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12月。
スタッフとゴルフをしていると、ゴルフ場の端の方で妙な光景を見つけた。
身が締まる寒さにも関わらず、菜の花が咲いていたのだ。
近づいてみるとツクシやヨモギも生えていて、その中心ではスプリンクラーが水を巻いていた。
「珍しいな、冬に菜の花か」
「市長、あれはスプリングラーと言って、水を巻いた範囲に“spring”つまり春が訪れるんですよ」

スタッフはそう言って、遠くに行き、木の枝を持ってきた。
「見ててくださいね」
彼がそう言って枝を投げ入れると、たちまち桜が咲いた。
これはすごい。
「市長の家の庭にもどうですか?」
「ふむ……」

私はしばらく考えた。

「大きいの作れるか?」
「ええ、まあ、特注になりますが」
「じゃあ、頼む!」

 ◇

1月末。
私は記者会見を開いた。
「厳しい冬は終わりを告げます。皆さんぜひ暖かい春を楽しんでください」
私は市内全域にスプリングラーを浴びせ、春を到来させることにしたのだ。
これは市民も喜ぶに違いない。
私からのサプライズプレゼントだ。
記者たちはポカンとした顔をしていたが、もうすぐ全てを理解するだろう。

日曜日の夜になった。
私は市内5箇所に設置された巨大散水機から、大雨を降らせた。
すると夜明けには雪は溶け、市内には満開の桜が咲き誇った。
素晴らしい……。

朝5時、ポカポカ陽気のなか、嬉しそうに駆けまわる野良猫たち。
早朝ランをしながら、不思議そうに桜の写真を撮る老夫婦。
そんな姿を見ると、我ながら良い事をしたなあと思う。
私は家に帰り、カーネーションを母の遺影に備えたあと、しばらく仮眠を取った。

目覚めたのは、呼び出し用の緊急コールだった。
火事か山崩れかと思い電話に出ると、スタッフが大騒ぎしていた。
「市長、スプリングラーは植物を咲かせるだけでなく、時間も春に進めるものだったんですよ!!」
「……と言うと?」
「昨晩の大雨に濡れた人たちの時間感覚が、春になってしまいました!!」

聞くところによると、会社では見たこともない新入社員がいると大騒ぎ。
学校では、一学年上のクラスに乱入する生徒たちと、違う学校の教壇に立つ教職員。
街角では露出狂。
鯉のぼりを上げる夫婦。
イースターを祝う外国人。
キャンペーンを始める自動車教習所。

それらを白い目で見つめる、まだ季節が“冬”の人たち。

市内中が私のせいでパニックに陥ってしまった。

私はすぐさま謝罪会見を開いた。
「申し訳ございません。市長として責任を痛感しております。対策といたしましては、時間感覚が春になった人に真摯に向き合い、謝罪したいと思います」
「市長、お言葉ですが、あなたの任期は2月で終わってますよ」
「そうですよ。なんで前市長が出てくるんですか」
「あなた選挙で負けたじゃないですか」

どうやら彼らは、昨晩の雨に打たれたのだろう……。
今が春だと疑ってやまない。

その時、副市長が入って来た。
記者たちは彼に駆け寄り、フラッシュを焚いた。
「市長!この騒ぎをどう収めるつもりですか!」
「説明責任を果たしてください」
どうやら私は次の選挙で、彼に負けたことになっているらしい……。
「三船くん、彼らを説得したまえ。まだ冬だと」
「あ、三上さん。なぜ市役所に? 忘れ物ですか?」 

くそう、誰から説得すればいいんだ。
慎重に対策しないと、私に永遠の冬が到来しそうだ……。



<了>

こちらインタビュー形式の姉妹作です↓↓



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