【読書日記76】『君のクイズ』
先日、本屋大賞のノミネート作品が発表されました。
重度の活字中毒のくせに、文芸ジャンルに激弱なワタクシは、それをいい機会と捉え、ノミネート作品を一つずつ読み記事にすると決めたのです。
で、今回はその第1弾!
今回ご紹介するのは、『地図と拳』で、第168回直木賞を受賞された小川哲(おがわ さとし)さんの『君のクイズ』(朝日新聞出版)です。
■『君のクイズ』について
「クイズ番組」と言われて思い出す番組は、世代によって異なりましょう。私などは「ニューヨークへ行きたいか!」を真っ先に思い出します。えぇ、世代がバレバレですが(笑)
本書で、謎が提示される舞台は「クイズ番組」。
生放送で、アナウンサーが「問題。」と口にした瞬間、主人公の対戦相手である本庄絆はボタンを押します。そして、まだ読まれてもいない問題を正解するのです。
なぜ、それが可能だったのか。
その謎を主人公・三島玲央が決勝の問題を振り返り、解いていきます。
そして、それは本庄の、また、三島自身の人生を振り返ることにも繋がるのでした。
■クイズという競技
私は高校時代にクイズ研究会に所属していました。そして、一つ上の先輩たちは「高校生クイズ」地方大会に出場し、決勝にコマを進めたのです。
そのときのことを、ウン百年経った今もわりと鮮明に覚えています。
決勝戦は、解答が分かった時点で走りだし、フラッグを取った方が解答権を得る方式でした。
最後の問題、この問題に正解すれば全国行き、不正解なら決勝敗退という場面。S先輩は問題を聞いて、すぐに飛び出しました。そして、必死にフラッグを取り、肩で息をしながら答えたのです。
「アスワン・ダム!」
鳴ったのは、無情にも不正解のブザーでした。
正解は「アスワン・ハイ・ダム」。
「ハイ」の一言が抜けたため不正解となり、先輩たちは全国への切符を逃したのです。
後日、先輩は「走っている間は『アスワン・ハイ・ダム』って思ってたんだよ。でも、フラッグを取った瞬間、頭が真っ白になって。かろうじて、『アスワン・ダム』って絞り出したんだ」と肩を落としていました。
・ ・ ・
クイズはその一問一問にドラマがあります。この「高校生クイズ」での見聞もあり、そのことは重々承知していたのです。
でも、この『君のクイズ』を読み、そこで展開されるドラマは私が想像していたよりも深遠で、広大で、劇的で、巨大なうねりの中にあるのだと知りました。
・ ・ ・
本書では、三島vs本庄で競われた決勝戦を、戦った三島自身が1問ずつ振り返ります。
この問題でボタンを押したのは、
どのタイミングか。
なぜ、そのタイミングなのか。
また、この問題の解答を知った/覚えた経緯や、そこにまつわる思い出なども訥々と語られます。
そこから見えてくるのは、クイズはスポーツと同じく「競技」であり、解答者たちは「選手=プレイヤー」であるということ。
つまり。
解答をするあの一瞬には、スポーツの試合と同じく、選手たちの多大な労力と技術、鍛錬がみっちみちに詰め込まれている。そして、たった1問の中にその選手の人生がぎゅぎゅっと凝縮されている。
決勝戦の当事者である三島の語りだからこそ見えてくる、闇に飲み込まれそうなほど奥深い、クイズの世界。
クイズ番組を見ている私たちは、勝ち負けのみで彼らを判断しがちです。でも、この物語を読むと、それは浅い理解に過ぎるし、あるいは、理解ですらないのだと思い知ります。
そして、そこから一歩踏み出し、一瞬に賭ける彼らの一挙手一投足の意味するところに思いを馳せられるようになるのです。
「クイズプレイヤーの思考と世界がまるごと体験できる」と帯にあります。本書を読みながら、なされる追体験は、私たちの「クイズ」という競技への認識をまるごと変化させてくれるのです。
■知識とクイズ
クイズ番組を見ていると、「なぜ、この人はこんなことまで知ってるの?」と何度も驚愕します。そして、クイズのプレイヤーさんたちはきっと膨大な知識がもりもりに詰め込まれたアタマをしてはるのだろうと思い込みがちです。
それはそれで、あながち間違った認識でもないのですが。でも、知識が膨大なだけでは、クイズという「競技」で勝利することはできないのだと、この物語を読むと実感します。
たとえば、高校時代、クイズ研究会で先輩たちがボタン押しの練習をしているのをよく見かけました。「この角度で」とか「強さはこうで」とか。自作のボタンを何度も作り直しながら、研究は続いていました。
あるいは、問題文のなかにある、解答の「確定ポイント」の見極め。アナウンサーのブレスや、声になる前の口の形、これまでの出題の流れなど、全部をひっくるめて、全力で思考を回す。
そして、彼らはそういったことを勉強し尽くし、研究し、鍛錬した上で、大会に臨んでいくのです。
だからこそ、クイズは競技であり、彼らは「選手=プレイヤー」と言えるのでしょうし。これってね、「知識は知識としてあるだけでは役に立たない」という、端的な教えにも繋がるよなぁって思ったんですよね。
・ ・ ・
主人公・三島は、人生の難問もクイズ形式で自らに問います。そして、クイズ競技に強くなるのと似た形式で、その問題へ果敢に、淡々と挑んでいきます。
なんか、これ、めちゃ納得しちゃったんですよね(笑)
たしかに、人生の重大な岐路だったり、日常のささやかな選択だったりって、クイズと過程が似ていて。
「問題。」というコールと共に始まり、知識やらこれまでの流れやらを駆使して、最後は確信があったり、なかったりしながら、「えいやっ」と思い切りの良さで選んでいくんですよね。
そんな人生の諸問題とクイズの思考形式の類似性を踏まえると、タイトルの『君のクイズ』もものっそい深いものに思えて、ぞくぞくしちゃうです。
うん。ここでの「君」とは。「クイズ」とは。その答えはきっと人によって全然違うのだろうと思います。
■まとめ
新たなに直木賞作家となられた、小川哲さんの最新作『君のクイズ』。
「クイズ番組」という、私たちにとって絶妙な距離感の題材を深く掘り、そこにある思考過程を丁寧に追うことで、私たちに新たな視野をくれる、とても斬新で、おもしろい小説でした。
クイズの見方、マジで変わります。私はめちゃくちゃ好みの作品でした。
よろしければ、ぜひ。
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