見出し画像

Interview|僕は、店を潰す勇気をいつだって持っている|「sio」鳥羽周作さん【前編】

4月5日、近日中の緊急事態宣言の発令が現実味を帯びてきていた日の夜、僕は、代々木上原の「sio」に向かっていた。オーナーシェフの鳥羽周作さんに会うためだった。

渋谷を過ぎ、明治神宮前で千代田線に乗り換えて代々木上原へ。週末の外出自粛が2週目になっていた東京は、おどろくほど静かで、新型コロナウィルスとジリジリにらみ合うような、ピリッとした緊張感が漂っていた。

画像4

「幸せの分母を増やす」ことは料理人を救う

18時。sioに入ると、そんな外の世界とはまったく異なる明るい空気があった。

6人のスタッフが生き生きとした顔で仕事をしている。すでに僕の前に来ていたお客も2組いた。そしていつものような笑顔で「来てくれてありがとうございます」と鳥羽さんが迎えてくれる。

およそ、8カ月ぶりのsioだった。

新型コロナウィルスの感染拡大の抑制を目的に、東京都知事が外出自粛を要請したのが3月25日のこと。その3日後の28日にsioは、テイクアウト用の弁当とバインミー(のちの「HEY! バインミー」、下の画像)をすぐさまスタートさせていた。翌29日には、自炊が多くなる家庭に向けて、sioの系列店「o/sio」の唐揚げレシピをTwitterで公開。たくさんの人がsioの味を家庭で楽しんでいる姿がSNSのなかにあった。

画像2

その後も、「ナポリタン」「エビフライ」と、店のレシピを惜しげもなく公開。「 #おうちでsio 」は、今も更新が続く人気コンテンツになった。そのレシピは現在、sioの公式noteにまとめられている。

ほかにも、弁当を宅配する「トーバーイーツ」や、レストランが作る弁当のひとつの回答といえる「sio贅沢弁当」(4月26日一般発売スタート)と、名指しで自粛を求められた飲食業界を元気づけるように、おどろくほど積極的に次々とアクションを起こしていた。

そんなスピード感のある展開は、「幸せの分母を増やすため」だと鳥羽さんはいう。

たくさんの人に料理を通じて幸せになってほしい。それが『幸せの分母』の意味です。同時にそれは、料理人の価値をあげることにもなると思ってるんっす

保障の伴わない自粛に、飲食店は混乱、恐怖、不安のなかにあった。そんななか有名シェフたちが国に接触して、海外を例にしながら休業補償を国に求める動きが早くから行われていた。しかし世論の声は冷たく、「高いだけの飲食店は潰れていい」「さんざん儲けておいて、都合がわるくなったら保障とかずうずうしい」「内部留保してないのが悪い」など、辛辣な声がインターネットに吐き出されていた。

もちろん批判の声の多くは匿名であり、世論のすべてではないと理解しながらも、コロナによって飲食店、とくにレストランに対する“世間の厳しい目”が向けられていたことに初めて気づかされたのだ。

僕もその記事を見ました。見ていて、辛いっすよね。僕は、『誰もが愛されるものを作るのが大事だよ』というデザイナーの水野学さん(sioのロゴのデザインを務めた日本を代表するアートディレクター)の言葉を思い出したんです。今、たくさんの人が求めているものってなんだろう。自分たちの目先のことではなくて、世の中の人たちのことを考えよう。そしたらレシピの公開とか、毎日食べられるお弁当を作ろうって思ったんっすよね

HEY! バインミーは1000円で、弁当も1500円。客単価2万円のレストランのテイクアウト商品としては、破格の値付けに思える。そんなに安売りしたら店のブランディングに影響を与えるのではないかと心配したが、鳥羽さんは、店のメニューをそのままテイクアウトにすることしなかった。sioのまったく新しいテイクアウトブランドとしてスタートさせたことで、かえってsioのファンを増やすことになったのだ。

国民総選挙で飲食店が審判を受けている

画像6

sioの展開を見ていると、スポーツアパレルブランドの「Nike」を連想させる。陸上競技のシューズメーカーとしてスタートしたナイキが、バスケットボールやベースボールのシューズを手掛けながら、一大アパレルメーカーに成長し、ナイキの商品だけでなく、そのブランドのフィロソフィー自体でビジネスが展開できるまでになった。今では「ナイキを身に付ける」というライフスタイルすらできあがっている。

