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はははの話/熟成ハムに似て非なるもの


わたし(えりぱんなつこ)が、胃痛から仕事を辞めて、田舎に住む祖母と母と暮らしていたときの話を書いています。




 夏になった。
わたしは短パンで家の中をうろつく。


 田舎の祖父母の家には、エアコンがない。ご近所さんに聞いても「エアコンなんて良いものは付いてないよ」と笑って話される。そんな土地柄だとしても、暑いもんは暑い。室内で蒸し豚になってしまうんじゃないかと思うくらい暑い。
わたしは小学生のときに、夏バテで食欲がなくなったことがあり、今でもやけにマイナスな出来事として心に残っている。わたしにとっての夏は、如何に夏バテしないように生活するのかが重要な季節でもあった。うだるような暑さは死活問題なのだ。



 祖父母の家には母が持参した扇風機はあるものの、部屋の温風を循環してくれるだけのものと化していた。部屋はまったく涼しくならない。それならと他の部屋に移動してみるが、どこも暑い。結局、祖母とわたしが過ごすリビングに戻る、を繰り返した。リビングは一番日当たりがいい。母が支柱と麻紐を駆使して付けてくれた日除けのおかげで少しはマシだったが、時間によって日が差し込む。もやん、とした空気が常にある。部屋の中で陽炎が見えるんじゃない、と思ったこともあった。


 扇風機では太刀打ちできない部屋の蒸し暑さ。高齢になると、暑さ寒さを感じにくいという。母とわたしの二人で気にかけていても、祖母のことが心配になる。わたしたちは苦肉の策を試みた。扇風機の前にスツールを置き、さらにその上に氷水を入れたプラスチックの風呂桶を置く。扇風機の風で、氷水の冷気(?)を部屋に送るという方法だ。スマホで調べた策のひとつ。

ウィーン


扇風機のプロペラが回り、(中)の風が顔にあたる。
う、うーん…??
(中)の生ぬるい風が、左から右、右から左へと送り出される。こんなに近くにいるのに、まったく涼しくない。最後の足掻きも無駄に終わってしまった。風呂桶の氷水をだばだば捨てる。母と顔を見合わせると「わたしたちは何をやっているんだろうね」と同じ表情をしているのが可笑しかった。


 わたしは保冷剤をくるんだタオルを首に巻き、農作業スタイルになった。それでも、首だけほんの少し涼しいくらい。冷えた麦茶を飲んでも、氷一個をガリガリ噛み砕いても、一瞬のしのぎにしかならない。AIの時代なのに、いつの時代の暮らし?と皮肉を言いたくなる。何をやってもどうしようもないのなら、せめて服の布面積を少なくするしかない。わたしは半袖と短パンになった。短パンは太ももが露わになる丈で、裾に向かって広がる台形型パンツ。風の通りもよく、肌に張り付きにくい。個人的に脱ぎ着しやすく、突然の来客にも対応しやすかった。


ふぃー、とわたしの定位置座いすに座る。
座いすの布地でさえ、太ももに触れると暑苦しい。
「ほぉれ!」
声がした。声の主は、わたしの左側で寝ている祖母である。こっちを見てみろというわけだ。顔を向けると、祖母が胸の辺りで両手を広げている。肩幅くらいの間隔だ。目をぱちくりさせ、口がすぼみ驚いた顔。視線はわたしの足と顔を交互に向いている。
わたしは気づく。これは、わたしの太ももの太さにびっくりしているパフォーマンスではないか。こんにゃろ。
手の間隔は、わたしの太ももの太さを表している。食い気味に、そんなに太くないし!と言いたくなる。母や姉に言われたら、ハァン!?喧嘩売ってる…!?とバトルが始まるところだが、祖母の場合は小憎らしいで済む。正直、わたしを茶化している気持ちをうっすらとは感じるが。いや、だからおばあちゃん!そんなに大げさに広げないで!



続けて「わたしの見てみい」と自分の太ももを見せてくる。祖母は細い。比べないでくれ。
わたしは自分の太ももを見る。ももが太いという名前だけあって、太い。太ももってこうですよね、という太さ。太ももって、お中元とかにある箱に入っているハムみたいだ。ビニールにぴちっと詰められ、むちっと張りがあるハム。ぴったりと紐が巻かれ、網タイツが食い込んでるみたいなハム。人生の中で、わたしが網タイツを履くことはないだろう。


 最終的に祖母は「いい体しとる。大したもんだ」とわたしを褒めだす。最終的に褒めれば、なにを言ってもいいと思っているんだろうか。なんて思いながらも、悪い気はしない。祖母がかわいいので許してしまう。


 夏になると、祖母は毎日わたしの太ももの太さに驚き、手でジェスチャーをし、褒めた。わたしがトイレや飲み物を取りに座いすを立ち、祖母の前に再び姿を見せるたびに言われる。毎回言われると、だんだん言われ待ちにもなってくる。…太もものこと言われるかな?……言われたー!そっか。わたしいい体してるんだね。茶化されるのも、まあいいでしょう。
あまりに何度もジェスチャーをされ、さっきも聞いたよ〜。もしくは、太くないし!と反発心が芽生える日は、短パン履くのはもうやめようかな、と悩む。





※祖母の体調には細心の注意をはらっています。


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