見出し画像

■6月29日 そして、書き続けるのです

今日は一日noteを書いていた気がします。気がするだけで、間に本を読んだり、お料理したりもしましたが。でも、ここ何日か書きあぐねていた記事を書き終えられたこともあり、達成感とともにどこか心地よく疲労感も感じていることが、「今日はnoteな一日でした」という感慨に繋がっているのでしょう。

・ ・ ・

有料記事を書き始めたころ、書評とエッセイの二本立てで書いていこうと決めました。

しかし、二つのうち、書評はともかくとして、エッセイは「書くぞ!」と決めたところで、ずいぶん長い間筆が止まっていたのです。「書くぞ!」という意気込みだけは強くあったものの、何を書くのか、どう書くのかがさっぱり分からなかったからです。

もう一つ、エッセイを書けない明確な理由がありました。

私は物語よりもエッセイや随筆を好んで読みます。特に、昭和に生きた女性の書く随筆が大好きです。そこにある、やわらかなことばや凛とした佇まい、日常にある細やかな葛藤、そういったものたちにことばを通して触れては、自分の心のひだひだしたところを動かしていました。

しかし、そうして、たくさんエッセイや随筆を読んでいるうちに、こんなにすてきな文章を書くことができるのだろうか? と書くにあたってのハードルをいつの間にかずいっと上げてしまっていたのです。

そりゃ、書けるわけありません(笑)

でも、一方で。そんなふうに手枷足枷をはめて自縄自縛になっていた私が、今こうして毎日エッセイを書いて更新している。なかなかに大きな方向転換です。では、その転換は何がきっかけで起こったのか。いろいろ思い起こすと、それも始まりは「活字」あるいは「言葉たち」だったように思うのです。

ある時期、エッセイを書こうと思うなら、エッセイを読み込まねばと、私は生来の生真面目な優等生的発想を爆裂させました。で、いろいろ読んで、読んで、読んで。当初の目的を忘れる勢いで読み散らかして(をい)。

そのなかのどれか一つの作品が劇的なきっかけになった、というのではありません。でも、読み続けていく過程で、たくさんのことばたちを通し、いろいろなコト・モノが知らず私のうちに蓄積されていったのでしょう。

ある日、突然思いついたんです。「とりあえず、書こう」って(笑)

それはもう本当に天啓がひらめいたような不意打ち加減でした。自分でも驚きましたもの、「え、書こうって何?」って(笑)

でも、そういう突飛な思い付きというか、自分のなかから訳もなく湧き上がってきた衝動には(人に迷惑をかけない限りは)素直に躊躇なく従うことにしています。

だって、その方がぜったいに面白いですもの。

たとえ、うまく行かなかったとしても、誰に迷惑をかけるわけでなし、どうあろうと何かしら得るものもありましょうし。何より、「書きたい衝動」が超湧いてて、アタマのなかがお祭りわっしょいでしたし。

ふりかえれば、ナイスなタイミングで、noteの毎日更新を続けていたのもあり、ちょうどいいやとばかりに毎日エッセイを更新をすることにしたのでした。お友だちには「そんな【力はパワー】みたいな力業を…」と絶句されましたが(笑)

そうして書き続けて、この記事で57本目。つまり、連続更新57日目を迎えています。

たまにネタが何にもないときがあります。「うわぁ、何も書くことない!」と思いながらも、パソコンを開いて書き始めると、自分で思いも寄らない方へ文章が展開することも多いです。これを書くぞと決めて書き始め、結果、まったく違うことを書いていることも頻繁にあります。でも、何か楽しいんです。純粋に、書くことが楽しくて仕方ないんです。

これがどこへ繋がっていくのか。自分でもよく分かりません。でも、書くことで整理され、救われている自分がいるのも確かです。だから、私はきっとエッセイを書き続けると思います。楽しかったり苦しかったりしながら。全部を込めて書き続けます。

これからもお付き合いいただければ、とてもとても嬉しいです。

・ ・ ・

今日もここまで読んでくださり
ありがとうございます。
今日がいい日でありますように。
んじゃ、また。

・ ・ ・

■おすすめマガジン&おすすめ記事
1⃣『どうする家康』を10倍楽しく見るために

2⃣えりた書店

3⃣おすすめ記事




この記事が参加している募集

記事をお読みいただき、ありがとうございます。いただいたサポートはがっつり書籍代です!これからもたくさん読みたいです!よろしくお願いいたします!