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ファシリテーションで何が変わるの??

前回の記事に引き続き、ファシリテーションをテーマにnoteをまとめていきたいと思います。

↓前回のnoteはこちら↓

ファシリテーションとは何かをメインにまとめています。後は、自分がやりたいことなんかも。一緒にシステム・ファシリテーションを作る仲間が欲しいです。


では、本題です。

僕自身、東京に来る前は、沖縄でファシリテーターとして色々な話し合いに関わらせてもらったのもあって、ファシリテーションの可能性と限界(のようなもの?)について考えてきました。そこでの結論として、ファシリテーションが普及すれば世界はもっと生きやすくなると考えているのですが、その理由についてまとめていきたいと思います。

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理由① そもそも対話が少ないのが多くの対立の原因だから

ファシリテーションは、集団の相互理解を促進します。その方法として、その場にいる人たちに対話を促します。対話とは、一般的には、答えのない問いを考え結論を目的とせず、出口も決めない話し合いの形です。

例えば、

問い:未来の私たちの子どもはどんな街に住みたいだろうか?

これは東日本大震災の時に、自分たちの元々住んでいた街が津波で荒れ果てた姿になってしまって、元々あった場所に街を作り直すか、それとも新しい場所に作るかを話し合い場で住民たちに投げられた問いです(正確ではないかもしれません)。

この話し合いでは、元々あった場所に街を作り直すという意見の人と、新しい場所に街を作るという意見の人が真っ二つに分かれました。その理由として、元々あった場所に街を作り直すという主張をした人たちは、そこでの思い出や、自分のアイデンティティがそこにあるから、この場所で最後まで生きたいという意見でした。年齢は比較的高齢の方が多かったと聞いています。もう一つの新しい場所に街を作ると主張した人たちは、津波がまたいつ来るかわからない危険な場所には安心して住めないという意見でした。このような意見の対立は、それぞれの立場にこだわったままでは、お互いに納得のいく結論は出せません。

そこで、投げられた問いが、上記の「未来の私たちの子どもはどんな街に住みたいだろうか?」というものでした。この問いによって、二つの対立した意見に、「未来の子どもたち」という視点が加えられました。それによって、今の視点を未来に向けて広く持つことができ、そして自分たちの未来の子どもたちの考えに共感することを通して、まったく違う視点から住みたい街を捉えることができました。この話し合いは、実際に子どもたちに「どんな街に住みたいか?」を質問して、その答えを住民たちに共有しました。その答えとは、「大人たちが手を取り合って笑顔な街」というものでした。子どもたちはもともと仲の良かった人たちがどこに住むかという問題で対立していることが嫌だったのです。最終的には、子どもたちの意見も踏まえて、新しく街を作るという結論になっています。

このように対立する意見に対して、対話は共感と相互理解を促進します。そして、対話することを通して他者の視点を自分の中に取り入れることができ、お互いにとってベストの決断をしようという気持ちを生み出すことができます。自分の考えを多面的に見ることにもつながり、自分の価値観が変容することを通して意見も変わる。そのような力が対話にはあります。その対話を促進することも、ファシリテーションの重要な要素です。ファシリテーションが普及すれば、対話も自然と生まれやすくなり、多くの人たちがお互いに相互理解と共感を持って関われるのではないかと思います。


理由② 一人一人がより自分らしさを発揮することができるから

ファシリテーションは、集団活動を促進します。では、どうやって促進するのか。個人個人の可能性を引き出して、それを他の人の可能性と混ぜ合わせながら集団としての可能性を引き出すのです。直接的には、一人一人が持っている意見を質問や傾聴をしながら引き出し、間接的には、アイスブレイクや音楽や匂い、小物のセッテングなどを通して、その場自体にも安心・安全な空間を作ることで、発言しやすく相手の意見も受け入れやすい雰囲気を作っていきます。それによって、普段話し合いの場では萎縮しちゃって話せない人も自分の意見を言いやすくなったり、自分の考えが一つの集団としての意見に反映されていくことで、その人らしさが集団の意見に反映されていきます。誰でも、その人独自の世界観を持ち、そこからその人独自の発想や意見を生み出します。ファシリテーションによって、それぞれの強みや弱み、好き嫌い、希望や恐れなどを汲み取りやすくすることによって、普段は仮面をかぶって隠していたところもこの場には持ってきやすくなります。それによって、自分らしくいるからこそ自分のパフォーマンスを最大限発揮できる空間が生まれるのです。


理由③ 一人では想像もできなかった世界を生み出せるから

ファシリテーションは、個人ではなく集団のための知見です。なので、生み出していくのは、それぞれの可能性が混ざる世界で、それは掛け算のように一人一人の自分らしさが重なっていく世界です。同じ人を10人を集めただけでは生み出せない世界がそこにはあります。適切に個人の意見を引き出しそれをかみ合わせていくだけで、そこにいる誰も想像ができなかった発想が生まれてきます。そこが、話し合いの面白さであり、チームや組織で動く面白さです。そして、ファシリテーションは一回の話しあいだけでなく、複数回続いていく話し合いにおいても、回を重ねていくうちにより深く想いの乗ったた世界を作り出すことに貢献します。一つ一つの集団の可能性が引き出された世界が集まって、より大きな世界を形成していくことを通して、社会は変化していくのだと思います。


以上が、ファシリテーションが世界を変える自分なりの理由です。もちろん、ファシリテーションの実際はこのようにシンプルでなく、また暗い部分もあります。しかし、僕自身としてはこのような世界を心に抱きながら、ファシリテーションが普及する未来を描いています。


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