「もうコロナになっても自己責任って覚悟で好きに過ごしてる」 こんな声を最近になってよく聞く。 100人いれば100通りの意見があるし、その意見も正解かもしれない。 現にテレビでも知り合いでも普通に遊んでる人たくさんいて、もう我慢の限界だし、1年以上こんなんでやってられないよな、今は今しかないわけだしって私も思う。 私は、医療現場で実際にコロナを見てきたから、 自分もコロナになって怖い思いをしたから、 大切な家族がいるから、 一般的な「若者」より少しだけ慎重なのかもしれな
久しぶりに高校のときほとんどの時間を一緒に過ごした友達と会いました。 仕事辞めたり、同棲したり、私は結婚し子供産まれたり、みんな近況は報告することたくさんあるはずなのに、それよりも思い出話の方が多い。 本当にたくさんのことで悩んでたけど、今となっては小さすぎる悩み。 でもあの頃は、学校が全てで、それが大きくていろいろ気にすることがあったんだよね。 そう思うと今は大きな世界に出てると思う。 高校生だった頃も楽しかったけど、8年前のわたしには想像もできないかな。 たく
あけましておめでとうございます。 わたしは喪中でした。旦那方に不幸がありました。 でも結局病院では元旦から、あけましておめでとうを繰り返していました。 年末にあった悲しい話をします。 大晦日まであと少しの日、ある患者さんが天国へ行きました。 その患者さんは以前にも入院してたから、歩いたらご飯食べたりできていた頃から知ってる。 私が配属された頃に入院してて、私のことを「看護師さん」じゃなくて、名前で覚えて呼んでくれたはじめての患者さん。 いろんな思い出があって、1
昨日、大好きだった患者さんが亡くなりました。 その1日前、久しぶりに受け持って、その時からいつもと違うってことがたくさんあった。 昨日は受け持ちではなかったけど、最後のお見送り行かせてもらって、何も言えなくて、ただ深々と頭を下げて見送ることしかできなかった。 わたしの前を通る患者さんを見て、実感がわかなくて、涙も出てこなくて、でも本当の最後のお別れの時、ああもう会えないのかって思うと、泣きそうになってしまった。 でも今は泣く場所じゃないし、周りの先輩たちも泣いてないし
病気の話じゃないです。 たまには違う話を。 毎年いろんな人にクリスマスカードを送ります。 特に今年は(去年もだけど)喪中なので年賀状が送れません。 そうすると一気に送る相手が増えます。 わたしの中でクリスマスカードってすごく大切なもので、1人1人のことを考えながらぴったりのカードを選んでいくのが楽しいんです。 クリスマスカードってもらうのも嬉しくて、そのワクワク感が伝わればいいなぁと思いながら書きます。 時間に余裕があるときは切手もこだわります。 小さな小さな
自分のことって案外覚えてないもの。 ちょっとでも、あれ?って思った体調の変化にいちいち気づいてる暇がなくて、見逃してしまう。 看護師さんから言われた。 とっても忙しいと思うから、気にも留めていないことがたくさんあると思うけど、大切なサインを見逃しているかもしれないよ。 だからノートに1日ずつ変化がないか体調を記すように言われました。 めんどくせぇ…と思いながら、わたしも働いてるときは同じようなことを言ってます。 だからやりますよ。 ロフトで大好きなパッションピン
難病疑惑の発端は5月。 その月から毎月決まった時期に39℃超えの熱が出ます。 7月は41℃まで出て入院しました。 9月くらいまでは偶然?って思ってて でもわたし普段は熱が出ないよなーと。 10月でなんか怪しい。 わたし悪霊でも取り憑いてるの? 11月。とりあえず病院に相談だ!!! そしたら悪性リンパ腫かもと言われ、採血採血採血💉 この2週間で一度にスピッツ6本を3回やった!!! 結果、悪性リンパ腫ではなかったけど 別の病気の可能性が浮上。 でも最新
24歳1ヶ月のわたしには、 妻であり、 1歳1ヶ月の子供の母である。 そして看護師をやっている。 看護師は1年目。割とハードだ。 妊娠出産のこと、新人ナースの話、たくさんまとめたいことがあって、いつかいつかやってみたいと思っていたnote。 やるきっかけが出来た。 どうやら私は患者らしい。 原因不明とされていたものがやっと牙を出してきた。 精査をしている段階だけど、面白いくらいに数値が引っかかる。 国が指定した難病。 そんなもの怖くない。 だけど、自分