見出し画像

渡航前日の落花生屋の昔ばなしと"老舗"という言葉 -🇦🇹リンツ3ヶ月滞在記 -

オーストリア・リンツ美術工芸大学への3ヶ月交換留学(2023年4月から7月まで)について書いていく。留学先はリンツ美術工芸大学(University of Arts Linz)のInterface Culutres Departmentだ。

今日は渡航前夜編。

始発の東海道線にゆられて神奈川へ向かう

明日の飛行機でヨーロッパへと渡航するために荷造りを急いで終えて、始発の東海道線に乗った。岐阜大垣始発の列車に乗ると大体神奈川までに6~7時間くらいかかるが、たまにはゆっくりと帰るのもいい。
まだ暗がりの岐阜を後に電車に揺られながら、3ヶ月間という短くも長い滞在の前に、家族や祖母に会っておこうと今日の予定を考えていると、気付かぬうちに平地の奥の山の際から朝日が昇りはじめていた。
今日の朝日は一段と赤く、嘘のように辺りを赤く染めている。真っ直ぐとこちらに向かってくるその赤い光を眺めながら、リンツの日の出は何色をしているだろうか、などと想いを巡らせる。

東海道線から見た朝日

祖母の家で蕎麦と天丼をいただくことに

祖母の家は60年以上前から営んでいる落花生屋である。10年以上前に祖父は他界したのだが、その祖父が25歳から祖母と2人でお店を開き、今まで変わらずに続けているのは本当に凄いことだと改めて実感する。
正月ぶりに会う祖母はとても元気そうだった。

近所には、私が小さい頃からお世話になっているお蕎麦屋さんがあり、何かあるといつもそこのお蕎麦を頼んで祖母の家で食べるのが私の楽しみであった。
今日もせっかくだからと、天丼と蕎麦のセットと、祖父の仏壇に備える天丼も合わせて注文し、2人で食べることにした。
幼い思い出が詰まった街で、遠い場所への渡航前に懐かしの一杯をいただくことも、やはり何らかの因縁であることだろう。

浅野屋の天丼と蕎麦のセット

明日からのヨーロッパ行きを、蕎麦屋の主人に告げると、その懐かしい顔に優しい笑みを浮かべながら、天丼と蕎麦に加えて筍の天ぷらなどの品々をサービスでたくさん出してくれた。
お世辞でも昔馴染みだからでもなく、結局どこでお蕎麦を食べても、ここのお蕎麦が一番美味しい。

祖母と2人でお蕎麦をすすりながら、まさか渡航前にこの蕎麦が食べれるとは思ってなかったので、帰国後の最初の食事は蕎麦にしようと心に決めた。

落花生屋の昔ばなし

蕎麦をいただいた後は祖母から昔話をゆっくりと聞かせてもらった。

創業時の相模屋橘川商店(神奈川県茅ヶ崎市)

祖父は若い25歳で志を立て、修行後に暖簾分けして自らの店を開いたのだ。そんな祖父は10数年前に他界したのだが、生前当時は私も幼く、彼が若くして周りの反対を押し切って店を開いたことや、創業当時の苦労話などは一切聞いたことはなかった。
私が幼い頃祖父は、将来はスポーツ選手になりたいと言うまだ小学校3年の私に「そんなのは絶対に無理だ」と言うような正直で力強い人だった。

祖母は私が仕事を始めるようになってから、時々昔話をしてくれるようになり、それが私の楽しみの一つにもなっていたし、そんな昔話を聞いていると、今になって祖父とゆっくり話がしたいと切に願ったりするのであった。

幾度かそんな昔話を聞くうちに、自分の中で"25歳"という歳を強く意識するようになり、「その歳までには覚悟を決めよう」という気持ちを心の片隅にしまっていた。
ただ、まさか自分が25歳でエンジニアの仕事を退職し、メディアアートの大学院に入学するなんてことは一瞬たりとも想像していなかった。

祖父の仏壇を前にして、「じいちゃんは25歳で自分の店を始めたけど、私は25歳で仕事を辞めたよ」と笑いながら報告しつつ、今までの環境を捨てて挑戦を始めたことと、また新しい経験を探しに海外へ留学することを伝えたのだ。
きっと祖父はこれを聞いたら顔を変えて「そんな簡単にいくもんかと」私を叱りつけるだろう。

リンツの学生と教授への落花生のお土産

リンツの大学院ではどんな国の人がどのぐらいいるのかもわからず、好みもわからないので、しばらくの間、向こうの学生や教授へどんなお土産を買ったら良いかと悩んでいたが、日本からのお土産にこれほどいいものは無いだろうと気づく。

小さい頃から一斗缶の中の落花生やお煎餅を袋に詰めてもらってよく食べていたが、考えたら自分でこのお店の落花生を買ったことがなかった。
初めて客としてお店の中の棚を眺めながら、まだ会わぬ人々を思い浮かべてお土産を選んでいく。少し多め持っていこうと思い、気づいたらすごい量になっていた。

相模屋橘川商店の商品棚

お会計を済ませた後に祖母は「うちの落花生が空を飛ぶんだ」と喜んでくれて、お爺さんがいたらもっと喜んでるだろうという言葉を聞き、ほんの少しだけ恩返しが出来るような気がした。

昔話とお土産の準備を終えてお茶を飲みながら、祖母が最近になってお客さんに"老舗"と言われたことを話してくれた。
そんな祖母が言った「老舗って気づいたらなってるもんだね」という言葉が
この一日にあった縁や歳月やこれからを含んだ言葉として、今も心の奥に残っている。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?