30日間の革命 #毎日小説65日目
高橋は、加賀に対して再び語り始めた。
「あのな、普通の人生を歩めることがどれだけ幸せなことなのかわかるか? 世の中、本当に色々な人がいる。その人たちの中には、普通に暮らそうと思っても暮らせない人だっているんだ。大学に行きたいと思っても、働かなくちゃいけない学生だっている。そんな中で、お前は大学に行けるチャンスがあるんだ。お前にとっては、大学へ行って就職するなんてことは、退屈な人生に見えるかもしれない。でもな、一見退屈そうに見える普通の人生だって、ありがたいことなんだよ。そのチャンスを自ら投げ出すのはもったいないと思わないか? まだ『働きたい』というなら分かる。でも、やりたいことを探すためだけに世界を旅するなんて、俺からすれば現実逃避にしか聞こえないぞ。選択を先延ばしにしているようにしか見えない」
高橋がここまで厳しいことを言うのは珍しかった。いつもは、もっと無気力で、極力面倒なことには関わらないようにしているように見えていたので、加賀は驚いていた。しかし、だからと言って加賀も大人しく引き下がるわけにはいかなかった。
「先生、俺は別に普通の人生を否定しているわけじゃないですよ。それに、人生で何をするのかを決めるのって、今じゃなきゃダメなんですか? 先延ばしって言われりゃそうかもしれませんけど、逃げるわけじゃないですよ。むしろ、とりあえず進学することの方が、考えることから逃げることになると思うんです。俺は、ただ遊びたいから旅に出たいって言っているわけじゃないんですよ。自分の人生と向き合おうとすることは、そんなに悪いことですか?」
加賀も話しながら、だんだんと熱がこもっていった。この数週間、真剣になって考えたことを、「現実逃避」と言われたことに納得がいかなかった。
「自分が真剣に考えたことをこうやって否定されていい気分じゃないだろうが、お前が言っていることはそれくらい極端なことなんだよ。今の世の中で、普通の道から外れたときに簡単に戻ってこれるわけじゃないんだ。良い悪いの話しじゃなくて、さっきから言っている通り、世界を旅するなら何も今じゃなくていいだろって話しをしているんだ。もう一回考え直せよ」
加賀はぎゅっと手を握りしめて下を向いた。これ以上話しても、高橋を納得させることは難しいと感じた。そしてそのまま、数分無言の状態が続いた。
高橋は再びお茶を一口すすってから、今度は穏やかな口調で話した。
「なあ、加賀よ。納得いかないことは分かる。俺だって頭ごなしに否定はしたくない。でもな、今言ったことはどれも事実なんだよ。世界を旅して帰ってきたお前に、この世の中は優しくしてくれないんだ。まあ今これ以上話しても、まだ納得できないと思うから今日は解散しよう。とりあえず、今日話したことを親御さんにも話せ。俺にこう言われたってな。そのうえで、もう一回考えてこい。どうしても世界に行きたいなら、俺を説得してみろ」
そう加賀へ話すと、高橋は席を立ちあがり書類をまとめた。加賀にも荷物をまとめるように促し、二人とも部屋を出た。
「……失礼しました」
加賀は元気なく職員室を後にし、とぼとぼと歩いて帰っていった。
「今の加賀君ですよね。何か元気ありませんでしたけど、進路悩んでいるんですか?」
他クラスの担任が、面談を終えた高橋へと話しかけた。
「まあ何というか、思春期特有の迷いみたいなもんですかね。今の自分がちっぽけに感じてしまうんでしょう。ま、頭の悪いやつじゃないから、しばらくすれば理解してくれるでしょ」
高橋はそう言い残して、自席へと戻っていった。
▼30日間の革命 1日目~64日目
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