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55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。 〜4月4日鯖の棒寿司

 おこもり生活19日目。最初は窮屈さを感じていた外出禁止措置だが、わりにすぐ適応したのは、食品の買い物が自由にできたからだろう。スーパーはもちろん、個人商店も豊富に品物を揃えている。

魚屋も、商品の偏りは否めないものの、そこそこの品揃え。いつもは近所に出るマルシェ(屋外市場)の魚屋で買い物をするのだが、あいにくマルシェは開店許可が出ず、近隣の商店街にある魚屋まで足を伸ばしていた。

 外出禁止中に何度も通ったのは、18区の区役所そばの商店街にある「モンマルトルの海賊」という名前の店。若手からおじいちゃんまで店員は男性だけで、海の男のマッチョ感にあふれている。若手はみんなガタイがよく、甘いマスクのイケメン揃いなので、わたしは密かに「イケメン魚屋」と呼んでいるのだ。「日曜日にボーダーのシャツ着てきたら1割引!」なんていう庶民が喜ぶイベントも、たまにやってくれて有難い。

 この日、夫が「カニを買いたい」といった。ちなみに、パリで出回っているのはトゥルトー(和名イチョウガニ)というずんぐりした形のカニである。カニは、例にもれず、ここでも高級品だ。何作るの?と聞いたら、「別に、買いたいだけ」という。高級品なのに買いたいだけって!と一瞬驚いたが、身をほぐすことで精神統一を図りたいのだという。料理人の精神統一って変わってるなあ、と夫の新たな面を見つけて興味深く思った。ついでにわたしは好物のカニを食べられるのだから、お互いウィンウィンである。使い方を間違ってるかもしれないが、この言葉。

 丸々と太った鯖も、数本買った。刺身によし、焼いてよし、煮てよし、和洋アジアン問わず使える。鯖は便利な魚である。しかも、巡り合わせさえよければ、パリでもそこそこ新鮮なものに出合える。家にいるしかないこの期間、時間はたっぷりある。そこで、夫は鯖寿司を作ってくれた。

 鯖寿司の作り方は、至って普通だ。鯖に、たっぷり塩をしてなじませる。米酢に鯖を浸し、好みの程度まで締めれば完成。日本から抱えてきた大事な米と、パリでは日本の三倍ほどの値段がつく米酢を贅沢に使う。4本作ったうちの2本にはおぼろ昆布が巻いてあり、芸が細かい。

 肉厚でジューシーな鯖は酢がしっかり効いており、慣れない毎日からくる疲れも吹き飛ばしてくれた。大西洋で獲れた天然物。脂は控えめで、あっさりした鯖寿司に仕上がる。表面を炙って食べると、酒のつまみにもふさわしい一品に。

 本来は2月か3月、日本に一時帰国する予定だったところ、コロナ禍のせいで予定が見えなくなってしまった。いつもはそれほど日本を恋しいと思わないが、いつ行けるかわからなくなった故郷は遠く感じるものである。鯖寿司を食べて、しばし日本のことを思い出していた。我慢できなくなり、調理用に買ってある日本酒をうっかり飲んでしまったことも、きっと許されるに違いない。


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