見出し画像

『2050年 世界人口大減少』読んだよ

ダリル・ブリッカー、ジョン・イビットソンの『2050年 世界人口大減少』読みました。

ここ最近、少子化対策テーマの記事でちょいちょい言及させていただいていた本です。冊子自体のレビューを書いてなかったなと思い、今回改めて紹介してみることにしました。

テーマはもうタイトルそのままですが、世界の人口減少と少子高齢化の現象について記述されてる本です。

原題は人類が消えゆく地球を表した『EMPTY PLANET』というとてもカッコいいタイトルなのですが、邦題は『2050年 世界人口大減少』ととてつもなく説明口調のダサいタイトルになってまして「どうしてこうなった」という感がありまくりです。

まあ、『EMPTY PLANET』だと確かにカッコはいいけれど、内容はよくイメージできなくて手に取られないかもしれないから、仕方ないのかもしれないですけれど。


本書は以前紹介したことがある『人口大逆転』と人類全体の人口減少及び少子高齢化に警鐘を鳴らしてる本という点ではすごく似ています。

内容の違いとしては、『人口大逆転』が経済面にフォーカスしているのに対して、本書『2050年 世界人口大減少』の方は人口動態の正確な未来像を追求していたり、世界各国の実態を調査していてドキュメンタリーテイストがある感じです。


国連の推計も含めて、世間の人口減少や少子高齢化に対する見立てはとにかく甘すぎるというスタンスを取っているのが本書の特徴です。

世界人口は現在約80億人ですが、国連による世界人口の一番マイルドな推計(中位推計)だと、世界人口増加速度は鈍化するものの今世紀末までは緩徐に増大し、110億人ぐらいまで増えてプラトーに達するようなイメージの曲線で描かれています。

『2050年 世界人口大減少』

しかし、本書の著者たちは、それは出生率低下の急速なスピードを甘くみた推計であり、国連の一番出生率を低めに見積もった推計(低位推計)に近い人口動態を示すだろうと主張します。その低位推計では2050年頃世界人口は90億人に達することなく減少に転じることになります。(この主張がダサい邦題の由来ですね)


実際、少子高齢化が騒がれてる日本でも、これはせいぜい日本特有の問題であって、あんまりこれが世界的規模の問題であるというイメージはなさそうな気がします。日本は豊かな先進国だから少子化になってるんであって、世界のもっと貧しい国々では子どもをいっぱい作るんでしょう、となんとなく思っているところがあります。

しかし、その見立てこそが甘いというのが本書のメインメッセージなんですね。先進国に限らず、今や世界全体で急速に出生率が減じていっているし、これからもその傾向は止まるところを知らないであろうと。

なぜそんな低位推計のような悲観的シナリオになると言えるのか、本書では統計データ的な根拠や、国連推計の前提の盲点などなどロジカルな説明がふんだんにされています。

そうした理論的根拠もさることながら、本書の説得力を高めているのが、著者たちが世界のさまざまな地域に実際に訪れて若い女性たちの最新の実態を現地調査していることです。

著者はケニアのナイロビや、ブラジルのファベーラ(スラム街)まで、世界を股にかけての大取材をしています。それぞれ文化も宗教も経済状態も異なる地域ですが、どこもかしこも共通して出生率低下の兆候が出てきていることを、現地の臭いや喧騒までイメージできるような筆致で描き出しています。

この辺の世界の各地域のライブ感あるレポートが、本書で特筆すべき特徴と言えます。

そして、これを読むと自然と思わされます。

「あ、こりゃ世界人口減るわ」と。


本書が指摘している少子高齢化の最大の要因は、女性の教育と都市化です。これが先進国の過去の歴史的経緯以上に発展途上国においても急速に進んでおり、このため世界人口の早期の減少は避けられないだろうと。

現に、どの地域の若い女性の本音も子どもをたくさん持つ希望が乏しくなってることを著者たちの各国の調査レポートが示唆しています。

例えば、これはブラジルの話ですが、帝王切開のついでに不妊手術を受ける若い女性が多数いるんだそうです。理由は「自由のためにたくさんの子供は欲しくないから」。中絶が違法な国なので、帝王切開というチャンスに卵管結紮の不妊手術をするわけです。これが現地では「工場を閉鎖する」という刺激的なスラングで呼ばれてるんだとか。

 卵管結紮で「工場を閉鎖する」人は中産階級にも多く見られる(ちなみに「工場を閉鎖する」という言葉は、卵管結紮に限らずあらゆるタイプの産児制限を指す)。都市人類学者のテレサ・カルデイラは次のような所見を述べている。
「この20年間、私はジャルジム・ダス・カメリアス(サンパウロの下位中産階級が住むエリア)で〝これまでのような大家族は欲しくない〟と話す女性を数え切れないほど見てきた。経済面だけの理由ではない。中産階級の女性がみなそうであるように、彼女たちも育児以外のことがしたい、自宅の女中でいるよりもマシな仕事をしたいのである。日常生活の奴隷になりたくないからこそ、多くの女性はふたり目か3人目を生んだ後で不妊手術を受けようと決意する。不妊こそ真の解放につながると考えるのだ。自分自身の性と妊娠をコントロールできれば巨大な自由が手に入ると、自然の摂理が押しつける重荷だけでなく、男性支配からも自由になれると彼女たちは知ったのだ。これに関しては、テレビが描く上流階級の女性の言動や家族構成から学んだ部分が極めて大きい」
 先進国では女性たちが結婚を先延ばしすると決め、結果として生まれる子供の数が減る。ブラジルなど一部の発展途上国では女性たちにそのような選択肢はなく、若くして結婚するしかないが、不妊手術によって家族のサイズを制限するのである。

