『鶴かもしれない2020』舞台美術ができるまで
11月中旬、いよいよ小沢道成から稽古場に入った、と連絡が来た。1月の本番に向け、ついに『鶴かもしれない2020』が本格始動したのだ。
早速、稽古場を訪ねると、広い稽古場に小沢道成がひとり。テーブルには、今回の舞台美術の模型が置かれていた。
今回も、まずは美術の製作からスタート。今日はそのための準備だ。運送業者から送られてきた資材を受け取り……。
いつものように近くのホームセンターに買い出しへ。慣れた様子で次々と備品を調達していく。
木材に関しては、あらかじめ必要な長さをホームセンターのスタッフにカットしてもらう。美術に使う木材の長さを割り出し、どうカットすれば最も無駄なく効率的に木材を使い切れるか、あれこれ計算する小沢道成……。
こういう姿を見ていると、何かものをつくるというのは、地味で細かい下準備の上に成り立っているんだな、とつくづく思う。
買い出しを終えて稽古場に戻ると、室内を汚さないようにブルーシートを敷きはじめる。
広い部屋で、ひとりブルーシートを広げる小沢道成……。画が地味だ……。
仲間がいればあっという間に終わるけど、ひとりなのでブルーシートを綺麗に敷くのも、あっちへ行ったりこっちへ行ったり……。
地味だ……。
作業机も用意して、ひとまず製作作業に向けた準備はこれで完了。お疲れさまです。
延々と枠をつくり続ける姿は、俳優というより職人か修行僧
また別の日。稽古場を訪ねると、様子がずいぶんと変わっていた。
壁には、必要な形に加工され、プラスチック素材のダンボールシートが貼られたパネルが。
今回の美術は、この上にさらにアクリル板を敷きつめていくのだけど、そのアクリル板にはひとつひとつ枠をつける。その枠組みをつくるのが、今日の作業内容だ。
アクリル板の大きさによって、当然枠のサイズも変わる。すでに、長さに合わせて切り揃えられた素材が、サイズごとに仕分けされていた。
これを1本1本組み合わせて……
接着剤でくっつけて……
四角い枠にして……
完成。1個あたりの作業時間は、ざっくり見積もって1分ぐらい。
これを 約550個分ひとりで仕上げるのだ。ちなみにこの日訪れたのは14時過ぎ。この時点で出来上がっているのはこれだけ。
ざっと見て100個いくかいかないか、といったところ。残り分を今日じゅうに終わらせるのが今日のノルマだ。
そんなに難しい作業ではない。でも、単調だからこそ、延々と同じことを繰り返しているのは、なかなかメンタルに来る。「頭がおかしくなりそう」と小沢道成も笑う。あえて自分をハイな状態に持っていかないと、確かにこれはやっていられない。
延々と枠をつくる小沢道成……。
延々と枠をつくり続ける小沢道成……。
俳優というより、むしろどこかの町の職人さんじゃないかな、この人。
そんな気の遠くなるような作業を見届け、別の日にまた稽古場を訪ねると……
できた! 全部できてた! お疲れさま、みっちー!!
と勝手に感動していたら、この無間地獄はまだ終わりではなかった……。枠をつくり終えたら、今度は塗装だ。
この独特の色合いは、インディゴブルー×ロイヤルグリーン×ブラックを混ぜたもの。
これをハケで塗り……
さらに上からスポンジローラーで塗ることで……
いい感じにざらついた、独特の風合いを出している。
この作業をまた必要な個数だけ延々繰り返すというのが、今日の作業内容だ。
塗って……
乾かし……
塗って……
乾かす……。
この作業を、たったひとりで延々と繰り返すのだ。
控えめに言ってメンタルが死ぬ。小沢道成はやっと話し相手を見つけたように僕にペラペラと話しかけてくる。
(この人、今、会話に飢えている……!)
そんなことを思いながら、僕はしばし作業を見守った。
ぜひ本番の劇場でご覧いただきたいのだけど、この枠組み、ひとつひとつはとても細いので、言ってしまうとそう目にとまるものではない。何なら普通の木材でいいし、風合いを出す必要もないように思える。
でも、小沢道成は手を抜かない。そういう小さなこだわりの積み重ねが、世界観をつくるのだ。
僕が帰ったあとも、小沢道成は延々ペンキを塗り続けた……。
その日の夜、小沢道成からラインが来た。
遅くまでお疲れやで……。
無数のアクリル板が映し出すのは、女の愛か、それとも……
そしてさらにまた別の日。稽古場を訪ねると、いよいよ舞台美術の全貌らしきものがはっきりと見えてきた。
壁一面に、枠で囲われたアクリル板が貼り付けられている。
まだこれは中間過程。ここからさらに隙間の部分を埋めていくという。
作業着代わりのパーカーはすっかりペンキまみれに。
小沢道成は、今作の準備に入る前に、『カルティエ、時の結晶』という企画展に行ってきたと話していた。まばゆく光を放つカルティエのコレクションの数々を老若男女がうっとりと眺めているのを見て、性別も年齢も関係なく人はキラキラしたものに心を奪われるのだ、と感じたと言う。
また、前回の『夢ぞろぞろ』で仕掛けた鏡の演出にも、新しいインスピレーションを得たとも語っていた。
アクリル板が、鏡のように目の前のものを映し出す。そこから浮かび上がるのは、一途な女の愛か、それとも……。
毎度のことながら、舞台美術には小沢道成のアイデアと遊び心がつまっている。もしも可能ならちょっと早めに劇場に来てほしい。そして、舞台の上に建てられた美術にも目を配ってみてほしい。普段なら気にとめることもない何気ない枠組みひとつひとつにも、小沢道成のものづくりへの情熱が注ぎ込まれているのだ。
EPOCH MAN『鶴かもしれない2020』
2020年1月 9日 ~ 2020年1月13日
下北沢・駅前劇場
■小沢道成Twitter:@MichinariOzawa
■EPOCH MANホームページ:http://epochman.com/index.html/
<文責>
横川良明(@fudge_2002)
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