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骨の構造は意外と乱れている


骨(象牙やエナメル)は動物がつくる結晶で、バイオミネラルなどと呼ばれることがあります。

以前、骨の内部の繊維質の向きをX線を使って見るという話を紹介しましたが、この微細な繊維をもっと詳しく見ていくと、ヒドロキシアパタイトと呼ばれる結晶が見えてきます。今回はそんな骨の結晶についての紹介です。


骨の結晶成分(ヒドロキシアパタイト)

一般的なヒドロキシアパタイトは、Ca10(PO4)6(OH)2という化学式で表されます。

生物の知識はないので深入りは避けますが、骨はカルシウム(Ca)が大事といわれるのは、この化学式からわかりますね。

ヒドロキシアパタイトの結晶構造

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https://www.chemtube3d.com/sshydroxyapatite/より引用

しかし、生き物がつくりあげる結晶はそんなに単純な話ではありません。
ヒドロキシアパタイトCa5(PO4)3(OH)は、実際にはCa10(PO4)6-x(CO3)x(OH)2+xと書かれるようです。

ちょっとわかりにくいですが、簡単には、リン酸イオン(PO4)の部分が炭酸イオン(CO3)で置き換わります※。

生き物がつくる結晶は非常に驚くほどきれいにできていますが、さすがに原子レベルまでは制御できません。

そのため、動物の骨の結晶成分であるヒドロキシアパタイトは原子数個分レベルで乱れています。

いやいや、それがどうした?と思われるかもしれませんが、骨をもっと理解しようとするそのレベルで調べる必要があるようです。この乱れが小さいうちは問題なくとも、乱れがどんどん大きくなると結晶成長に悪影響を及ぼすことが知られています。骨の移植や再生の研究の中には、こういった非常に繊細な調査が求められるようです。

そして、今ではX線を用いて原子レベルのずれを知ることができるわけです。


パラクリスタル構造解析

ここからかなりマニアックな話に入ります。自分の研究に直結するところなので備忘録も兼ねてまとめていきます。
自分で後から見返してもわかるように、簡単に書いていきます。

今回、このヒドロキシアパタイトの結晶は、少し乱れた結晶として考えられました
このように乱れた結晶をパラクリスタルといいます。

具体的には、放射光X線を用いた回折を、2体相関分布関数(PDF)という、もともとアモルファス(ガラス)や液体の構造を調べるために使われていた方法を用いて、結晶のわずかな乱れを解析しています。


パラクリスタルの概念を用いた構造解析はかなりニッチな分野ですが、様々な分野でひそかにその研究が進められています。

今回、PDF解析を用いることで、この少し乱れた結晶の構造を解析し、リン酸イオンが炭酸イオンで置き換わることで大きな乱れが生じていることがわかりました。

まあ、言われてみればわかりやすい結果ですが、この研究ではもう少し詳しく、原子がどのような向きで入り込んでいるかを明らかにしました。
というのも、リン酸イオンは四面体構造をしており、そこに平面三角形入って入れ替わっています。この時、三角形が立体的にどのような向きを向いて本来四面体があるべきところに入っているかがわかりました。


最後に

高齢化社会に伴い、今後も骨の研究はますます重要なものになってきます。
今回紹介した論文は医療の立場ではなくとも、材料工学の視点から見てみても面白い研究です。

個人的には結晶PDF解析自体がそれほど一般的な手法ではないため、生き物がつくるバイオミネラルにこの方法が使えるということを示した点も評価されるところではないかなと思います。

今後も、バイオミネラルに限らず少し乱れた結晶においてこの手法が一般的に使われるようになるかもしれませんね。

以上、骨の結晶の紹介という体を取りながら実際は論文紹介で、本当は自分の研究を助ける備忘録でした。

参照
Paracrystalline Disorder from Phosphate Ion Orientation and Substitution in Synthetic Bone Mineral
Mary E. Marisa, Shiliang Zhou, Brent C. Melot, Graham F. Peaslee, and James R. Neilson, Inorg. Chem. 2016, 55, 12290−12298


※実際に私たちの体の中にあるヒドロキシアパタイトの結晶中には、もっと多くの種類の元素(例えばナトリウムやマグネシウムとか)が置換しており、実験で見るよりも複雑です。

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