そういってもらえるの、すごくうれしいっす。鳥肌立ちました(笑)。俺たちはずっとTOYOTA(トヨタ自動車)にならなきゃいけないって思ってたんです。TOYOTAは、創業者の豊田喜一郎さんが亡くなっても、TOYOTAであり続けている。sioも僕がいなくても、sioであり続けるようにイズム(主義)を継承していきたいんです

鳥羽周作という人間はたった1人しかいないが、たとえばsioグループで見たらスーシェフは3人いる。これがもっと増えて、全国に鳥羽イズムを受け継いだ料理人が100人いれば、日本中どこに行ってもおいしいご飯が食べられることになる。「そしたら幸せの分母がもっと増える。最高じゃないっすか!」と、鳥羽さんは目を輝かせる。

だから、洋風居酒屋のo/sioや純喫茶のパーラー大箸を作っても、厨房に立つのは僕じゃなくてスタッフに任せたんです。僕は、イズムを伝える役。イズムが継承できているから、sioっていう一つ星で客単価2万円のレストランをやりながら、o/sioやパーラー大箸をやってさらに、弁当までやっている。そうすれば、sioに来てくださる人たちだけでなく、もっと多くの人のことを食で幸せにできるんです

もちろん料理のおいしさは大前提にしながら、たとえばレンタルのおしぼりではなく今治のタオル会社「イケウチオーガニック」製を導入し毎日手洗いして「育てるおしぼり」にしたり、照明や音響、トイレの香りにまで食べることすべてに対してsioの美意識を投影し、「レストランを体験するとは何か?」をお客に伝えようとしている。

Twitterを見てたら、結婚記念日におうちでsioを作ってくれた方がいらしたんです。『コロナだけど最高の結婚記念日になりました』というツイートを見て、うれしくて店から帰る夜道で泣きましたもん。sioに来たことがない人が、sioのレシピを作って食べて喜んでくれている。バインミーも『おいしかったから、レストランにも食べに行きたいです』とかも言ってもらえるんすよ。
 そうやって幸せの分母を増やすことができたら、飲食業に対するみんなの見る目が変わると思うんです。そうするともっと正当に料理人が評価されて、もっと正当に料理も評価されて、リテラシー(理解力)が高まる。料理人がきちんと評価されて、なおかつおいしいものが増えるっていうのは、超良くないですか?

幸せの分母を増やしていくことは、飲食業界を外側から変えていくことでもある」と鳥羽さんはいう。幸せの分母が少ないのに内側から「飲食店に理解を深めてほしい」と訴えるするよりも、分母を多くできれば大変なときに「あいつらが苦しんでいるんだったら助けてあげなくちゃ」といって助けてもらえるはずだ。幸せ体験による信頼関係をたくさんの人と作っておくことをもっと考えた方がいい、というのが鳥羽さんがいう「幸せの分母」の考え方だ。

コロナで、僕たち飲食店は『お前たちは、これからも飲食店をやってもいいか』っていう投票を受けているんだと思うんです。それは飲食店が好きな人たちだけの投票ではなく、国民の総選挙のようなもの。だから、僕たちはたくさんの人に愛されるために、たくさんの人に愛を贈ろうと思ったんです

飲食店は、これまで不特定多数の人にさらされ、匿名で点数をつけられたり、評価されてきた。飲食店独自の社会との繋がりに辛さはあるとしながらも、「それを乗り越えて、評価されたときの喜びはでかい」と鳥羽さんはいう。

今、こだわっているsioのポイントは、今までの料理業界とは違うチームの作り方をすることです。それは外部のチームもそう。編集チームと一緒になって公式noteなどのメディアを運営したりしている。もう、『おいしい』ことだけを売りにしてないんです。それがいちばん大事。
 料理人がもともと持っている右脳的な感性や表現能力のようなものに加えて、僕たちは左脳的な論理的思考能力を鍛えて、それをビジネスで発揮しようとしている。ビジネスとは、新しい価値を見出すってことだから、それまでレストランに来なかった人たちを含めた『幸せの分母』がどんな価値をもたらすのか。それを考えることがsioのイズムの本質だと思ってます

