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あと5分寝たいだけ

毎朝、彼女の目覚ましが大音量で鳴り響くたびに、彼女のことが少しずつ嫌いになる。朝一番に彼女のスマホに触れる人間が、持ち主である彼女ではなく俺だなんておかしい。と思いつつアラームを止める。彼女のロックがかかったスマホの画面は出会ったときから1年経った今も変わらず初期設定の写真のままだ。そのことに不思議な安堵感を覚える。


彼女のスマホに触れた後、仰向けに眠っている彼女を優しく引っ張り、抱きしめる。
抱きしめると大体彼女は目を覚ます。
なんで?って?それは俺が聞きたい。

「彼女、ほんとはいつも起きてるんじゃない?お前に起こされたくて寝たふりしてるんじゃない?可愛いじゃん。」

と友達が言っていたことを思い出す。可愛い?俺はうんざり。心底うんざり。うんざりな気持ちと彼女の甘い匂いが混濁する。せめて彼女が何の匂いもしない女なら良いのに。と思う。



はじまりは、酔った彼女が俺の肩に寄りかかってきたあの夜だった。あの夜も同じような甘い匂いがしていた。俺は雨に濡れた犬みたいな弱った女に弱いから、彼女をそのままうちへ連れて帰った。たとえそれが弱った「ふり」だとしても構わなかった。俺はそれに気づかないふりをした。気づかないふりをするくらいに、俺は俺で弱っていた。たぶん彼女より弱っていた。



年末、もう二度と開かないと分かっている何冊かの本を、捨てようか捨てまいか、散々迷って捨てられないまま年が明けた。
何年もそんなことを繰り返している。
邪魔は邪魔だけど、ないのはやっぱり寂しくて。
いつかその本をまとめて縛ってゴミに出すときに、彼女と別れられる気がする。

とにかく、俺はあと5分寝たいだけ。

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