわからないが、階段は黒くてスベスベした石でできていた。
竜次は普段からこの階段を通るたびに、「転げおちたら、普通の階段より致命傷を負いそうだ」などと思っていた。
何とか3階にたどり着いたときだった。突然、目が眩むようなライトの光で照らされた。
「そこで、何をしている!」
男の怒声に、竜次は身を固くした。
竜次は強烈な光で視界を奪われた。とっさに腕をかざし、目を守る。
光の出どころを見ようとするが、逆光でよく見えない。
(しまった、警備員か……!)
このまま逃げるか、何かいいわけをして誤魔化すかを竜次が逡巡していると、男が呆れたような声を出した。
「やっぱり来たな、駒井……」
「何で、オレの名前っ!?」
驚いて見やると、男が竜次からライトを逸らした。
やっとその姿が見えると、そこに立っていたのは竜次と同じ制服を着て、ボディバッグを背負った少年。
灼だった。
「な、何でお前がここにいるんだよ、孤塚!?」
竜次の問いに、灼はひとつ大きなため息をついて、答えた。
「どうせお前らは忠告をしても誰かしら来るだろうと思ったから、見まわりをしてやっていたんだ。来たのは、駒井ひとりだけか?」
「そうだよ、オレひとりだよ! 悪いか!?」
冷静な声で指摘されたことに、竜次はバカにされた気がして、苛立った。
「いや、ひとりなら好都合だ。目撃者は悪戯に増やしたくない。それに、たとえ犠牲者が出てもひとりなら、大ごとにはならない」
「は?」
何をいわれているのかよくわからないが、何だかとても不穏な話をされている気がする。
竜次がひとりで来た安堵のためか、灼は珍しくにこやかな笑みを浮かべている。
もっとも、この会話の流れで笑っていても、逆に怖いだけなのだが。
竜次が詳しく訊こうとして口を開きかけたとき、灼がひとりで来たのではないことに気づいた。
灼の後ろに隠れるようにして、もう少し小柄な人かげが立っていたのである。
「……誰?」
竜次の視線に気づいた灼が促すと、ひとりの小柄な少女が前に出てきた。
御山高校の男子制服は、普通の黒い詰襟タイプで、夏服は半袖の白いシャツのみになる。
女子制服は、セーラー服だ。白い襟の白い半袖に青いネクタイ、白い膝丈のスカート。全体的に、とにかく白い。汚れが目立つということで、女子生徒と保護者からは不評だが。
少女は、その白い制服を着ていた。
竜次の眼は、その少女に釘づけになった。
かなりの美人である。しかし、釘づけになった理由は、それだけではない。
彼女の腰までかかりそうなほどの長く白い髪、くりっとした青い瞳。黒い闇の中、対照的に全身が真っ白で、窓から差しこむ月の光を浴びて、淡く輝いている。
その神秘的な雰囲気とあいまって、竜次はまるで天使にでも出会ったかのような気分になった。
「キレイな子だなあ……」
つい、ポロッと本音が溢れた。
その瞬間、少女の色素の薄い真っ白な頬に、サッと赤みがさしたことを、灼は見逃さなかった。
見惚れている竜次の視線を遮るかのように、さりげなく少女を背に隠した。
「彼女には、魔除けのお守り代わりに、ついて来てもらった」
「……あなた、わたしのことを何だと思っているの?」
少女は灼の後ろから顔を出すと、不機嫌そうに眉をひそませた。
その言葉の意味は竜次にはわからなかったが、他にも気になることはあった。
「見覚えないけど、この子、うちの高校にいたっけ?」
こんな美少女ならば、どこで出会っても必ず忘れないだろう。しかし、竜次は知らなかった。
まだ入学して、数ヶ月しか経っていないせいだろうか。たまたま出会わなかっただけなのか。
灼は、その質問に答えなかった。
代わりに、少女が口を開いた。
「燈(あかり)」
「え?」
「燈よ。わたしの名前。あなたは?」
「あ、えっと、駒井竜次。竜次でいいよ」
竜次は、にこやかに答えた。いや、にこやかというより、デレデレとした笑顔といったほうが、正しいかもしれない。
「そう。よろしくね、竜次くん」
「さっさと帰れ、竜次」
