推し、燃ゆ/リアリティ小説
※この感想はラストのネタバレを含みますので見たくない方はブラウザバック(オタク特有の注意書き)
私は自他ともに認めるキモ=オタクです。
発売当初、「オタク界隈・限界オタク少女を描いた」この小説を読むのを、私はためらっていました。
「心に突き刺さったら嫌だな」という恐怖感があって……。
でも、勇気を出して読んだ結果。
素直に「読んで良かった!」と思いました。
主人公も推しも報われませんが(推しは一応報われたのかな)この作品には「救い」があります。
この小説は、限界オタク少女の生活を通してこの世界に生きる人びとの悲哀を描き切った名作です。
「ナイフのように世界を切ったりしないし、そつがないな」と思う部分もあるけれど、それだけ多くの人に受け入れられる作品だと思いました。
ただ、限界オタクの主人公を「キッショ」と感じる人は、それなりにいると思います。私は思った。作中には描写されませんが、多分、主人公自身も「自分キッショ」と自覚しているはず……。
オタクに限らず、社会規範からの逸脱を悩んだことがある皆様は、ぜひ『推し、燃ゆ』を読んでください。
概ね、明日の現実を生きる勇気が貰えると思います。
作者さんが(多分)思いやりの深いかたなので、きつい現実も、イヤな人間模様も、痛い限界オタクも、決して切り刻まず突き放さず、暖かい視線で描いてくださっているので安心です。
現実的すぎてジワっとダメージが来る瞬間もありますが、そこは現実なので受け止めるしかないです。
◇半端ないリアリティ
この作品は、(脇役も含め)登場人物の誰もが「こういう人いる!」というリアリティを背負っています。
メインの登場人物は「限界オタク少女」「常時ボヤ男アイドル」というパッとしない顔ぶれです。常時ボヤ男の真幸は「顔が良い」らしいが、ビジュアルが出てこないのでパッとする場面が特にない。
パッとしない人びとの、パッとしない日常と没落を描いた、かなり地味な作品です。なのにドラマティック……。
作者さんは若い方だけど、大人を描くときにも背伸びをしていないので、「限界オタク少女から見た大人」のリアルな姿が上手く表現されています。
そして女性オタクの生態がリアル……「つづ井さん」レベルでリアル……。
私は海外アイドル界隈のオタクですが、この小説に出てくる女性オタクは、日本国内はもちろん、世界中どこにでもいると思います。
アイドル量産国・韓国には当然いますし、タイにも、ペルーにも、エジプトにもいます。
世界中どこにいってもオタクは大して変わらない不自然……。
1.アイドル・若手俳優オタクの生態描写がスゴい
ひとくちに「オタク」と言っても分類は多く、こちらの本に登場するのは「日本男性アイドルのオタク界隈」です。
私自身は全く別界隈のオタクですが、元職場の先輩たちがジャニオタ(彼女ら曰く「夫とは顔を合わせたくないが推し君とは常に会いたい」だそうな)で、某少年漫画が好きで同作の2.5次元もかじっていたため、あの界隈の熾烈さは少しだけ味わっています。
グループによってファンダムの雰囲気は違いますが、日本の男性アイドル周辺は基本「戦場」に近いような気がします……。
主人公・あかりは、メンクリで何らかの診断名(明かされていない)をくだされた、生きづらさを抱える少女です。
男性アイドル・真幸を推し、彼の一挙手一投足を「解釈する」ときだけ「生きている実感」を感じることができます。なんて面倒なオタク(※褒め言葉)!
