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リュックの底の傘

ある時から普段使いのカバンをリュックにしたら、ものすごく楽になった。
それ以来もう何年も、リュックばかり背負っている。
黒いナイロンのやつで、ロゴもなんにも入っていない。
フタがガバッと開くので物が出し入れしやすい。
ハードカバーの単行本がどっさり入るし、15インチノートパソコンも入る。

わたしの家には折り畳みの雨傘と日傘が、一本ずつある。
雨傘はだいたいいつもリュックに入っている。
濡れたのを干して乾かす時以外は、リュックと傘はセットになっている。
出先でいつ雨に降られても大丈夫なように。

昔は折り畳み傘が苦手だった。
小ぶりで頼りないし、綺麗に畳みたいのに妙な折り目がついてしまう。
買ったばかりのようにシュッと畳んでキリッと袋に入れたいのに、なんだかこんもりしてしまうのももどかしい。
要は手先がおおらかで、折り畳み傘と相性が悪いのだ。
だから以前はビニール傘が好きだった。
畳み方が気になったりしないし、壊れても未練が残らない。

ある時、手元にあるビニール傘が全部だめになってしまった。
分かるひとには分かってもらえると思うが、ビニール傘は玄関先で殖える。
どこにでも売っているし手頃だから、出先で雨に降られるとついつい買ってしまう。それでどんどん増殖していく。
そしてたくさんあるにも関わらず(たくさんあるからこそ)、あんまり大切にしなくて、すぐにだめになってしまうのだ。
うちのビニール傘達も、ある日一斉に、忽然と、使えなくなっていた。

いい加減、傘を大切にしよう。

そう思ったのは、生活保護を受給するようになって、細かな散財に気を配るようになったからだった。

それで、新宿の衣料品店で1,500円の折り畳み傘を買った。
男女兼用の、大ぶりで骨が太く、生地も折り目もしっかりしたやつだ。
深いオリーブ色で、大きいので重さもある。

1,500円ではあるが、それまで使っていたビニール傘よりも高価だったこともあって、折り畳み傘は丁重に扱っている。
頑丈だし、綺麗に畳みやすいので、大切にしやすい。
手先がおおらかでも大切にしやすいというのは、心を平らかにしてくれる。

それ以降、折り畳み傘が好きになった。
小さくしてカバンにしまっておける傘。なんて便利なんだ。最高。
ヒトというのは現金なものだ。

実際、晴れていてもとりあえずカバンの中に傘があるのは安心だ。
降るかもしれない、降らないかもしれないと気を揉む必要がない。
腕に傘をかけておかなくていいのも、煩わしくなくていい。

備えようと身構えるほどでもなく、備えておける。
身の丈にあったその身軽さと手堅さがいい。

昨日おとといと、今年に入ってはじめての雨が東京に降った。
昨日は朝から通院の予定があったので、雨とも呼べない細かな霧雨の中を病院へと向かった。
診察を終えて建物を出た時には本降りになっていて、久しぶりにリュックの底から傘を取り出すこととなった。
あの瞬間の、ちょっと嬉しくなる頼もしさ。
どんなに降っても、折り畳み傘がありますからね。

出先で旅に出たくなっても、とりあえず傘があれば雨に濡れる心配はない。
旅に出る予定も、出たくなる予定も、多分ないけど。


では、また。

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