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巣ごもりスパイスカレーのススメ

思えば、私のちょっと特別な食事の思い出はカレーとともにある。
どこか上の空で授業を受けてしまうくらい楽しみな給食、はじめて親元を離れて夜を過ごした移動教室でのハンゴウスイサン、母が仕事で遅くなる日の晩ごはん、留学先でルーを手に入れて友人にふるまった”日本料理”……。
そんな私のカレー史に、新たな仲間が加わった。今はやりの「スパイスカレー」だ。

昨年、自粛生活を余儀なくされた寂しい春に、私はスパイスカレー作りにハマった。
就職活動くらいしかやることがなく(しかもこてんぱんに心がえぐられる)、窮屈な日々に何か新しい風を吹かせたい!と思って作ってみたのだが、これがとてもよかったのだ。

甘く芳ばしい炒めた玉ねぎと、エスニックでちょっと刺激的なスパイスの香り。食材が織りなす魅惑的な香りに包まれながらキッチンに立っているだけで、元気が身体の底からふつふつと湧いてくる。

スパイスからのカレー作りというと、以前の私には憧れはあるけど手を出しにくい、高嶺の花のような存在だった。しかし、いざやってみると、それは思ったよりも等身大で、料理初心者の私にも距離が近いものだった。

スパイスカレーは宇宙を浮かべたパレット

私は小さい頃からずっとカレーが好きだった。バーモントやこくまろカレーなどなど、ルーから作る家庭的なカレーだ。大学生になって、インドやネパールのエッセンスが強い"エスニックなカレー"に興味を持つようになった。
特に気になったのはナンじゃなくてごはんで食べる、日本発祥の「スパイスカレー」。なんでも1990年代に大阪のお店から人気に火が付いたのだそうだが、近年さらによくメディアで取り上げられるようになった印象がある。

私はインターネットで検索してはその色鮮やかな見た目に心を惹かれ、「食べてみたい」という思いを募らせ続けた。いちばん最初に食べたのは、大学の近くにあるスパイスカレー屋さん。2019年のことだ。それから友達と下北沢のカレーフェスタに行ったり、有名なスパイスカレーを求めて色々な街に出かけたりした。
そこでは、見た目も味も個性的な様々なカレーに出会った。そして必ず、どんな具材でも受け止めるスパイスカレーの包容力というか、懐の深さに舌を巻いた。野菜や鶏、豚、牛はもちろん、魚も卵もくだものも、なんだって美味しいカレーになるのだ。私はもし来世何か食材に生まれ変わったら、きっとカレーに嫁入りしよう、とひそかに決意している。

そんなスパイスカレーを食べていると、私はいつも、その味と食感と彩りに心が弾み、つい踊り出したくなるようなワクワクした感情と、あまりの奥深さに少しめまいがするようなザワザワした感情を同時に抱えることになる。ちょうど宇宙のことを考えるときと同じような気持ちだ。素人目線の漠然とした感想で申し訳ないが、本当にそう感じるのだからしかたない。一皿一皿が、それぞれの宇宙を浮かべた、カラフルなパレットだ。

そして私は、自然と「自分もスパイスカレーを作ってみたい」と思うようになっていった。そんな最中にやってきた自粛生活。まさにうってつけの機会だった。

とにかく簡単に、気楽につくりたい

さて、作ってみたいと思ったはよいものの、作り方がさっぱりわからない。インターネットで検索してもよいのだけれど、レシピ本コーナーを眺める時間が大好きな私は、とりあえず本屋に向かう習性が染みついている。

本屋では、スパイスカレーの本がずらりと陳列されていた。初心者向けのものから本格的な分厚いものまで様々。眺めているうちに、「せっかくスパイスから作るのであれば様々なスパイスを用意して、本格的に作らないといけないのでは…?」という”エセ本格派”な思考が頭をよぎったが、「いやいや、自分の性格を考えてみなはれ!」と振り払う。私は基本的にめんどくさがりだし、豊富な種類のスパイスを用意したところで、使い切れずに賞味期限を切らしてしまうのが関の山だ。

