営業時代の話part①
おはようございます!
今日から「営業時代の話」として、私の営業マン時代の話をフィクションを混ぜながら連載していきます!
なので、登場人物の名前とかも作っています。実話を小説のような感じで書いていくイメージですね。
創作物としてご覧いただけますと幸いです!
※登場人物・団体名などは全てフィクションです。
ではどうぞ!
●長いトンネルの始り
"人間とは忘れる生き物である"
どこの誰が言ったのかは知らないが、これほど真理をついている言葉はないだろう。あの時、このことを先に聞いていれば長く暗いトンネルに迷い込まずに済んだのに。後悔とはいつも先に立たないものだ。
私の名前は佐藤健太。今日からここ「ヒューマン株式会社」の営業として働くことになった。大手ではないものの、創業40年目を迎える老舗の人材教育会社である。
私は大学卒業後、アニメ制作会社に就職をした。大学時代、アニメにどっぷりとはまり「アニメ制作の監督になる!」と息を巻いて小さな制作会社へと就職をする。しかし、あまりの激務に耐えられず僅か2ヶ月で退職することとなった。
その後、転職活動を経て大学の事務員として採用してもらえることになった。環境としては決して悪くなく、職場の人たちも好い人ばかり。まさに安定した生活を手に入れたのだ。あの激務の2ヶ月を思い返せば、天国のようにも思えた。
しかし、何年も働くにつれ慣れは生じてくる。そして、もともと調子にのりやすいタイプの私は「もっと上を目指したい」と感じるようになっていた。
職場の環境は悪くないものの、みんなまったりとしていて雰囲気も緩い。上司も決して悪い人ではないが、いくら仕事を頑張っても笑顔で「ありがとね」と言ってくれるだけ。事務員なので給料に反映されるわけもなく、昇進もない。そんな環境に少しずつ嫌気がさすようになってきていた。
「俺はもっとがっつり仕事がしたい。頑張った分だけ報酬がもらえるような仕事がいいな」
そんなことを考えた私は、再び転職サイトを見るようになる。そこには私にとって魅力的な求人がたくさん載っていた。
「頑張った分だけ給料に反映される」
「良い成績を残した人は会社から表彰される」
「20代で役職がつくこともある」
こんな謳い文句の求人たちを見た私は、"営業"という仕事にとても興味を持った。もちろん、営業はとても大変な仕事だということは色々な人から聞いており、楽しいことばかりではないということは知っている。でも、この時はとにかく「勝負」がしたかった。ぬるま湯のような環境から抜け出し、自分の力を試してみたいと強く望んでいた。
その結果、私は4年勤めた大学の事務を辞め、人材教育会社である「ヒューマン株式会社」へと転職をしたのだった。
To be continued…
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