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今度君に会ったら映画の話をしよう

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記事一覧

ありがとうギンレイホール|映画『君を想い、バスに乗る』・『マリー・ミー』

「映画鑑賞の最後尾はこちらになります」 元気の良い声が聞こえる。飯田橋駅を降りるとB4出口はすでに行列ができていてスタッフの人が誘導している。私が訪れた日は雨。傘袋を受け取りながら、入れ替えの列に並ぶ。中に入るとこの場所が大好きなお客さんでいっぱいだった。 白髪にメガネの老夫婦、飲み物を持参されている黒いワンピースの女性、シネマパスポートを手にしたミドル男性。えんじ色の椅子に腰掛けながらギンレイホールのこの空間を惜しむように、写真を撮ったり、見渡したり、思い思いに過ごして

君と見たい景色|映画『愛がなんだ』『街の上で』

いまこの文章を書きながら、Lucky Old Sunの「街の人」を聴いている。 去年の4月に公開されてすぐ、言葉通り全席が埋まった満員の劇場で「街の上で」を観てきた。全員マスクをしたままだけど、青と警官の出会うシーンやみんなが集合するコントみたいなシーンにくすくすと笑い声が漏れ聞こえて、それはとても心地よい時間だった。 公開してすぐは「ネタバレになるしな」と思ったりして、書くのを控えていたのだけど2021年の年末に今年のベスト映画が方々でラインナップされる中で「街の上で」

ここにある驚くほどの恵み|映画『Amazing Grace』『リスペクト』

まるで光に包まれながら降る恵みの雨みたいな歌声だった。 ちょうどその頃、仕事が驚くほどの佳境で自分の力をもうこれ以上何も残っていないぐらい全部何もかも出し切って言葉通り心も体もへとへとだった。 私が彼女のライブドキュメンタリーを観たのはそんな時。1972年の教会でゴスペルを歌う映画「Amazing Grace」を劇場で観て、全てはここにあって何も過不足などないことを讃えるような歌声。 頭よりも心よりも先に、私の体は息を吹き返すみたいに、歌声に癒されただただ泣いた。神を信

ジェンダー差別の見つめ方|映画『ビリーブ』・『RBG 最強の85才』

2021年になってようやく、女性蔑視に関する問題が日本の真ん中で議論されるようになった。 きっかけをつくった政治家の発言はフォローしようもなくひどいものだったけれど、男性を含めた多くの人がこの事柄について考え議論したことに少しは意味があったように思う。 ジェンダーに関する差別や問題は女性蔑視に限らずいたるところに潜んでいて、油断しているとどこに憤りをぶつければいいかわからないような出来事が素知らぬ顔をして降りかかってくる現代だ。 “命は平等で尊いものだ”と小さい頃に教わ

生きていくこと|映画『さくら』小説『さくら』

生きていることはこんなにも美しくて貴い。 今年ももうあと残すところ2ヶ月をきった。オリンピックで沸き立つはずだった2020年は、世界中を駆け巡ったパンデミックが引き金となって、当然オリンピックをしている場合ではなくなってしまったし、それだけじゃない悲しい出来事がいくつもあって、まるで神様に試されているみたいな一年だった。(まだ終わってないけど) 当たり前だと思っていた習慣は全然当たり前じゃなかったし(今となっては通勤ラッシュはなぜあれほど頑張れていたのかわからない)、良い

75年の時を超えて|映画『スパイの妻』

「お見事」そう、言いたくなります。 ベネチア国際映画祭の銀獅子賞を「スパイの妻」の黒沢清監督が受賞した。日本人としては17年ぶりの快挙としてニュースを駆け巡る。 この映画の公開を知ったときから楽しみにしていたが、公開前の受賞の知らせは「はやく観たい」という期待を募らせるには十分だった。 公開してすぐ映画館に潜る。舞台は1940年。日本で戦争があった時代の中で圧倒的なリアリティをもってフィクションを描き、嘘みたいな出来事が往々にして起きる現実の中で真理をつく映画表現に真髄

映画を観るということ|映画『風の谷のナウシカ』を劇場で観て

映画を観るとは何か。 先日「風の谷のナウシカ」を映画館で観てからというもの、そのことについて考えている。 4月の初めに日本では“緊急事態宣言”が発令された。過去類を見ない特別措置に国民は初めてのことに戸惑い、外出を自粛した。この自由を制約することの是非や倫理観については継続的に考えていきたいものだが、現実としてあらゆる場面での経済活動が止まった。命あってのことだからとその制約を受け入れ、手洗いうがいをし、熱もはかった。不確かな情報が錯綜する中、今とるべき行動について考えて

