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【映画感想】素晴らしき世界

『ゆれる』、『ディア・ドクター』、『永い言い訳』などの西川美和監督の最新作。13年の刑期を終えて実社会に戻って来た元殺人犯の社会復帰物語。実在の人物をモデルに書かれた『身分帳』という小説(作者は『復讐するは我にあり』や『海燕ジョーの奇跡』の佐木隆三さん)を原案に映画化した『素晴らしき世界』の感想です。

西川美和監督です。監督の映画は質感というか肌触りがソフトで観やすいのでつい観てしまうんですが、どのくらい観てたかなと思ってプロフィールを調べたらオムニバス映画の『female』以外全部観てました。で、僕は割と監督で映画を選ぶタイプなのでひとつ好きだと大体どれも気に入るんですが、西川監督の映画は珍しく作品によって強烈に好きなのとイマイチのやつがあって、『ゆれる』と『永い言い訳』(←これは感想書いてます。)は強烈に好きなんですが、『ディア・ドクター』と『夢売るふたり』はイマイチハマらなかったんです。というか、デビュー作の『蛇いちご』を含める5作品(オムニバス含めて7作品なので意外と少ないですね。もっと撮ってるイメージありました。)が同じ監督の作品だとは認識してなくて。こうやって振り返ると確かに凄く作家性のある監督なんですが(しかも、全ての作品の脚本もご自身でされていて、原作があるのも今回が初めてという徹底した本人度合いの高い監督なんですが。)、なんていうか、出て来るキャラクターに監督が反映されてないというか、誤解を恐れずに言えば、映画の中に監督自身の主張がほとんどないんじゃないかと思うんです(いや、というか、そう見えない様に描いてるというか。)。ただ、優しく言い寄ってきて気を許した途端に腹を一突きされる様なエグさと鋭さはどの作品にもあって、世界の描き方というか描こうとしてる事象というのは同じ様に映るんですよね。つまり、監督が思う世界というのがあって、その西川美和ユニバースの中で様々な立場のキャラクターたちが右往左往しいている様な、それを一作品ごとにピックアップしてる様な感じなんです。でですね、そのユニバースを形成している世界っていうのがどういうものなのかっていうのをいよいよ描き出したなと感じたのが今作の『素晴らしき世界』なんですよ。

殺人の罪を犯した三上が13年の刑期を終えて出所して来るんですが、三上は養護施設で育ってそのまま行き場もなくヤクザになった様な男で、この出所を期に今度こそカタギとして暮らしたいと考えてるんです。ただ、生来の気質が短気で喧嘩っ早く、しかも、間違ってると思ったことには言い返さないと気が済まないし、もちろん手も出る。その上で殺人罪で捕まったことは不当だとも考えていて。要するに、法律よりも人情、道徳よりも仁義っていう昔堅気のハグレモノなんです(この男を役所広司さんがめちゃくちゃ魅力的に演じていてですね。ほんとに今まで見たことない役所広司が見られるのでそれだけでも価値大ありなんですが。)。そんな男がこの社会に放り出されたらどうなるかって話なんです(つまり逆転してその世界がどんなところなのかって話でもあるんです。)。三上に手を貸してくれる人たちも現れて決して孤独でもなく、三上自身も就活したり、その為の運転免許取得に行ったりと前向きに頑張るんですが(この辺のエピソードの描き方も上手いんですよね。人情話にもコメディにも社会風刺にもなってるんです。)、結局、三上自身の真っ直ぐさと暴力に直結してしまう性格が問題で、そこを直さない限りこの世界では生きて行けないってことになるんですが、いや、早い話、大人になれよって話なんです。

そりゃ、人はみんな生きていれば様々な経験の中で大人になることを求められるわけで。この世界を生きて行くのに大人になり切れてない三上が良くないのはそうなんですが。じゃあ、その大人の振る舞いを要求する世界がどういうところなのか。僕は映画の途中から、これからそこに出て行くであろう自分の娘のことを考えていました。純粋でわがままで生きることに真っ直ぐな娘の姿を見ていると出来る限り今のままで生きて行って欲しいとも思うのですが、それだけで生きていけないことももちろん分かっています。映画終盤の展開、就職祝いの場面で三上を心配する人たちから掛けられる至極真っ当な言葉。そこからの就職先での日常的にもよくある光景。そして、ラストの空虚な青空に浮かぶタイトル(今回、この終盤の畳み掛け凄まじかったです。この世界で生きる善良な人たちからの100%優しさから来るアドバイス。もちろん、僕も「生きるってそういうことだよな。」と思いながら観てました。すると、すぐ次の展開で「それって、つまり、こういうことですよね。」と現実の残酷な姿を見せ付けられる。大人になることがこの世界に受け入れられる為の手段でしかないなら、それを要求することは果たして正しいのだろうか?)。西川監督の映画はいつも見終わったあとに答えのない問題を出された様な気分になるんですが(僕が監督の映画に監督自身の主張を感じないというのは、たぶん、このせいです。常に明確な答えのないことをテーマにしていて、それを放り投げて来るので。つまり、考え続けなきゃいけない問題を提示して来るってことです。で、今作も正しく)、この世界のことをどう娘に伝えたら良いのかと考え続けていました。

ということで、西川美和ユニバースで描かれる世界というのは、まごうことなき僕たちが住んでるこの世界ではあるんですが、それは、三上の様な人間にとってはもちろん、善良な市民であるはずの(中野太賀さん演じる)小説家を目指すテレビマンの津乃田や、(六角精児さん演じる)近所のスーパーの店長(つまり、映画を観ている僕たち自身ということです。)でさえも善意の第三者ではいられない。一体誰にとっての"素晴らしき世界"なのかってことなんです。

同じ時期に公開された『ヤクザと家族 The Family』という映画があるんですが(この2本の比較はPODCASTの『映画雑談』の方でじっくりやることになりましたので少々お待ち下さい。)、あちらはヤクザという(僕たちとは違う)マイノリティを現代社会のシステムが飲み込んで行くという構造の面白さでフィクションとして楽しめたんですが、『素晴らしき世界』では、ほぼ同じことを描きながら、その世界に加担してるのはお前たち自身だということを突き付けられて、ほんとに優しい顔して恐ろしいこと言ってくるな西川監督はと思いました(まさか、ヤクザ映画観て娘のこと考えるとは思いませんでした。)。


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