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『人口大逆転』読んだよ

われわれの主要な命題は、世界の多くの国々で明らかになってきている出生率の低下と高齢化のプロセスが今までの根強いディスインフレ(インフレ抑制)基調から、今後数十年にわたるインフレ圧力の復活へと転換させ、そしておそらく実質金利の上昇をもたらすことになる、というものである。

チャールズ・グッドハート、マノジ・プラダン『人口大逆転』


チャールズ・グッドハート、マノジ・プラダン『人口大逆転』読みました。

先日、中国の人口がついに減少に転じたというニュースもありまして、世界的な少子高齢化がいよいよ現実のものとなってきています。

このニュースについて江草もnoteを書きましたけれど、その時に触れていた書籍がこの『人口大逆転』です。


内容はタイトル通り「人口大逆転」をテーマにしていて、世界的な少子高齢化と人口減少に伴う世界経済の今後を考察されています。

ガチガチの経済学者の著者によるけっこう硬派な本で、経済学の専門用語もバンバン出てきます。だから素人に毛が生えてるのか生えてないのか分からないレベルの江草では十分に咀嚼できてるか正直怪しいのですが、著者の主張が読みきれないほど難解なわけではなく、幅広く丁寧な考察により説得力を感じました。

一言で言うと、本書は、グローバルな労働人口動態がいかに経済に対して大きな影響力を持っているかを示し、今後世界的な労働人口減少でインフレと金利上昇が避けられないとする立場をとるものです。

人口に注目している点は、言うならば、かつて日本でもベストセラーとなった藻谷浩介『デフレの正体』のグローバル最新版という感じです。

典型的な人口ボーナス、人口オーナス論と称することもできるでしょう。
要は「経済に対する人口の影響力なめんな」ということです。

本書で特筆すべきなのは、日本経済についての検討も詳細に行われていることです。
少子高齢化でインフレと金利上昇が避けられないとする本書の立場に対しては「いやいや少子高齢化先進国の日本ではむしろずっとデフレと低金利じゃないか」という批判がつきものです。そのことは著者も重々承知ですので、日本を反例とする批判に対する反論にかなり力をいれています。
ここは、まさにその日本を生きている私たちが読むとほんとに面白い部分と思いますので、ここだけでも本書を読む価値はありました。

では、我が日本の「失われた30年」のデフレの原因は何なのか。それは同時期に中国がグローバル経済に開放されたことによる労働人口の急激な供給増加にあると本書は主張するのです。

確かに日本国内では少子高齢化であったとしても、隣国の人口超大国が膨大な労働人口供給を担ってくれたために、中国の労働者に働かせることを日本の企業も志向できたというわけです。その証拠に「失われた30年」の間にあっても日本の企業の海外投資は盛んであったといいます。

そして、労働者の供給が豊富であれば、労働者の交渉力も低下します。「嫌ならいくらでも外国(中国)にお前の代わりはいるんだぞ」というやつです。結果、労働組合の力も組織率も弱まり、非熟練労働者と熟練労働者(高学歴ビジネスエリート)の格差が広がって、国内で今なおピリピリした対立が続いていることは皆様もご承知の通りです。

しかし、そうした労働人口の膨大な供給を担っていた中国がついに少子高齢化のトレンドに入ったということは、ついにこの現象が逆転するわけです。

もちろん、インドやアフリカなどまだ引き続き人口増加が見込まれる地域はあるのですが、中国のような政治的統制が取れてない、つまり無秩序な地域でしかないインドやアフリカでは中国が果たしたような役割を担えることは期待しにくいとするのが著者の主張です。

だから、日本で本当の少子高齢化の影響が出てくるのはむしろこれから。今後の世界的な少子高齢化によって、日本でこれまで見られていたのと全く逆のインフレと高金利、そして労働者の政治的交渉力が復権する世界が登場するだろう(ゆえに格差も減少する)というのが本書の大きなメッセージとなっています。

専門的には多分賛否の議論が色々とあるところと思うのですが、グローバル経済における中国の存在感の大きさを考えると、確かに説得力がある主張に思われました。

世界ヤバい。


しかし、これが事実とすると、MMTに基づいて各所で盛んに主張されている財政拡大論もあくまでデフレ状態を念頭に置いてるものですから、世界がシンプルにインフレに悩まされるようになると時代遅れ(時期外れ)の主張になってきてしまいかねませんね。

「インフレ率は2%まではどんどん財政拡大してOKだぜ!」と言うMMTの典型的な主張も、それを超えてインフレが進行してしまっていれば「何言ってんねん」となってしまうのではないかと。

これは別にMMTが誤ってるという話ではなくって、それが正しかったとしても、それはあくまで「寒い冬にはコートを着ましょう」と主張してるような立場であって、「暑い夏」になった時にも「コートを着ましょう」と言い続けてたら的外れになるようなものです。

実際、最近MMT論者の立場が劣勢に転じているトレンドも先日倉本氏が解説されてました。↓

MMT論者は財政政策と金融政策が仲良しこよしでガンガンやろうぜという立場ですが、今後状況がまさに「大逆転」してしまう結果、少子高齢化社会で政府からの公的支援の拡大をしたい財政政策と、インフレの抑制のために金利を上げて財政も引き締めたい金融政策が、今後決定的に対立することになるという本書の描く未来予想図はなかなかに寒気がするものです。


あと、本書で印象に残っているのは「経済学的にはこうしないといけないと思うけれど政治的には困難があるだろう」的な記述が頻繁に出てくること。経済と政治の難しい関係性が感じられました。

たとえば、負債を抱える企業やローン持ちとしてはインフレ対策だからといって高金利になるのは嫌だから金利を抑えるように中央銀行に政治的圧力をかけて中央銀行の独立性はあっさり毀損されるだろうとか、年金受給年齢の引き上げに労働者は猛反発するだろうとか。

経済のコントロールを考える上で政治的な綱引きの存在抜きにはどうにもならないところがあるのですよね。


また、一章を割いてまで認知症の問題を強調しているのも、経済書としては異例な感じがあって、興味深かったです。

ご存知の通り、認知症はそれそのものではただちに命に直接的に関わる疾患ではありませんが、ご本人の労働能力が低下するのはもちろん、介護という多大な労働リソースを要する状態に陥ります。そして、高齢になればなるほど飛躍的に罹患率が上昇します。

「労働人口が減少するというなら高齢者にもっと働いてもらえばいい」とする意見は一理あるものですが、その実現には政治的心理的なハードルがあるだけでなく、認知症という現実的な問題が立ちはだかっているわけですね。
ガン対策に比べて、認知症対策にかける労力や資金規模がまるで足りず、ブレイクスルーも全然起きてないという指摘は、いち医療者の江草としても大変に耳が痛い話でありました。

世界的な少子高齢化フェーズにおいて、認知症対策こそは急務であるというのは、ほんとごもっともな話です。


今後の「人口大逆転」経済に対する本書の提言も、たとえば、土地に対する課税強化とか、企業の所在地でなく営業先や販売先での納税義務を課すという税制の大転換など、興味深いものが多かったです。地域に紐付けて納税逃れをさせない感じですね。


まあ、そんなわけで、今までの長年のデフレマインドやグローバルビジネスエリート主義に浸かりきった私たちからすると、なかなかに刺激が強い未来像を提示している本書。
少子高齢化がいかにとてつもない人類的難題であるかを痛感させてくれる良書であったと思います。

いやー、ほんとどうしましょうかね。



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