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少子化対策は人類初の試練

中国がついに人口減少トレンドに入ったとのこと。

出生率も中国政府の予想以上に急減しているらしく、ついこの間まで人口の増えすぎを警戒して「一人っ子政策」をしていた中国が、今やあっという間に「少子高齢化」の難題をかかえるようになってしまったわけです。
諸行無常と言いますか、あれだけ強力な国家権力を誇っているようにみえる中国ですら右往左往するとなると、人口のコントロールがいかに難しいものなのかがありありと分かります。


少子化問題といえば、先日久しぶりにTwitterで長文スレッド投稿をしてしまいました。

話題にしているのはこちらの独身研究家の荒川和久氏による少子化対策検証記事。

荒川氏はこの記事に載せているデータをもって「子育て支援政策は少子化対策にはならないという事実を提示した」と主張しています。
ただ、残念ながらこのデータからこの主張を導き出すのは疫学のテストで書いたら瞬殺で落第するレベルの早とちりです。(しかもその上で扇情的ないわゆる「軍靴の音が聞こえる」的な話までつなげてしまうのは目も当てられない)

江草もあまりの論の粗さについモヤモヤしてしまってTwitterでその解釈の問題点を指摘しちゃったという次第です。


もっとも、荒川氏がこういう主張を導いてしまいたくなった気持ちもわからないでもないところもあるのです。
というのは、同様の乱暴なデータ解釈を、少子化対策を勧める立場の者もしてしまっているから。

たとえば、これはNHKの『時論公論』での少子化対策の解説です。

ちなみに、なぜ倍増なのか?
それは、日本の子育て関連の予算が少ないことが以前から大きな課題だからです。

このグラフは、各国が子育て支援にかけるお金、「家族関係支出」が、
GDPに占める割合を比較したものです。
日本は、わずかに1.73%。イギリス、スウェーデンなどの半分程度しかありません。
これに、一人の女性が何人のこどもを産むか、という出生率を重ねますと、
日本は2020年で1.33。
これに対し、スウェーデンは1.66、フランスは1.82などとなっていて、
子育て支援が少ない日本は、出生率も低い、という結果になっています。

NHK『時論公論』こども予算倍増と"子育て連帯基金"


確かにこちらは荒川氏の主張ほど明確な誤りは犯していません。データの中で「日本が一番子育て支援が少なく出生率も低いこと」は間違いないですから。

ただ、「なぜ(予算)倍増なのか?」を問いかける流れから「子育て支援が少ない日本は、出生率も低い、という結果になっています」と言うからには、子育て予算と出生率にはそれ相応の相関があるんだなと解釈できるデータが用意されてることが期待されます。

ところが、正直言って、提示されてる先のグラフを見てそう解釈するのは難しいです。出生率の順位はなんとなく右肩上がりに見えなくもないものの基本的には波打った横並びで、子育て支援支出では3位のフランスが出生率ではトップであるなど、子育て予算と出生率に分かりやすい強い相関があるとは言い難いデータでしょう。

むしろ、そもそも背景因子の調整が全くなされてないことや経時的変化も不明である以上、「出生率を左右するものとして単純な子育て支援の支出総額よりも重要な因子がまだほかにあるのでは?」と疑う方がこのデータの自然な解釈とも思います。(もちろん、だからといって支出額を増やさないでいいという結論になるわけでもありません)

つまり、子育て支援政策の賛成派の側もこんな風に強引な解釈を主張しているケースがあるせいで、それに反発して反対派の荒川氏のような人物も同様の強引な解釈で対抗してしまったところもあるかもなあというわけです。

NHKのデータ、荒川氏のデータを合わせて見ても「子育て支援の支出は出生率上昇に効果があるようなないような。まあ、これだけではなんとも言えませんね」というのが誠実な解釈だと思います。


で、江草は別に少子化対策に詳しいわけではないですから、これから言うことはあくまで現時点での私見に過ぎないのですが、個人的には「過去のデータに基づいて強力な少子化対策を示す効果的なエビデンスを求めることがそもそも不毛なのではないか」と感じています。

先ほど挙げた両者とも、エビデンスによって強く自説を裏付けようとして、結果、たいして強くもないデータをさも有力なエビデンスであるかのように強引に提示してしまったのではないかと。
つまり、私たちが歩むべき少子化対策の道筋を抜本から導いてくれるような有力なエビデンスを用意することにこだわりすぎなんです。

なにせそんなものはあるはずがないからです。


冒頭で中国もついに人口減少トレンドに入った話を紹介しましたけれど、あのずっとずっと人口増加トレンドだった超大国が初めて減少に転じたわけで、これは人類史上でも初めての大転換点と考えるべきでしょう。

すなわち、これは人類が初めて経験する試練なのです。

初めての試練にはデータ(成功経験)がありません。
だから、その試練への対策を講じようとするときに過去のデータに基づいた確固たるエビデンスを求められても困るわけです。

たとえば、20世紀半ばのアメリカで月への有人飛行を実現するアポロ計画を実行しようとしている時に「それで月へ行けるという過去のエビデンスはあるのか?他国の成功事例はあるのか?」と聞かれるようなものです。そもそもこれは人類初の挑戦なのですから、「成功することを保証するエビデンスがないとダメだ」と言われてもまだ誰も成功してないのですから無茶な注文です。
とにかくひたすら考えた上で計画し、実験しながら挑戦しながら失敗しながらデータを取っていくしかありません。


少子化対策も同様に考えるべきではないでしょうか。

中国を抜いてこれから世界人口一位となるインドでさえもそう遠くないうちに人口減少トレンドに入る予想がされています。

また、さきほどのNHKのグラフを見てもらっても分かりますが、少子化対策が成功してるかのように比較提示されてる欧州各国でも合計特殊出生率は2を普通に割っており人口維持には足りません。
だから、まだ彼らも別に少子化対策に成功してるわけではないのです。(そもそもあのグラフのみでは成功してるかどうかそのものが評価困難ですが)

つまり、少子化対策はまだ誰も成し遂げてない人類初のプロジェクトなのです。


そして、何を隠そうこの「少子高齢化」という一大試練に対峙する第一走者が我が日本なんですよね。
だから、他国での解決の前例を探してもまだ十分なものはありません。
むしろ、格好の先例として全世界が日本の少子高齢社会の行く末を見守ってる始末です。

そんな先頭を走っている日本が「なんか良いエビデンスはないでしょうか」とキョロキョロと周りや後ろを向いて走り続けていてもかえってただ転ぶだけでしょう。(その転んだ姿が貴重なエビデンスとして世界各国に観察されることになります)

逆なんですよ。
望んだものかどうかは関係なく、日本が最初に挑戦するしかないポジションなんです。
エビデンスを作るのが他でもない私たち日本なんですよ。

だから残念ながら成功が保証されるようなうまい安全策はないのです。
未曾有の試練だからこそ、前(現状)をよく見て、そしてしっかり考えて知恵を絞りながら、失敗にもめげずにチャレンジし続けるしかありません。
第一走者として自分たちで道を切り拓くしかない。

どうしたってある種「賭け」の部分が残りますから、全くもって恐ろしいし不安しか無いでしょう。
これが日本人の国民性でもって挑戦しきれるかはわかりません。

ただ「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が日本語にもあるように、できる限りあがくしかないと思うのです。




蛇足ですが。

実は、世界的な少子高齢化問題の様相をもっと知りたいなと思って、ちょうど今この本『人口大逆転』を読んでるところです。

世界的な少子高齢化トレンドが世界経済にどんなインパクトをもたらすかを解説してくれてるのですが、色々衝撃的です。

また、時々参照しようかなと思ってます。

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