彼女の「命のかけ方」は……何と言うか独特です。けれどネットで他のオタクと交流するときは和やかです。
アイドル・若手男優オタク界隈にいると絶対にいる「面倒くさそうな限界オタク」を熟知していないと描けないリアルなキャラクター像です。
あかりの同級生で、メンズ地下アイドルにハマった女の子もリアル。
推しとの交流のためクソ高い金を払っても、あかりと共に「安い!」と喜ぶ。ヤバいオタクあるある。
推しに「魅力的だ」と思ってもらいたいため、プチ整形に走る。
結果、彼女は、推しと「繋がりました」とあかりに報告するのだけど……高校生と繋がるメン地下とか150%地雷だからやめとけ……。
ネットにいるオタクたちの言動もリアリティしかありません。
炎上してる男性のアイドルや声優や役者のツイートを見ると、この小説に出てくるようなリプライが必ずあります。
海外でも活動しているアイドルの場合だと、世界各国あらゆる言語で、この小説に出てくるようなリプライが必ずあります。
「タレントへのアンチ活動がこうじて、ファンよりも詳しくなる」人とかもあるある。私も2.5次元で好きキャラ演じた人が色々やらかしたせいでアンチになった後、下手なファンより詳しくなったり実際に劇場にまで足を運んだことはある。我ながら何をやっていたんだろう……。
アイドルや、女性向けコンテンツ出演者界隈を履修したことがある人ならば「必ず見たことがある」オタクしか出てきません。
けれど作者さんは(多分)優しいかたなので、決して痛いオタクを蔑んだりせず、全てのオタクに暖かいまなざしを送っているように感じました。
あと、若い女性声優にオッサン特有のキモリプを送っている様子を娘に見つけられてしまうあかりの父。
彼は不要な私生活報告リプを送るだけ(※迷惑)ですが、若い女性声優がリプし合ってる所に混ざってくるタメ口中年男……いるんだよな……。
けれど限界オタク当事者のあかりは「スルー」します。
私なら、これをネタに親父をユスってやる(※後半で、彼は、娘のあかりと向き合うのを避けるため)と思う。
2.推しの言動がリアルでスゴイ
あかりが推す男性アイドル「上野真幸」。
作中、インタビューやラジオや生配信で発せられた彼の言葉が何度か現れます。
彼の発言が(比較的そつのないことを言っているにもかかわらず)奇妙な生命感があって実にリアル。
個人的な感想としては「炎上しそうなアイドル」を精緻に描き切っておられると思いました。
真幸は「ギリギリのヤバい所を一歩踏み出しちゃう」アイドルです。
こういう危ういアイドルいるよね……日本にも韓国にもカナダにもいる。
オタクが世界のどこでも変わらないように、炎上アイドルも世界どこでも大して変わりません。こういうヤバそうな男アイドル、パッと数名の顔が思い浮かびます。
あかりは、この面倒臭ぇ常時ボヤ男を逐一観察しているのですが、何というか、あかりと真幸は環境や性格に共通点が多く「似た者同士」なのかな……と感じました。
いちオタクとしては「こんなヤバい常時ボヤ男なんか推すの止めたほうが良い」と思ってしまうのですが、あかりは真幸の精神の奥底と共鳴しているからこそ「彼以外の推しは作れない」のかな……と思い至りました。
職場の先輩も、常時ボヤってたジャ二ドルを「彼以外は推せない」と追いかけていたな……。彼のグループ脱退後、娘さんと一緒に、防○少年団の色恋沙汰や素行では全くボヤらない某メンバーに推し変してたけど。
あとは前述の「高校生と繋がったメン地下」。こいつだけは駄目です。未成年と繋がった時点で終わり。
もし地上で活動を始めても、そのうち裏掲示板や(オタクの)SNS愚痴垢なんかで「繋がり切られたので寝顔の写真を出します」と半裸で寝てる写真バラまかれるタイプのゴミなので本当に駄目。
それでもその手のクソオブゴミ、堂々と活動してるけどね……。
あかりも、友人を想うなら彼女を止めて~
3.大人たちの「理解しなさ」もスゴイ
オタク活動とは一切関係ない描写だけど、ここが一番胸に迫りました。
私は、オタクである前に大人なので、この「少女の孤立」が何とも言えず苦しかった……。
あかりは、メンクリで何らかの診断をくだされた保健室登校の常連ですが、どう考えても彼女に合わなそうなバイトをしています。推しに貢ぐために。
あんな向いてない職場で働いてたら、診断がなくても、限界オタクじゃなくても、概ね病みます。
それでも周りの大人は、彼女に親切に対応するものの、決して彼女と向き合ったりしません。
誰か、彼女に向き合って声をかける大人がいたら、彼女は、あそこまでこじれずにいられた可能性があるかもしれない……。
母も姉も、自分が生きることに必死。
両親は、あかりの独特な個性と向き合おうとせず、彼女ができることを模索しようともせず、「(あかりが苦手であろう)一般的なやり方」ばかり押し付け、上手く出来ないあかりを責めるばかり……。
あかりが退学したときも、姉は「ちょっと休め」と声をかけるけれど……母親は家庭の中で板挟み、キモリプ親父はしんどいあかりの言葉を聞かず「マトモに生きろ」と追い詰めるだけ。声優にキモ私生活報告オッサン特有不要リプ送る消費カロリーがあったら娘に向き合えよ!