いつの間にか引かれたボーダーライン|映画『ジョーカー』『パラサイト』

この2作についてどこかで書いておきたいと思ってたのに、書き上げるまでに少し時間がかかってしまった。 ジョーカーが「君にはわからない」と言ったもの。ポン・ジュノ監督が描いたパラサイト。これらに描かれた痛烈な隔たり。この2作が同じ年に公開されたことは果たして偶然なのか。時代を反映する問題作であったと同時に、世界中の多くの人の気持ちを救ったエンターテイメントのチカラ。 「ジョーカー」は公開されてすぐ、「パラサイト」は先行上映された2019年の大晦日に、どちらも劇場に観に行った。

それはまるで社会をのぞく望遠鏡|映画『殺人の追憶』『グエムル』

映画を受け取った私たちは、どうあるべきか。 アカデミー賞での歴史的快挙をきっかけに日本でも盛り上がりを見せる『パラサイト』。ポン・ジュノ監督とソン・ガンホさんが来日されるなど話題は事欠かない。私はというと、2019年12月31日の大晦日に日比谷の先行上映で『パラサイト』を観てすっかり心を奪われてしまった一人。 それ以降、ポン・ジュノ監督を調べていたら主演のソン・ガンホさんとのタッグ作を知り、観たいと思っていたらシネマート新宿で“鬼才ポンジュノの世界"特集をやっていて、

青いカーテンが揺れる愛の選択|映画『ロマンスドール』『his』

本当のことを、言っていいんだよ。 「日本映画は、わざわざ劇場でみる価値のない作品ばかりだ」と言っている人がいた。ちょうどそんな声を見かけた時にわたしは、タナダユキ監督の『ロマンスドール』と今泉力哉監督の『his』を観に映画館をハシゴしたばかりで、その愛おしさに泣き出しそうになっていた。 先日の92回アカデミー賞で沸き立っていることもあってか2作とも劇場は満席で、日本映画を劇場で観る価値を知っている人がたくさんいることに少しだけ安心したりして。名前も知らない誰かと同じ空間を

2人の政治家にみる勇気の本質|映画『リンカーン』『ウィストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』

文化には、政治を平和へ導くチカラがあると思う。 いよいよ第92回アカデミー賞の発表がはじまる。トランプ政権の中、ハリウッドがどんな選択をするのか。ある意味、“政治VS文化”の図さえ浮かぶ昨今のアカデミー賞で受賞者たちはどんなスピーチを聞かせてくれるのか。 そんなことを思いながら、政治家たちを描いた『リンカーン』と『ウィストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』を観た。 2作とも過去にアカデミー賞主演男優賞を受賞した作品なのだけど、役者たちの最高のお芝居にぐいぐい

答えは風の中にある|映画『アヒルと鴨のコインロッカー』

嘘はついてない。本当のことを言ってなかっただけ。 言葉にできない気持ちがあって、小説や映画にはそういう曖昧だけど見過ごしちゃいけないものがある。伊坂幸太郎さん原作、手からこぼれ落ちそうな悲しくて優しい物語の『アヒルと鴨のコインロッカー』を中村義洋監督の手で映画化された。 メインキャストはまだ10代や20代前半で、そんな危うさも役柄とぴったりはまって見所のひとつ。 言葉で表現できないことを映画に閉じ込めているのだから、それ以上必要ないかもしれないけれど、この映画のこと

この夜は世界のどこかと繋がっている|映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』

一人ぼっちの夜に、この作品を観て欲しい。 タクシードライバーとお客さんとのとりとめのない会話。なんでもない夜に、もしかしたらこんなドラマチックな物語が生まれてるかもしれない。1991年に制作されたジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』(原題 : Night On Earth)は、5つの都市で起きるタクシーでの出来事を切り取ったオムニバスコメディ映画だ。 タクシー運転手という仕事は不思議なものだ。様々な人を運んでは降ろし、街を走り続ける。その一期一会

眼差しの秘密|映画『しあわせの隠れ場所』

リー・アンのような人になりたいと思った。 アメリカンフットボールでレフトタックルというポジションの地位を確立したマイケル・オアーというスター選手がいる。 2009年に公開された『しあわせの隠れ場所』(原題:THE BLIND SIDE)は、そんなマイケル・オアーの実話を基にした物語だけど、映画で描かれていたのは彼に出会って人生が変わった家族の話だと思う。 この家族のユーモアに笑い、リーの底知れぬ大きな大きな愛情に結局泣かされて、この映画から3つのまなざしの秘密を見つけた