世界は少しぼやけている - Billie Eilish 17歳の杞憂
私の少女時代は精神的に非常に不安定だったが、感情や思いを言葉にすることも決して上手ではなく、色や音にして表現する才能に恵まれていればなあと幾度となく思った。当時の私にはそれらを140字ばかりのツイートに絞り出すのが限界だった。
昨年、友人の車に乗せてもらった時にシャッフル再生で流れてきた曲に聴き入った。重低音の効いたサウンド、切なげな歌声、ところどころ理解できないスラング混じりのリリックス。「xanny(ザニー:抗不安薬のスラング)」、私とビリー・アイリッシュとの出会いの曲だった。
友人は同曲を絶賛していて、収録アルバム「WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?(眠りに落ちたら、私たちはどこへ行くのだろう?)」の他の曲も聴かせてくれた。当時弱冠17歳のビリーが天才的シンガーソングライターであることは、直ぐにわかった。
看板曲「bad guy」はサビの中毒性のあるビートが耳を離れないし、ファンタジー×ティーンエイジャーのダークサイドをブレンドしまくった独特な世界観の「bury a friend(友人を埋葬する)」「all the good girls go to hell(良い娘はみんな地獄行き)」に心を奪われ、打って変わってティーンらしからぬ語彙で恋を歌い上げた「wish you were gay(あんたがゲイならよかったのに)」「I love you」は…なんか安っぽいからあまり使いたくないけれど、死ぬほど「エモい」。
泣いた。楽曲で泣くなんて余程の事だ。というか、17-8歳でよくもこんなに複雑な感情をディスクライブ出来たものだよなあと、関心どころか尊敬してしまう。同い年くらいの頃の私が喉から手が出る程欲しかった才能の塊である。
かくして私はビリーの世界観の虜になった。
ビリーは2020年の「第62回グラミー賞」にて史上最年少18歳で主要4部門受賞を含む5冠の快挙を達成。年間最優秀楽曲賞、最優秀新人賞、年間最優秀アルバム賞、年間最優秀レコード賞、そして最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞を獲得した。実兄でありビリーのプロデューサーであるフィニアスも、最優秀プロデューサー賞を含む計4部門を受賞している。
フィニアス「僕たちはベッドルームで曲を作っています。今もなお作っていてそれが許されているんだけど、ベッドルームで曲を作っている子供達、あなたも夢が叶いますよ。」(グラミー賞受賞時のインタビュー)
ビリーは家族を「1曲の歌みたい」だという。幼い頃から両親と兄に支えられて、家の中で音楽を作ってきたという。受賞作品となったアルバムの曲作りからライブ、受賞までの道のりとプライベートが垣間見えるドキュメンタリー作品が、AppleTV独占で配信されている。
作中のビリーは、しばしば年相応の少女だ。評価されるほどに、注目されるほどに臆病になる姿や、期待という重圧の中でもがき苦しむ姿、年上の恋人に夢中になる姿など、共感と愛おしさを覚える。しかしたまに達観した受け応えでこちらの度肝を抜いてくるビリーは神々しい。
ビリー「ライブに来るみんなは…いろんな気持ちを抱えてる。本当にみんな1人1人が違うの、最高の気分の人もいれば、どん底の人もいるの。わかるでしょ?…少なくとも私ができることは、自分のアートでみんなに寄り添うこと。だって私も同じだから」
彼女の曲のリリックスは、実体験に基づくものも多い。それらのリアリティを保ったままに多彩なボキャブラリーで描くから、痛快で共感されるのだろう。
ビリー「自分が没頭するほど好きな物に対して、相手がそうじゃないなら別れるべきよ。自分のためだし、彼のためにもなる。だからこれはただの…努力不足かな。お互いのね」(元彼との破局後)
好きであるということだけが交際する動機として十分条件になりうる年頃に、幸せの本質を持ち出して愛したまま別れを告げたというのだから驚いてしまう。若くして与えられるばかりでなく、与える幸せを彼女は知っているのだと思う。素晴らしいけれど、少し寂しい。彼女がこう語ったあと、「I love you」をライブ歌唱中に涙するシーンは、何度見ても涙を誘われる。
“The smile that you gave me
Even when you felt like dying”
(死に沈みそうなときでも
あなたがくれた笑顔)
“We fall apart as it gets dark
I’m in your arms in Central Park
There’s nothing you could do or say
I can’t escape the way I love you
I don’t want to, but I love you”
(日が落ちるとともに離れていく
セントラルパークで私はあなたの腕の中
あなたには何も出来ないし、言うことも無いけど
あなたを愛することをやめられない
愛したくない、でも愛してる)
最近はそんなビリーの最新アルバム、「Happier than ever(これまでにない幸せ)」を聴き耽っている。この「これまでにない幸せ」が、「恋人と離れている時間」だとかいうシニカルさも含め、わたしは彼女に兎にも角にもぞっこんなのである。
文章力も語彙力も人並みなもので、文章にオチを付けることが苦手なのだけれど、今回このドキュメンタリーを視聴するにあたりAppleTVのサブスクリプションの7日間無料トライアルを申し込み、見事解約し忘れ1ヶ月分の支払いが発生したことをオチと替えよう。
ビリー、この気持ちを歌詞にしてよ。Fワードでいいから。
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