幸せはいつも自分の心が決める-マッスルグリルトーク評とアドラー心理学

明けましておめでとうございます。

昨年末に摂食障害との付き合い方と過去の話に一区切りつけましたが…最近の話をします。

とにかく日々忙殺され、現状維持である日々に嫌気がさして、昨年の暮れから何か変化を求めて久々に読書をしようと思い立った。たまたまSNSで目にしたのが、学生時代に一度手に取ったが腑に落ちなくて読了しなかったこの本だった。

一度は目にしたことがあるだろうベストセラー。序盤から印象的な言葉がつづく。

問題は世界がどうあるかではなく、あなたがどうであるか、なのです。

端的に言うと、「あなたの不幸は他ならぬあなたのせい」という本である。

私たちは今の自分にある悩みや不都合をしばしば過去のトラウマのせいにしたり他者や環境のせいにするが、本書で取り上げるアドラー心理学ではトラウマの存在を全否定し、過去がある「から」現状がある、という原因論ではなく現状に甘んじる「ために」過去を悪者にしている、という目的論を主張している。

日本人ウケはハチャメチャに悪いと思う。私たちはしばしば他者の目を気にするように教育されてきたし、世の中には他人に迷惑をかけてはならない(≒嫌われるようなことをしてはいけない・「恥の文化」)自己犠牲的であることが美徳、というような風潮が絶対的にあると思っている。しかし、この「目的論」に身を置くならばこの環境に自身の性格を形成されたと考えることも間違いであり、自分の臆病も自己犠牲と承認欲求を正当化するために日本社会や親の教育を悪者に仕立て上げている、ということになる。論理としては納得できるけど、日本人の8割程度が爆発死しそうな血も涙もないド正論感が否めない。反発したくなる人のほうが多いのではないか…?

一旦、話を変えよう。

私の愛聴するYoutubeチャンネルのひとつに「マッスルグリル」がある。

「マッスルグリル」とは、”筋肉や食をこよなく愛する人のためのYouTubeチャンネル”として、登録者数35.1万人(2021/1/7時点)を誇る大人気チャンネル。ボディビルやフィジークで活躍するシャイニー薊(あざみ)さんと総合格闘技で活躍するスマイル井上さんのユニットである。彼らのサブチャンネル「マッスルグリルトーク(仮)」では、本チャンネルの裏話や過去、食やトレーニングの哲学etc…をラジオ形式で発信している。

流し聴きができるので、よく通退勤の際に聴いているのだが、印象深い回がいくつかある。

正直あまり興味を惹かれる題材ではなかったが、私の思う薊さん像がよく出ている良回だった。

「結局今の俺の恋愛観っていうのは、その子を好きになった自分しか見てないのよ。…結局恋愛っつったって自分次第っていうか。『相手のために』ってことはないじゃん、恋愛って。自分がこの子を好きで幸せっていうのであればいいんだけどさ(薊)」

自分軸で生きているのがよくわかる一節。「結局は自分」という彼の考え方はほかの動画でも見受けられるが、ここは一層印象深い。

ここで言いたいのが「結局誰も自分のために生きてはくれない」という考え方がアドラー心理学的だということ。誰かのために生きているようで、実は誰かのために尽くし、見返りを得ることで自分が幸せになることを目的とした承認欲求が根底にあったりする。

ちなみにこの回はスマイルさんと薊さんの価値観(共感型のスマイル⇔解決型の薊、減点式と加点式、女性に期待するより応援したい、等)がよく表れていて面白いのでお勧め。

「ダイエットは、しなくていいです(薊)」

サムネイルにして、冒頭40秒。痺れる。

「そもそも自分が本当にダイエットしたいのか、見極めてほしいんすよ。…なんで痩せたいと思ったのかが、本の影響だったり誰かの影響だったりしたら結局行動までいかないっす。…勝手にやってるにもかかわらず、イライラしたりとか。…一番大事なのは『自分で選択する意識を持つこと』だと俺は思います(薊)」

とかく、現代のボディメイクシーンで散見されるのが、「自分の意思でスタートしたはずなのに、ストレスをためて辞める」という現象。よく、「付き合いの外食が多くてダイエットができない」という意見を見るが、ここでまたアドラー的思考を持ち出すと「『痩せない』という目的をかなえるために、『付き合い』を必要としている」となる。私なりの解釈で意訳すると、「本当は痩せたいけれど、ダイエットは辛いししんどいから外食が多いせいにして痩せないことを正当化している」という感じ。ド正論である。

痩せないことを自分で選択している、というところに多くの人は「は?いや痩せたいって言ってんじゃん」と思うだろうが、アドラーは結局何かのせいにしてやらないお前が悪いという考えである。それと同時に痩せないことも選択できるのだから、痩せることも選択できると言っている。そこで必要なのが薊さんの言う「意志(つまり目的)」。アドラー心理学が腑に落ちなかった私がああなるほどな、と理解できたのは、実はこの動画のおかげだったりする。

また、ここでのスマイルさんの補足的例えが素晴らしい。

「太っている自分を愛そうよ、みたいな運動がめちゃくちゃ盛んになっててて…それをちょっと押し付けに入ってるかなって思ってて。…別に痩せたい人は痩せさせてあげればいいじゃないですか(スマイル)」

「ダイエットはしなくていい」というのは、太っていてもいいというのも痩せる必要がないというのも、文頭に「幸せであれば」ということを補ってくれていると解釈した。私がボディメイクをする目的も「痩せたいから」でも「強くなりたいから」でもなく、美味しいものを好きなだけ食べたいけれど、スタイルもキープしたい。その両方が叶うことが「幸せ」だからである。

「嫌われる勇気」は「不幸なのは自分のせい」と言っているが、「幸福になるのも自分次第」とも解釈できる。つまり、現状はすべて自分の意思で選び取った結果であるという言葉に帰結する。ボディメイクの目的を見失い、結果を他者に転嫁するな、という主張が一貫してみられるマッスルグリルには近いものを感じた。

最後に、個人的に好きな動画を紹介する。

食べ物について、を考える動画は多数あるが、この回が圧倒的に好きなのはこの一節による。

「ただ食べるだけじゃないんだなあって(スマイル)」
「ネパール料理屋に行ってやっぱり、訊かなきゃダメだなって。あと食べなきゃダメ。(薊)」

百聞は一見に如かずとは言うけれど、彼らの、特に薊さんの食オタクぶりもさながら、減量を重ねて食材本来のおいしさを知って「自分で」つくるものに絶対的に信頼を置いているからこそ印象に残るところ。「やっぱ自分でやんないと」。仕事も食もトレーニングも、経験に勝る学びはない。

ちなみに、SBのカレーを「北川景子(万人受けする美しさ)」と比喩して、自分で配合したスパイスを表現するときに悩んだ薊さんにスマイルさんが「彼女、でいいんじゃないっすか」と助け舟を出したところが最高に良かった。マッスルグリルよ、永遠なれ…。




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