さんざん悩んだあげく、私が手に取ったのは、印度カリー子さんの『ひとりぶんのスパイスカレー』という本だった。

表紙を見るとすぐにわかるが、使うスパイスがたったの3種類だし、スーパーで安く手に入るものばかり。しかも、掲載されているすべてのレシピで共通したスパイスしか使っていない。これはなんとありがたいレシピ本なのだろう…なむなむ……。
これで私の方針は決まった。まずはこの本をカンテラにして、スパイスカレーの大海に漕ぎ出していこう。もしもっと広く深い世界を見たくなったら、その時にもっと上級者向けの本を買えばいい。

そういえば、平松洋子さんの『夜中にジャムを煮る』というエッセイにこんな一節があった。

「日本のひとは、おいしいカレーは時間をかけなきゃつくれないと思ってます。でも、ソレぜんぜん違う。だってかんがえてみてください。玉ねぎ二時間炒める!スープに半日!三時間も煮込む!そうやって毎日カレーをつくってごらんなさい」
 ため息をひとつ、そして彼女は言ったのだ。
「インドの主婦は疲れてみんな死んじゃいます」

これは、平松さんがインドの女性に言われた言葉である。
よく考えたら当たり前だ。本場インドの主婦だって、パパッと気楽に作れることがいちばんなのだ。

色々な表情を見せてくれる手作りカレーたち

結果として、印度カリー子さんの本は私にとって大当たりだった。材料も調理工程も比較的少ないので気軽に楽しく作れるし、何より美味しい。だから次々と新しいレシピに挑戦したくなる。

作り置きできるグレイビーをまず作り、そこから色々な種類のカレーに応用していく図式なので、その点でも楽。私はいつも4食ぶん(2人家族なので2回の食事ぶん)のグレイビーを作り、冷凍しておく。
一緒によそうごはんは、ターメリックライスにすることが多い。最初の頃は家にサフランがあったのでサフランライスにしていたが、何せお高いので今ではもっぱらターメリック。カリー子さんの本にターメリックライスの作り方も載っているけれど、私はプラスでバターを1かけくらい入れている。そうするとより香りが深くなるのだ。ターメリックの量は適当でなんとかなる。炊飯器ってすばらしい。

カレーは宇宙を浮かべたパレット。この世に存在するレシピたちは、そのパレットに色とりどりの表情を引き出す。
せっかくなので、私が作ったスパイスカレーたちをいくつかお見せしたい。

初めて作ったチキンカレー。
人参のアチャールも作ったものですが、切り方がつくづく雑…ふとい。

バターチキンカレー。
生クリームを入れるのでまろやかなコクがあって美味しい!

チキンマサラ。すりつぶしたカシューナッツがコクを増します。
紫玉ねぎの甘酢漬けと人参のアチャールをそえて…紫玉ねぎはかなり彩りがよいですね。

公園に持って行って食べたキーマカレー。
前日にシナモン、カルダモン、クローブのホールスパイスを買い足したので、より本格的な味わいになりました。ためしにディルをのせてみたのですが、かなりよきです(ただのディル好き)。

サグカレー(ほうれん草のカレー)。
カリー子さんのレシピだけど、本には載ってなくてヒルナンデスで紹介してたやつです。これもカシューナッツ入り。

しびれる花椒のキーマカレー。これはカリー子さんのではなく、インターネットで検索して見つけたレシピ。
レーズン入れたらもっと美味しくなりそう…とたくらんでいます

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私は自分で作ったカレーを食べるたびに、ほとんどレシピ通りに作ったとはいえ、自分の手でこんなに美味しいものを生み出せるなんて…とひとしきり感動する。そしてまたスプーンでまたひとくち口に運ぶ。そう繰り返しているうちに、気がつくとお皿が綺麗に空になっている。そしてまたカレーを作る。

私は玉ねぎを切るのが本当に下手なので、毎度目の痛みに涙を流し、「こんなこと二度とするものか!」と包丁を投げ出す(あぶない)のだが、しばらくするとそんな苦難も忘れてしまうものだ。

ああ、いつかもっと自由に、オリジナルのレシピを作れるようになりたいな。どんなカレーを作ろうか妄想するだけでワクワクしてきた。

カレーはいつだって、私の日常を少し特別にしてくれる。新しく心得たスパイスカレー、これもまたしかり。

もしスパイスカレー作りに少し距離を感じている方がいたら、この機会におうちで気軽に始めてみてはいかがでしょうか。

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