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読書感想文「彼女の名前は」

「彼女の名前は」チョ・ナムジュ著

2018年に韓国で出版、日本では2020年翻訳化。
チョ・ナムジュが2017年の1年間新聞で連載していた記事から、60余人の女性(9歳~69歳)への取材を基にしたそれぞれの物語のみを選び、28編の掌編小説へと再構成したもの。

著者はこの本について、
「『キム・ジヨン』によって、こんなことがあるのだと社会に認識されたことはよかった。だが、あのなかでキム・ジヨンは自分で声を上げない。あの本が出てから、自分も、社会も、認識しているだけではだめだと感じた。半歩でも前に進もうと、そのためにこの本を書いた」(「彼女の名前は 訳者あとがき」より)
と語っている。

確かにキム・ジヨンは度々立ちはだかる壁に「女」であることが理由とされているのはおかしいと抗い、自問自答し、疑問を親や夫に投げかけ反論していた。
それはもちろん大事な批判であり、自分だけでなく自分の後に続く誰か別の女性のことを思う行為は彼女にとって、れっきとしたフェミニズム運動だ。しかし、キム・ジヨンの物語は精神科担当医の言葉によって悲壮な結末を迎える。
「それでも、差別は繰り返される」
「終わりなどない」
と思わせる読後の悲壮感。

ところが「彼女の名前は」の28の物語の中にいる女性たちは、政治、企業、男性、個人、(義理の)親、夫、韓国社会そのものと対峙し、傷つき、人権を侵害され、築き上げたものを蹂躙されながら、
「まだ終わりじゃない」とそれぞれに突き進んでいく。

ガラスの天井、性別役割分業、給与格差、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、偏見、差別、誹謗中傷、貧困...あげればキリのないあらゆる状況に「それはおかしい」と声を上げる女性たちの姿に肩を掴まれて揺さぶられるようだった。
「あなただってそうでしょう」
と言われている様に。

◎「韓国社会の現在」によって理解が深まった韓国のフェミニズム

韓国は私が想像していた以上にフェミニズム運動が盛り上がっていた。
大統領や韓国政府に対するデモ、大学総長に退陣を求めるデモ、ストライキ、告発など、ネット上にとどまることのないうねり。
その背景が、図書館で夫が見つけてくれた本によって少し理解できた。

『「韓国社会の現在」春木育美著より』
「韓国でフェミニズム運動が本格化したのは、1980年代後半に進んだ民主化を達成した後のことである。ー中略ー 民主化後は堰を切ったように、女性の権利獲得、差別撤廃運動が高揚した。学生時代の民主化運動の過程で培った運動の組織化や目標達成に向けたノウハウは、フェミニズム運動を推進する動力となった。」

韓国では民主化達成まで女性問題を後回しにされてきたという。
軍事政権下の韓国情勢を考慮するとそういった背景があることも納得できるが、民主化とフェミニズムの相性を考えれば優先順位を付けることなど本来は出来ないだろう。だからこそ民主化からフェミニズムへの地続きの問題に対して運動が止まることが無かったのではないか。

さらに、国の動きとして、
「韓国では国の責務として、性別による採用や昇進差別を解消するアファーマティブ・アクション(Affirmative Action)に積極的に取り組んできた。ジェンダー平等政策を推進する女性省2001年に設置していることからも、政治の本気度がうかがえる。-中略- また、大統領が国民投票によって直接選出されるため、大統領選のたびに女性有権者の歓心を得るような女性優遇策が掲げられる。女性向けの政策は目に見えやすい。50代以下の女性有権者の投票率は男性を上回ることが多く、票にもなる。」

民主化後、停滞する時期があれど盛んに進められてきたフェミニズム運動は女性の声を政治的に無視できない存在に押し上げていった。
声を上げたことが形になり、その体験がまた声を上げる推進力になる。それはもちろん、女性に対する凄惨な事件や、終わらない差別や侮辱という辛い体験と共感によって湧き上がっていったものであることは言うまでもない。

その他、韓国では大いに盛り上がった #Me Too 運動の中心に1990年代生まれの女性たちが多くいることについて、
「男女平等」の価値観で生まれ育ち、「女性の人権問題は重要だ」「セクシャルハラスメントはあってはならない」と教えられて育った
とあり、教育の重要性についても示唆されている。
そんな彼女たちは、「フェミニストを名乗ることに抵抗はない」のだと。


「82年生まれ、キム・ジヨン」「彼女の名前は」
韓国のみならず他国と日本のフェミニズム運動の違いを知ることで日本でこれから何が必要なのかを具体的に考え、実行していこうと思えるきっかけとなる大切な2冊となった。

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