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冬眠考

毎年寒さが厳しくなってくると、必ず考える。

どうして人間は冬眠しないのだ。

我ながら呆れるほど熱心に、毎年毎年考えてしまう。
昨今は気候変動の影響もあってか、東京などは冬の寒さも穏やかになってはいるが、それでも寒いものは寒い。

わたしは寒さや気圧の乱高下にすこぶる弱く、以前は昼間起きているだけで精一杯というような体質だったので、寒くなったら土の中に潜って眠り、眠ったまま春を待つという動物達のことが、わりと本気で羨ましく思う。

人間も冬眠するのだったらよかったのに。
解剖学的なことはまったく素人なので分からないが、人間が冬の間眠る生き物だったら、世の中がどんなふうになるか考えるのは面白くて好きだ。

人間が冬眠する生き物だったら、きっと東京では11月頃に冬眠じたくが本格化するだろう。
冬眠には、オスのクマのようにこんこんと眠り込むものと、リスのように時々起きて食事するものとあるという。
どうせだったらたまに起きて食事くらいはしたい。
ということは、冬眠中の食糧を確保する必要がある。
冬になると灯油売りのトラックが住宅街を巡回するが、あんなふうにして
「冬眠じたくはおすみでしょうか~? お米、缶詰、カップラーメン…」
と、冬眠セットを売りにきたら面白い。

冬眠前セールや、ひとり暮らし冬眠応援バーゲンなんていうものもあるかもしれない。
長時間寝ても首が痛くならない枕や、保温効果の高いマットレスがうんと売れる。静音性の高い加湿器も売れるかもしれない。
就職や進学で実家を出る際には、家具家電と一緒に新しい冬眠グッズを買い揃える。
「ひとり暮らし始めたら、無印で揃えるんだ」
「へ~、うちはIKEAにした。あとニトリ」

冬眠期間中、世の中の機能はどうなるのだろう。
電気やガスや水道がまるっきり止まってしまったら、不便どころではない。
これが真にSFの世界なら、人間達が眠っている間のインフラ管理や治安維持は、AIに託されるだろう。
「火の用心」の法被みたいな塗装の巡回ロボットが住宅地を回っていたり、人間が誰もいない明治通りを、ロボット制御の黄色い路面清掃車が走行していたりする。
わたしがイメージするAIは、マトリックスやパラノイアやエイリアンがもとであるので、一抹の不安が残りはするが、空想なので無視する。

冬眠する機能があれば、冬季うつも末端冷え性も気にしなくてすむのに。
冬の間眠って過ごせると分かっていたら、それまでの季節は、もう少し生きるのがラクになるだろうに。

人間が冬眠する生き物だったら、わたしはわざわざ真冬の昼間に起き出して、そっと窓の外を見てみたい。
人間がいない街、昼間なのに誰もかれもが眠っている街を見てみたい。
今の東京はあまり雪が降らないが、どうせだからその世界線では雪もぼちぼち降ってほしい。
通勤も通学もないのだから、多少道が雪で覆われたって平気だ。
白く覆われた静かな世界を、気がすむまで眺めてみたい。
それから、またしっかりと眠るためにごはんを食べる。
多分、チンするごはんとカレーとかを。

人間が冬眠する生き物だったら。
空想をたくましくして、今日もわたしは起きている。
起きて、パソコンの前に座り、毛布をグルグル巻きにし、手元に熱いコーヒーを置いて、これを書いているのだ。


では、また。

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