『2050年 世界人口大減少』

なかなか生々しい話ですが、自由を知った女性たちがどうにかして子供を抑えようとしている姿が伝わってくる衝撃的な事例でしょう。

今や貧しい国の貧しい人たちであっても、スマートフォンを持っている時代となりました。そこには人生の可能性や広い世界へのアクセスの扉が開いています。情報や知識、思想というものがいかに早く世界中を駆け巡るかは、SNSに馴染んだ私たちはよく知っていますよね。

この情報化社会において「自由」の思想は発展途上国を含め世界中の若い女性たちに急速に普及していっている。そして、この「自由」の急速な伝播の意味を国連推計は過小評価しているのだというわけです。

「とにかく子供を産め」と女性に求める抑圧的で家父長制的な文化に耐えかねて、世界各地の若い女性たちが自由への扉を開き始めているのです。

本書の著者らは(もちろん江草も)、こうした女性が自由を求める行動を全く非難していません。それは当然のことだろうという受け止めです。しかしながら、結果として急激な世界的人口減少圧力が生まれることにもなってしまった。正しいからこそ、これをどうするかというのは世界的な難題なのです。


著者らが現状の有効な戦略として推しているのは「移民」です。移民の受け入れに積極的な国ほど、この少子高齢化の衝撃を緩和することができるだろうと、幾度となく強調されています。具体的な国名で言えばアメリカやカナダで、これらの国の積極的な移民政策は今後大きな強みになるだろうと著者らは予測しています。

逆に言えば、「移民受け入れに積極的でない国」にはとてつもない衝撃が襲うということです。

例えば、「一人っ子政策」で人口バランスを大きく崩してしまった中国は今後少子高齢化問題にあえぎ、超大国としての地位を逸する可能性があると指摘されています。それでいて中国は移民に寛容でない国でもあるために、余計にこの問題が悪化するであろうと。少子高齢化に伴う政情不安に陥った中国が追い詰められ外国への軍事行動などをしでかすかもしれないと、著者らはそんな怖い予測もしています。

こうなると我らが日本の評価が気になりますよね。本書ではちゃんと日本についてもページを割いて分析されています。が、大変残念なことに、少子高齢化先進国なのに国粋主義にこだわって移民受け入れに消極的という愚かな選択を取っている国として散々な評価を頂いてます。つまり今後の日本の未来は大変に悲観的であるということです。著者が移民政策国家のカナダの方であるのもあってか、この辺はとてもドヤ顔で語られてる感じです。悔しい限りですし、なんなら憤りさえ覚えますが、図星でもあるので本当に歯がゆい話です。


そして、恐ろしいことに国家の生存戦略としての「移民」の選択肢もどんどん縮小中なんですね。

だって、世界の少子高齢化と人口減少が進めば、「移民」に出す若い労働者がいなくなるわけですから、当然「移民」の規模が縮小するわけです。

それに、発展途上国も含め世界は一斉に豊かになってきており、そもそもわざわざ他国に移民に行くインセンティブも減ってきているというのもあります。

だから、少子高齢化問題に対応するための「移民」獲得競争が今後は激化するだろうと。日本のような国粋主義的な国が本当に追い詰められて、ようやく「移民受け入れ」に舵を切った時には、もう誰も来てくれるような状況ではないかもしれません。恐ろしい話です。

さらに言えば、もともと出生率が高い地域から移民を呼び寄せたとしても、やってきた移民の皆さんはすぐに現地の低い出生率に適応する傾向があるという指摘があります。つまり、移民の方々も結局は現地に合わせて出生率が低下するのです。

ならば、移民を呼び寄せることは一時的な国内の少子高齢化問題の緩和にはなっても、決定的な解決策にはなり得ないことになります。俯瞰視点で見れば移民で人類の出生率が上がることはありません。

ゆえに、このままだと世界はやっぱり人口減少を続け「EMPTY PLANET」を目指すことになるというわけです。


悲しいことですが、本書では抜本的な世界人口減少対策の案は示されていません。「子どもがいっぱいいる賑やかな家庭の方がいいなと、急にみんなの意識が変わる可能性もあるかもね」的なふんわりした希望的観測をさらりと示す程度です。

きっとあまりに難題すぎて著者らにもいいアイディアまでは浮かばなかったのでしょう。でも、それでも人口減少問題の周知はしないとまずいと思ってこの本を著されたのだと思います。

実際、SDGsでも温暖化などの環境問題ばかり着目されて、あまり人口問題は目立ってない印象があります。でも「今後世界の人口が減少すれば温室効果ガスの排出も自然に減るから温暖化の問題は勝手に解決するよ」という皮肉めいたことも著者らは指摘しています。そう考えると、私たち人類にとって実は環境問題以上に人口問題こそが最大の難敵なのかもしれません。


まあ、かつては人口が増えすぎて餓死者がいっぱい出るぞという「人口爆発」論の方が優勢で、しかし結局それが杞憂だったという歴史的事実もあります。人口はなんだかんだ先が読めないし、コントロールが恐ろしく難しいものというところがあります。

だから、「人口減少してやばいぞ!」という今回の人口減少危機論もただの杞憂に終わって、なんとなくうまい具合に落ち着くということもないではないのかもしれません。

しかし、そうでなかったら?

本当に子どもが生まれずに世界人口が減り続けたら?

そういう「トゥモロー・ワールド」のことを考えると背筋が凍る思いもします。

さて、どうしますかね。


関連記事


この記事が参加している募集

読書感想文

江草の発信を応援してくださる方、よろしければサポートをお願いします。なんなら江草以外の人に対してでもいいです。今後の社会は直接的な見返り抜きに個々の活動を支援するパトロン型投資が重要になる時代になると思っています。皆で活動をサポートし合う文化を築いていきましょう。