49 彼の想い
[ある病院に一人の男の子がいた。その男の子は入学式の当日に自殺をはかり、意識不明の状態で緊急搬送された。速やかに手術が行われ、一命は取り留めたが危険な状態が続いていた。]
[その危険な状態は7月の終わりまで続いた。彼は最後まで意識が戻ることなく、そのまま息を引き取った。その日は、一輝が亮佑たちと戦ったあの日だった。]
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ハッと目が覚めた。
辺りを見渡す。ここはどこだ。周り一面、灰色のもやみたいなものがかかっている。
俺は…河川敷の橋の下で亮佑たちと戦って…それで勝ったけど気を失って…。
よく思い出せない。すると、もやの中から人影が近づいてくる。よく見るとそれは、俺が中学時代にいじめていた同級生だった。
陽平「久しぶりだね、一輝。陽平だよ。僕のこと覚えてる?」
一輝「あ…え…?」
陽平「どうだった?この世界は。大変だったでしょ。」
一輝「な…なんで…。」
陽平「僕は本当は入学式の日に死んでたんだ。だけど、最後にやり残したことがあったから、ちょっとだけ生かしてもらった。」
陽平「別に仕返しがしたかったわけじゃない。知ってほしかったんだ。一輝に少数派の生きづらさを。」
陽平「これから先、僕みたいに傷つけられる人がもう出ないようにしたかったんだ。それで一輝をこの世界に誘った。」
陽平「もちろん一輝だけじゃ意味がない。少数派をいじめていた他の人も呼び込んだよ。逆にいじめられていた少数派も呼んで、多数派の立場を経験してほしかった。」
陽平「一輝はもう分かったでしょ?いじめというものがどういうものか。少数派がどんな気持ちでいるのか。」
一輝「あ、ああ…。よく分かった。」
陽平「だよね。だから、これで終わりにすることにしたんだ。世界を元に戻して、また入学式の日から再スタートさせる。入学式の日からだから、道彰くんもちゃんと生き返ってるよ。」
一輝「元に…戻してくれるのか。良かった…道彰も…。」
陽平「うん。一輝の記憶は残すから。この世界のときの記憶があったら、もういじめなんてしないでしょ?」
一輝「ああ…そうだな。」
陽平「他にも、この世界に気付いていた人の記憶はみんなそのままにする。」
一輝「ということは…健太郎たちや有希さんは覚えてるけど、俊たちや雫や父さんたちは忘れるのか。」
陽平「うん。この世界に気付かせた人にだけ、この世界のことを覚えておいてほしいから。」
一輝「あ、夢花はどうなんだ?」
陽平「あの人は一輝たちとは別で、単にこっちの世界で少数派のノンケとして生きている人間に選ばれただけなんだ。だからこの世界には気付いてないし、記憶は消えるよ。」
一輝「…分かった。」
陽平「さて、じゃあ元の世界に戻すよ。…それと同時に僕は本当に死ぬけど、未練はない。一輝にこの経験をさせられて、本当に良かった。」
一輝「陽平…。」
俺は地面に正座して手をつき、頭を下げた。陽平は結局俺のせいで死ぬことになった。ごめんなさいと謝ろうと思った。だけどその言葉を飲み込み、こう言った。
一輝「ありがとう。」
顔を上げると、もう陽平はいなかった。灰色のもやが晴れ、明るい光がさしてくる。
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