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ハングリー・ハーツ(2016)ヴィーガン×育児

 イタリア産サスペンスドラマ。子供を授かり幸せの絶頂だったはずの夫婦。しかし妻の過剰な育児へのこだわりにより赤ちゃんは発育不良になってしまう。子供に命の危機が迫っていると感じた夫と姑がとった行動とは…。夫役をアダム・ドライバーが熱演。妻役のアルバ・ロルバケルと揃って第71回国際ヴェネツィア映画祭で主演男優女優賞を受賞している。 

妻ニナは赤ちゃんにも完全菜食主義を徹底し、医療を信頼しないため熱があっても病院に連れて行かず、外は汚いからと室内に閉じこめて育てている。ここまで過剰ではないんだけど、私が対応に苦慮した患者家族と妙にシンクロしていたので思わず考えさせられた作品である。ちょっとそのことも絡めながら感想を書いていく。  

<あらすじ>

ニューヨークで出会い、恋に落ち、そして結婚した2人。ほどなくして子どもも授かり、幸せな日々が続くはずだったが、妻は結婚を機に少しずつ外の世界に対して過剰な敵意と恐怖心を抱くようになっていく。夫はなんとかして愛する妻と子を守ろうとするが……。

映画.com

<感想>

※結末のネタバレを含みます※


 途中までは妻ニナにイライラしっぱなしで、鑑賞したとき仕事終わりで疲れていた影響もあるかもしれないが心底怒りが湧いてきた。ミストの宗教おばさんくらいイライラしたと思う。だから夫のジュードが妻に怒鳴ったり手をあげるたびに「いいぞ!もっとやれ!」と思っていた。ジュードは妻に内緒で息子を病院に連れていき、小児科医から深刻な発育不良を指摘される。そこで妻に隠れてお肉のペーストを食べさせるのだが、妻は謎のオイル(おそらく下剤)を飲ませて食べた物を排出させてしまうので赤ちゃんの体重は全く増えていかない。

 一時は息子を実家に匿うことに成功したジュードだが、ニナがジュードに突き飛ばされたと警察に訴えるとジュードは育児能力がないと判断され、息子は再びニナの手に渡ってしまう。どうしようかと思いあぐねるジュードとその母親。最終的にはジュードの母親、つまりニナの姑がニナを銃殺し刑務所に入る。痩せていた息子はすくすくと成長し、ジュードと一緒に海岸を歩いているところでエンドロール。

 ここまでだと悪者のニナが成敗されハッピーエンドのようだが、それはあくまでジュード側の視点。ネット上のさまざまなレビューを読み、ニナ側の視点からこの物語を見てみるとまた違った様相を呈することに気づいた。

 ニナはもともと大使館で働いていたキャリアウーマン。まだ妊娠は望んでおらず行為中に「外に出して」とお願いするも聞いてもらえず、結果妊娠してしまう。妊娠を知った時もニナは泣いていた。なんとか妊娠を受け入れるニナだがヴィーガンであるため産婦人科医からは栄養失調だと怒られ、自宅分娩を望んでいたにもかかわらず羊水が少なく帝王切開へ変更、生まれた子供を自分なりに愛して守ろうとするが周囲に反対される。

 ニナにとっては突然人生の進路を変更させられ、思い通りにならないことばかりが続く。そんな中で息子だけは守り抜きたいという思いが強くなり、やがて固執していってしまったように思える。

 映画終盤でジュードから息子を奪回したニナは電車に乗って息子に海を見せにいく。絶対に外出させず超潔癖だったミナが、子供を海風に当て砂に文字を書いた手で息子に触れても大丈夫になっている。このシーンは、ニナを縛っていた固定観念やこだわりが少しずつ解消していることを示唆していたのか。だとしたらもう少し話し合いの余地があったような気もするが、孫を思う姑の気持ちもまた愛なのだ。ニナだけが悪いわけではないことが分かると、あれだけムカついたニナも可哀想だったなということに気づく。

ポスターがいちいちおしゃれ


 ここからは私の仕事上の体験談になる。
 全員ではないのだけれど患者さんの家族はとにかく「食べさせたい」ということに固執しがちであり、以前関わった患者さんの家族もまさにそうだった。その患者さんはもともと食が細かったが、状態が悪化するにしたがって飲み込むのが大変になり痰が絡むようになった。家族には無理させないようにとお話していたが、柔らかい物をなんとか口に入れて与えていた。結局その患者さんは日に日に痰の量が多くなってお亡くなりになった。

 人間は衰弱してくると食べ物や水分を飲み込むことが困難になってくる。飲み込んだものが誤って気管の方へ流れてしまうことを「誤嚥(ごえん)」と言い、肺炎や窒息を引き起こすこともある。でも家族は患者さんが「何日も何も食べていない」ということに耐えられないことがある。なんとかして水を飲ませなきゃ、一口でも何か食べさせなきゃ。そんな思いに固執してしまい、いくら看護師が「この状態で食べさせるのは危険ですよ」「食べられないのは自然な経過ですよ」とお伝えしても、あの手この手で食べさせようとする。口から何も摂れなければ、もちろん死期が迫ってくる。でもそれは身体がもう栄養を必要としてない、受けつけられないというサインでもある。精神疾患などの場合を除いて。

 私は今もモヤモヤしていて、もっと強く家族を止めていれば良かったのかなと思う反面、わずか一口でも患者さんが食べてくれることが家族の望みの綱だったのかなとも思う。

 育児とか介護ってただ熱心にやればいいというものでもないけど、愛する家族を目の前にしたら冷静ではいられない。どうしても養育者や介護者の「こうあるべき」を押しつけがちだ。自分の価値観や希望と客観的なデータや専門家の意見をうまく組み合わせて「中庸」を目指すことがやはり大切なのだと思う。

 アマプラで配信終了と出ていたから何となく観た本作。意外になくはないよなと考えると恐ろしい。自分に対する「べき思考」も同じようなものだよなぁ。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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