ニコッと笑う燈の横で、灼がムスッとしている。対抗心のためか、呼び方まで変わっている。
「お前まで竜次と呼んでいいとはいってないぞ、灼!」
「こっちこそ、名前で呼べだなんて、ひと言もいっていないぞ……」
しばし、ふたりが睨みあう。
燈が呆れた顔をして、ふたりの間に割ってはいった。
「とにかく! ここはお化けが出て危険だから、早く行きましょう。外まで送っていくから」
「でも、オレ、まだやることが……」
「燈様に口ごたえするな!」
竜次は、目を丸くした。
普通、高校生同士で名前に「様」なんて、つけるわけがない。
「……何で、『様』?」
最初は、友だちか姉弟かと思ったが、そうではないらしい。このふたりは、一体どのような関係なのだろうか。
「あ? 高貴なお方なのだから、当然だろう?」
灼は不思議そうに、「至極真っ当なことだ」とでもいうような顔をした。
(『高貴なお方』って何!? 全然ついていけないんですけど……)
竜次は困惑した。
灼が何を考えているのか、全くわからない。ひょっとして、からかわれているのだろうか。
竜次の反応に気づいた燈が、灼をジロリと睨んだ。誤魔化すように、コホンと可愛らしい咳払いをひとつして、いった。
「いいから、大人しく帰って。死ぬわよ」
「死ぬって、いくら何でも……」
大袈裟だ、と竜次は思った。何の冗談だと。
そもそも、お化けとかいうものの存在だって、信じられるわけがない。
しかし、燈は大真面目にいっているようだ。
愛想はよいが、灼と同じで、何を考えているのか読めない少女だ。
灼も追いうちをかけるように、続ける。
「先にいっておくが、お化けが出たら、僕では手に負えないからな」
「何で? お前、喧嘩は強いんだろ?」
不思議そうな竜次に、灼が呆れた顔で、本日何度目かのため息をつく。
「どうして、喧嘩と同列に考えているのかわからないけど……」
「ちょっと待って! 灼、あなた、喧嘩なんかしているの? ダメでしょう、危ないことをしては!」
燈が灼を叱った。大して年が変わらないはずなのに、その口調はまるでお母さんのようだった。
灼が「余計なことを」といわんばかりに、竜次を睨みつけた。
しかし、すぐに燈を宥めて、続けた。
「あー、とにかく、話を戻そう。いいか? 前提として、燈様ほどの霊力があれば、大体のお化けは寄ってこない」
(ああ、さっきの『魔除けのお守り代わり』って、そういう……。いや、霊力の意味はわからないけど)
「だけど、それでも寄ってくるお化けは、よほど強い奴か、理性のない奴だ。僕のちっぽけな霊力では、そんなものに大した抵抗はできない」
「いや、まだオレ、そのお化けとかいうのを全然信じちゃいないけど……。でも、その理論なら、燈ちゃんが何とかできるんじゃないの?」
竜次の「燈ちゃん」呼びに、灼の眉が一瞬ピクリと動いたが、何もいわなかった。
燈が首を振って、答えた。
「ダメよ。わたしの力は契約者がいないと、使えないもの」
「どういうこと?」
竜次の問いには答えず、燈はニコリと笑っただけだった。そのまま、無理やり竜次の手を引いて、歩きだした。
「さあ、帰るわよ」
灼は不服そうだったが、何もいわずに燈に従った。
むしろ、いきなり手を握られて慌てたのは、竜次だった。
チャラく見えても、実際は女子とお付きあいをしたこともない。大抵は「竜次くんって、いい人だよね」といわれてしまうタイプだった。
つまり、女子の手を握ったこともないのだ。
(そんな、大胆な……。燈ちゃんの手、氷みたいに冷たい。手が冷たい人は、優しいっていうよな……)
幽霊調査のことも脳内からふき飛び、竜次はひたすら、変態のようなことを考えてしまった。
放心状態のまま、ふたりについて行こうとしたときだった。突然、足もとで何かが動く気配がした。
不思議に思ってライトを下に向けたとき、それが見えてしまった。
「うわああああああ」
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