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青いカーテンが揺れる愛の選択|映画『ロマンスドール』『his』

本当のことを、言っていいんだよ。

「日本映画は、わざわざ劇場でみる価値のない作品ばかりだ」と言っている人がいた。ちょうどそんな声を見かけた時にわたしは、タナダユキ監督の『ロマンスドール』と今泉力哉監督の『his』を観に映画館をハシゴしたばかりで、その愛おしさに泣き出しそうになっていた。

先日の92回アカデミー賞で沸き立っていることもあってか2作とも劇場は満席で、日本映画を劇場で観る価値を知っている人がたくさんいることに少しだけ安心したりして。名前も知らない誰かと同じ空間を共有し、物語に描かれる個人的な感情にそれぞれが自分とどこか重ねる。

人の心がゆっくりと動いていく時間を、映画館というある意味拘束された場所で目撃する至福。心の機微に没入しながら、自分が信じられるものをこの2つの作品の中に見つけた気がした。


『ロマンスドール』
(監督:タナダユキ、主演:高橋一生・蒼井優/2020年)

『his』
(監督:今泉力哉、主演:宮沢氷魚・藤原季節/2020年)


この嘘は誰に向けられているのか

いつだってそうだ。消えてしまうかもしれないと思い知らされるまで、相手を大切にできないのはなんでなんだろう。『ロマンスドール』で描かれるのは、少し不器用でスケベな夫婦な話。夫はラブドールを作っている。妻にはそのことを隠している。ひとつの隠し事は少しずつ、夫婦の毎日に隙間をつくる。そんな夫に妻は、嘘をついた。

恋が日常になってそばにいることが当たり前になっていったとき、相手のSOSを簡単に見逃してしまう。言葉はとても難しくて、いとも簡単にすれ違って、気づいたときにはもう背中しか見えない。掴めなかった時間が、悔しくてたまらない。どうしてあの時僕は。

これから先もずっと一緒にいると思っていた。『his』の中の二人は社会の中で恋をするには少し窮屈だったのかもしれない。「好きになる人が同性である」という事実は、当時の彼らにとって決して大きな声では言えないことで、別れを選ぶには十分すぎる理由のように思えた。口をついて出た言葉は、別れの言葉。僕は嘘をついた。僕と、僕の一番愛した人に。


世間とは何か

『ロマンスドール』の舞台となる主人公・哲雄の職場ラブドール制作工場「久保田商会」はとてもユニークな場所だ。先輩技工士の相川さんを演じる俳優のきたろうさんが、もう最高すぎる。久保田商会社長を演じるピエール瀧さんも欠かせない。哲雄と園子の二人の営みを見守ってくれる人。

『his』の舞台となったのは、岐阜県白川町。東京で人間関係がうっとおしくなった主人公の井川迅がたどり着いた場所。日比野渚の来訪で、周りから変な噂が立ち始めたとき、ご近所づきあいをしていた緒方さんがとても優しい。

この2作はラブストーリーでもあるが、そんな二人を見守る周囲の人たちの物語でもある。世間なんて曖昧なものに振り回されなくていい。顔がわかるその人を素直に信じたらいいんだと、人間関係の豊かさを教えてくれる。


青いカーテンに隠れて交わす君との秘密

男と女、男と男、の愛の違いはどこにもなかった。誰かを好きだと想う気持ちは、当たり前に性別が違っても何も変わらない。二人が見つめ合う場面は、見惚れるほど美しくてお手上げだった。

たまたま同時期公開されたこの2作の始まりが、青いカーテンから始まっていたのは単なる偶然だったのか。最近の日本は、普通であることから外れる人にとても厳しくなってきている。

『ロマンスドール』の中で園子が「私は子どもがあんまり好きじゃない」とさらっというセリフや、『his』の中で渚が「(男性が好きな自分は)ずっと間違ってるんだと思って生きてきた」みたいなセリフがあって、誰かの目を気にしてしまう世の中で今この映画はとても必要なんだと強く思った。

青。寂しさ、不安、憂鬱、公平。世間体を気にする深層心理。青いカーテンに隠された二人が暮らす小さな部屋で、ごまかしきれない気持ちが描かれていた。

僕は君のことが好き。


誰かの愛を、誰かの選択を、誰かの結婚を、誰かの離婚を、他人がとやかく言うことはない。本人にしかわからないことがあって、本人がわかっていればいいことなのだ。それでいい。


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