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今夜20時、上野駅で。

様々な路線が集まる場所、台東区上野。

日々沢山の人が訪れ、そして自分の帰るべき場所へ去って行く。

かく言う私もその一人だ。学生から社会人になっても頻繁に利用している。流動性の高い街だが下町風情も漂っているため静と動を感じる。

それらが交錯するからか、上野という場所は何も拒まない気がする。

人も物も何事も全て。ここに居るだけで自分が社会の輪の中に入れたようなそんな気持ちになれる。

私はアセクシャルというセクシュアルマイノリティだ。

異性同性関係なく他者に恋愛感情や性的欲求を持てない人間なのだ。

いつから、と聞かれるとずっと前からのような気がする。人生で一度も自分の意思で恋愛をしたことがないし興味もなかった。誰かに対して「かっこいい」「美しい」と思うことはあるがそれ以上の感情はない。

そんな私だがお付き合いした経験は数回ある。

しかし、いずれもすぐにお別れしてしまった。相手に対して気持ちを返せないことに罪悪感が消えず、関係を続けることが嫌になってしまうのだ。

毎度きっかけもなく別れ話を切り出し突然消える。こんな関係の終え方は相手にとって意味不明だろう。

そういう経験をする度に自分には欠陥があるのではないかという気持ちになる。家族愛や友愛は持てるのに恋人に対しての愛情が持てない。

社会が求める「正常」の輪の外に居るような感覚だ。他の人は輪の中で幸せを掴めている。掴もうとしている。

それなのに私は心臓だけを動かし輪の外からそれをぼんやりと眺めているだけだ。

たまに恋人は作らないのかと不躾なことを聞かれる時がある。

他人に「私アセクシャルなんですよね」なんて簡単には言えない。

その場は適当にやり過ごすが耳から全身へとその言葉がゆっくりと巡り、心を鈍らせる。人間は本当に面倒な生き物だと思う。目に見えない「言葉」という刃で簡単に傷が付く。

そしてその傷は簡単には治らない。古傷となりまた新しい傷が増えていくのだ。

こんな風に心に傷を負った時、私は決まって上野へ向かうことにしている。

公園口から出てもいいし、不忍口からでもいい。駅構内を散策してもいい。上野という以外に場所の縛りはない。一種のジャーニーのようなものだ。上野なら、どこに行っても私のささくれだった心を癒してくれる。

ここに居る人を見ていると何故か落ち着くのだ。

上野駅は各県に跨る路線が何本もあり当駅発の電車も多い。また日本有数の観光地でもあるため、様々な人がどの時間帯にも多く居る。駅へ急ぐ人や観光を楽しむ人など、上野が帰るべき場所ではない人を見ていると不思議と先程まで考えていたことを忘れられる。

東京なんてどこもそうでしょ、という意見もあるかもしれないが、私にとって渋谷はオシャレすぎるし新宿は少し怖い。

丁度いいのが上野なのだ。

雑多で、人や感情で溢れていて、少し汚れてる。しかし綺麗なところもあり、広くて、たまに狡くて怪しい。この感じが心地良い。

多角的な要素を持っているこの場所なら私のような人間が居ても輪の中から弾き出されないのではないか、と安心できる。

自分の悩みも多様性の中に溶け込んで、また新たな広がりの一つになるのではないかと思えるのだ。

今日は上野公園まで歩いてきた。不忍口から近い公園入り口の階段を上がると上野駅周辺が一望できる。公園口とは逆方向に位置するのであまり人はいない。噴水近くの適当な場所に腰を下ろし行き交う人々を見る。足早に駅へ向かうサラリーマンが目に入り「今日もお疲れ様です」と心の中で呟く。

みんなどこへ向かうために上野に居るんだろう。

誰に会うために上野にいるんだろう。

私みたいな人もこの人たちの中に居るんだろうか。

誰か私を見つけて欲しい。こんな人間であることを誰かにわかって欲しい。

もしくはヒーローが目の前に現れて全てを解決してくれないだろうかと考えてしまう。

暫くすると、腰を上げて駅へ向かって歩き出す。

私の帰る場所もまた、上野ではないのだ。

ヒーローは残念ながら今日も来なかった。



世界で多様性が求められる中、日本でもLGBTQIA+という単語を頻繁に聞くようになり、自分が欠陥だと思っていたことに名前が付いた。「アセクシャル」と分類されて非常に安心することができた。

この国がいい方向へ変わり始めている。これはとても素晴らしいことだ。

次の世代とは言わず自分が生きているこの時代に目に見える変化があることを心から望んでいる。

性別に囚われて「〜でなければならない」「こうあるべき」という世間の考えが少しでも柔らかくなっていって欲しい。

上野以外にも安心できるところが増えたらいいな。

本当はどこへだって行きたいのだ。

と言いつつ上野がやっぱり安心するんだろうけども。


私や、私のような人が何かを気にせずにどこへだって行ける世の中になってほしいと心から思う。

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