生物がつくる結晶:バイオミネラル
多くの人は結晶と聞くと石ころとか宝石とか鉄鋼を想像されるかもしれませんが、実は生き物の中にも結晶は存在します。
このような人間をはじめとした生き物がつくりだす結晶(鉱物)をバイオミネラルといいます。
今回は、そんな生物が生み出す結晶について紹介したいと思います。
バイオミネラルとは
想像以上に多くの場所にバイオミネラルは存在します。
例えばウニのトゲ、サンゴ、貝殻、卵の殻などは生き物がつくりだす結晶です。
上にあげたような、研究が進んでいる有名なバイオミネラルの多くは炭酸カルシウムでできています。
同じ主成分が同じなのに、こんなに様子が違うのも面白いところですね。
これは原子の並び方(結晶構造)の違いや、結晶の形(形態)の違いなどが挙げられます。
つまり生き物によって原子レベルもしくはもう少し大きなスケールで結晶を操ることで、特有の性質を獲得しています。
昔は不明な点が多かったバイオミネラルですが、顕微鏡の発達によるその詳細な構造が明らかになりました。
そして、このような複雑な形状を持つバイオミネラルのことをメソクリスタルと呼んだりします。
メソクリスタル
電子顕微鏡を用いた観察の結果、これらバイオミネラルの多くは小さなナノ結晶(ナノ粒子)が集まってできていることがわかりました。
ウニのトゲの電子顕微鏡像[1]
一般的に結晶の構造(原子の並び方)はX線を用いて調べられます。このメソクリスタルのX線回折を取ると、きれいな回折斑点が観察されます。これは原子が規則正しく並んでいることを示します(単結晶)。
しかし図を見ると分かるように、あちこちに穴が開いていてまさか原子がきれいに並んでいるようには見えません。昔の研究者たちはこれが一体どういうことなのか悩んだそうです。
その後、顕微鏡技術の発展によりその謎が解明されました。
このからくりは少し驚きです。というのも、小さなナノ結晶(単結晶)がたくさん生まれて集まってくると原子の向きを合わせて融合します。まるでそのつなぎ目が見えないようになるわけです。(OA成長)
上の図を見ると分かるのですが、原子はきれいに並んでいるのにところどころ穴が開いてますよね。これがウニの画像にあった穴です。
一般的に、多くのセラミックスでは、ミクロンサイズの粒子を集めてきて焼き固めます(焼結)。しかし一般的な方法では粒子内の原子の向きがそろっていなかったり、そもそも粒子内で原子がいろいろな向きを向いていたりするため、単結晶にはならず多結晶になります。焼き物といわれる陶磁器は一般的にこの多結晶と呼ばれる分類になります。
科学技術が進んだ今でも、このウニのトゲのような多孔質でそれなりの大きさ(ミリスケール)に成長する単結晶を作る技術はほとんどありません。
生き物は進化の過程で、そんな複雑な結晶(メソクリスタル)をつくりだす方法を身に着けたのです。
人工的につくる
最近、このバイオミネラル(メソクリスタル)の研究が進み、人工的につくることができるようになりました。これは人間の知恵で作るというよりは、われわれ人間がバイオミネラリゼーションを模倣するというやり方になります。
生き物は結晶を作るためにタンパク質を使います。ウニやサンゴといった生き物が体内で生成するタンパク質が原子の並び方を制御してその結晶構造や結晶の大きさ・形に影響を与えます。
研究者たちは今でも精力的にバイオミネラルの研究を行っており、生き物から結晶成長に関係するタンパク質を抽出します。それらのタンパク質がどのような作用をしているのか調査して、どんなタンパク質が結晶にどんな影響を及ぼすか明らかにしています。
その仕組みの分かったタンパク質を使うことで、様々な形状を持つバイオミネラルを人工的に作っています。
動物がケガをしたときに自分で治癒していくのと同様に割れた貝殻に適切なタンパク質を使用することで貝殻が勝手に修復していく様子が見られています。
さらに、ナノスケールの穴が開いた結晶というのはその形自体が非常にユニークであり、様々な分野への応用が期待されています。
例えば表面積が大きいことを利用した電池の電極材料や触媒などです。
次回予告
バイオミネラルの話題は尽きないので、2つに分けました。
実は今回の紹介は前編だったのです。
次回、後編では人間がつくる結晶について紹介します!
参考文献
[1] X. SU, S. KAMAT , A. H. HEUER, The structure of sea urchin spines, large biogenic single crystals of calcite, JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE 35 (2000) 5545 – 5551.