愛とは、相手への解像度である

画像3

鳥羽さんは、レストランに限らず、多くの物事の本質には「」があるという。どんなときも「」を語り、しつこいくらいにどのメディアでも「愛だ」「」と答える。いつも同じことしか言わないといえばその通りだが、逆に考え方の本質がまったくブレていないともいえる。

その「」を、もっと具体的に話してもらえないだろうか。

「そうっすね、愛って何かというと、相手を理解する解像度だと思うんです」

鳥羽さんは、sioに来るお客を例にして話を続ける。

「たとえば、女の子にデートで何かプレゼントをしたいなと思ったとき、彼女は今日どんな服を着てるとか、どんな話をしたかで、あの子はこんなことが好きだなってわかる。それって、その子に対する解像度の高さだと思うんすよね。それを上げるためには、彼女についてのインプットが必要なんです。それでもアウトプットすると、時には間違いもするんですけどね。それをトライ&エラーで直していくことが重要。
 そうやって解像度が高くなると、相手が何を求めているのかがわかってくるようになるじゃないですか。結局、ベクトルが相手に向かっているかってことです。レストランであれば、お客様にベクトルが向いてるっていうこと。当たり前のことなんですが、それが大事なんだと思うんです」

承認欲求ではなく、ある意味クライアントワークだ」と鳥羽さんはいう。クライアントワークとしての要望を理解しながら、相手の斜め上を行く提案ができれば、それが感動に変わる。そしてそれは、巡りめぐってレストランの評価になって返ってくる。

愛って言ってるのは、お客様に対してだけじゃなくて、料理にもそうなんっすよね。sioのお弁当も、全力で『お弁当って何か』を考えながらスタッフ全員で解像度を上げていく努力をしてます。コロナの間を生き残るとかじゃなくて、本気で老舗のお弁当屋さんに勝負できるものを考えてる。だから、コロナが収束したとしても、sioはお弁当を新ブランドとして継続できる。それくらいやらないと、お弁当屋さんに失礼だと思うんですよね

コンビニやファーストフード、老舗の仕出し弁当といっしょに並ぶなかでも「sioの弁当がいい」と選ばれるために、自分たちは何をすべきなのか。そうやって思考を続けた成果が、#おうちでsio やHEY! バインミーであり、贅沢弁当の成功につながっているのだろう。

あと1年はしんどい戦いになりますよ。本当に腹をくくらないといけない。どう腹をくくるかといったら、『店が潰れてもいい』と思うことだと思うんっす。
 料理の価値は店じゃないんです。料理人が存在していること。店の価値は、そこなので店が潰れることを恐れないで欲しいですね。料理人は料理を作れればいいっていう前提に立てば、もっとやれることがある。潰れたっていいっていう無責任な話じゃなくて、潰れても料理ができるところはどこにでもある。もっとそういうことが伝わって欲しいなと思ってますね。目先のキャッシュに目がくらんで、お客様にベクトルが向かわずに、優しくなくなるんじゃなくて。もっと料理の視点のあり方とか料理の力を信じてほしいと思う。
 潰れたって俺たちは、どこでだって料理できるんですよ。僕は、いつだって店を潰す勇気を持ってる。だから全力でお客様に向き合えているんです

2カ月後、5月30日のsioはバインミー屋になっていた

画像5

5月30日の11時、インタビューからおよそ2カ月ぶりにsioにやってきた。朝8時からHEY! バインミーとお弁当は販売しているため、すでに店の前には人が集まっていた。

今日は、sioとo/sio、あとはデリバリー分をあわせてHEY! バインミーが250本、お弁当を150食用意してます。たくさんの方に『バインミー食べたい』といっていただけて、本当にうれしいです。今はコロナ前よりも忙しくなっていて、スタッフは朝番と夜番でシフトを組んでいます

緊急事態宣言中でもレストランの営業も予約がある限り開けて、休まず営業し続けた。

4月は休業したけど、5月になったら金が続かなくて店を再開したところもあって、そういうのを見ているとノンポリに感じちゃう。自粛した方がいいのか悪いのか、ということではなくて、その決断を自分たちの意思で決めたかどうかが大事だと思うんすよね。俺らは、自分たちのポリシーで店を開け続けた。『自分たちで考える』ということを、コロナで学んだって感じがします