常時ボヤ男・真幸も、いざというとき大人として振る舞えなかったり、ウーバーイーツか何かで注文したメニューの偏食・食べ合わせが酷かったり、そういった細かい描写に「幼少期に背負ったトラウマ」を感じました。
しかし繰り返しになりますが、作者さんは(多分)思いやりのあるかたなので、特定のキャラを追い詰めたり糾弾したりせず、淡々と起こっていることを描写するだけです。それが優しい。
あかりは、幼少期から近くにいる大人たちに見捨てられてきた。
真幸も、小さいときから自分の意思に反して芸能界に入れられた。
二人の奥底の「孤独」が、縁もゆかりもない離れた彼女らを共鳴させたのだな……と思いました。
けれど「一般的にそつがない生き方」という世間的な縛りは、すでにあかりの家族をも苦しめている。作者さんはそれをきちんと「解釈」していらっしゃる。
あかりも真幸も皆、幸せになれる世の中にしたいね……。
やっぱり私は社会制度の問題だと思うんよ……。
どっちにしても、今のライフスタイルではもう人類は生きておられんのだわ……変わらにゃあアカン。
◇世の中を生きる「多様な人びと」
私は同時期に、多様性を巡る何ちゃらを描いた『正欲』を読んだのですが……こっちは「いま世の中を生きている多様な人」のリアルを無視した内容で、ちょっと憤りを感じずにはいられなかった。「世間から弾かれ生きづらさを抱える」人びとと彼女・彼らの周辺が実に薄っぺらい……。
一方『推し、燃ゆ』は、世間から理解されずに、この世界を地味に生きる面倒で異様な人(限界オタクや常時ボヤ男アイドル)を「生命の重み」を伴って「解釈」し、丁寧に命が描かれています。
あかりや真幸ほど変わった人じゃなくてもこの世の中で「生きにくさ」を感じたことがある人は、ぜひ『推し、燃ゆ』を手に取って欲しいです。
若い作者さんの懐の深さを感じることができると思います。
もちろんオタクにもオススメです。
◇自分語りですが……
コ口ナ禍で、海外の推しが日本公演に来られないとき。
それまでは推しの国の言語でメッセージを送っていたけれど、「みんなに忘れられてしまわないか不安」という推しの発言を聞いて、私はひたすら日本語で「日本から応援してるよ!」と書き続けました。
そして何度かインスタライブでレスを貰った思い出……。
別に、推しとは友人でも知人でもない。
けれど、推しとは「共鳴」し合っているのだな……と『推し、燃ゆ』は教えてくれるようでした。
けど個人的感想としては、あかりは半年後くらいに別の推しを解釈してそうな気がする。二次元オタクになって二次創作楽しんで、案外そっちで成功してるとかね~。
宇佐見先生ご本人は「推し」を秘密にしていらっしゃいますが、彼女のオタ活も善きものでありますように……と祈らずにはいられません。
どうか宇佐見先生が「推しのマンションまで電車で向かう」ことになりませんように……。
作品朗読はコチラ。
どちらかというと「解釈される側」であろう梶さんは、どんな気持ちでコレを読んだんだろう……要らんお世話か。
※コチラもオススメ。
明るいオタク女性の日常に癒される。
「推し(※クソ男)しか勝たん」と言いながら堕ちる女たち……でもそこにカタルシスがある……