5月25日に東京都の緊急事態宣言が解除され、6月1日には、東京都が定めるロードマップのフェーズがステップ2に緩和された。街に人が戻り、レストランにも少しづつ人が戻ってくるだろう。

sioの6月の予約もすでに満席になった。それでも、HEY! バインミーも弁当も、打ち切る予定はない。むしろ引き続き「幸せの分母」を増やすために、継続していく方法を会社全体で模索している。

6月1日からは、チキンオーバーライスとタコライスをあわせた究極にジャンキーなお弁当の『チキントーバーライス』も始めるんです。こんな時期に、レストランがお弁当の新商品を開発するなんてありえないっすよね。だいたいは、店の営業に集中するためにテイクアウトはやめちゃうじゃないですか。でも俺らは違うんです。
 コロナの間に、テイクアウトや #おうちでsio でsioを知ってもらった人たちに対して『営業に集中するんでやめます』っていうのは、自分たちの都合すぎないかと思うんです。だから #おうちでsio も続けるし、贅沢弁当もレストランに来られない方のために続けていきます

それは「幸せの分母を増やした責任」だと鳥羽さんはいう。緊急事態宣言中もSNSを中心にさまざまな発信を続け、テレビやwebの取材も積極的に受けた。それに比例するように、鳥羽さんのTwitterのフォロワー数もコロナ前の8000人から、4万5000人にまで増えた。「料理人なのに何やってるんだ?」という批判もあるが、それを鳥羽さんは「気にならない」とサラリと答える。

鳥羽さん以外にも、たとえば青山一丁目のレストラン「The Burn」の米澤文雄さんのようにInstagramを中心にライブ配信をしたりレシピを公開したように、コロナ禍で多くの料理人がレシピをオープンソース化してきた。それによって、たくさんの人が料理人のレシピに触れ「こんなにおいしいなら、実際にレストランに行ってみたい」と、新しい客層をレストランに引き寄せることにもつながった。

料理人のレシピは、レストランに食べに行くことで『答え合わせ』ができることが大きい。料理界全体で『幸せの分母』を増やしていけたら最高っすよね。じっさい、コロナの間に、日本全体の料理に対するリテラシーが上ったと思うんです。たとえば、『パスタの太さを1.4㎜ではなく1.7㎜にしたのは、家族全員が食べ終わるまで長くおいしさが続くから1.7㎜を家庭用のレシピでは選んでいるんです』というような話をしても、たくさんの人にささるようになった。だからこそ、俺らの責任も大きいんすよ

レストランアワードにランクインする、レストランガイドに評価される。そういった目標ではなく、レストランは本来、お客に何をすべきなのか。そのことがコロナ禍によってより明確になったと鳥羽さんはいう。

『社会的課題をおいしいで解決していく』。それを今は会社のビジョンに掲げています。外からの評価をビジョンに掲げていると、それを達成したら終わってしまうのかよ、って思うんです。それよりも、一生終わらない目標を掲げることで、モチベーションを長く続かせた方がいい。だから、sioで何かを始めるときに『それは幸せの分母を増やせるの?』って考えるんです。増やせるんだったらやろう、そうでなければやらないというシンプルな判断。だから悩む必要がないんす

最近はスタイルではなく、スタンスだなって思うんです」。様式や自分たちの型を意味する「スタイル」ではなく、自分たちの立場や行動姿勢を意味する「スタンス」へ。行動姿勢を明確にすることで、ウィズコロナ・アフターコロナの社会の変化のスピードに対応していこうとしている。

俺らはつねにお客さま目線で『幸せの分母』を増やしていくだけっす

画像6

鳥羽周作(とば・しゅうさく)
1978年5月5日生まれ。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳で料理の世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。「DIRITTO」「Florilege」「Aria di Tacubo」などで研鑽を積み「Gris」のシェフに就任。2018年7月、オーナーシェフとして自身のすべてを出し尽くしたレストラン「sio」をオープン。

sio(シオ)
東京都 渋谷区上原1-35-3
☎03-6804-7607 (12:00~20:00)予約制
水曜定休 + 不定休(ランチは土日祝のみ)

ーーーーーー

鳥羽さんのインタビューの後編は、コース料理に対する鳥羽さんの考えや、実際の料理の解説です。自粛明けにsioに行こうかどうか迷っている方、参考にしてみてください!


料理人付き編集者の活動などにご賛同いただけたら、サポートいただけるとうれしいです!