【本質】私の最も尊敬する人

それは、間違いなく、私の父と母だ。

2人は、決して華々しい学歴を持つわけではない。育った家も、とても裕福とは言えない環境だ。
ただ、今でも日々勉強し、資格を取り、日本人の年収分布を見るに、稼ぎは比較的貰っている方だろうと推測する。(旅行へはたくさん連れて行ってもらった。フロリダのディズニーワールドとニューヨークへの家族5人旅行が特に思い出深い。)
私を含む3人の子供も、自分で言うのも気が引けるが、日本では重宝される経歴を持っていると言って良いだろう。これは、2人の熱くて愛のある教育があったからに違いない。

2人は何がすごいのか。
父は、いつも早く家を出て、帰りは遅かった。朝4時に起床し、5時には家を出ている。帰宅は22時を過ぎることが大半である。父は、仕事が評価されたのか、同職種の中では出世スピードが早く、残業代が残業時間分出ない役職にまでいっている。それでいて、自分よりも、仕事の先にいる人達を第一優先し、自分の身を削ってでも、部下たちの残した仕事を完了させて帰ってくる。
昔から父は厳しかった。私が中学生の頃までは、通知表をもらうたびに見せるよう言われていた。最高評価でなければ、何故だめだったかを聞かれた。次回にその評価が上がっていなければ、叩かれることもあった。そして再び、評価を上げるための対策を考えるよう求められた。その繰り返しだった。そのおかげか、私は中学3年時には最高評価を取り続けられた。
一方で、記念日を大切にする優しい面もある。子供の誕生日には、毎年、誕生日カードを書いてくれる。あんなに仕事に忙殺されていてもなおだ。母に聞くと、徹夜してまで書いていたときもあったとのことだ。折りたたまれたカードを開くと絵が飛び出す仕掛けがあったり、切り絵で作った誕生日ケーキ・その時代の流行キャラクターを貼ってくれたりと、3人からは好評だ。その時々に合った格言も必ず書かれている。私が7歳の頃からもらい続けており、家には大量の誕生日カードが保管されている。

母は、とにかく優しい。誰のことも贔屓しない。私が小中学生の頃の話。私の妹2人が喧嘩をしているときに、(こういうときは大体上が怒られる。)母は長女を叱った。私と長女の喧嘩では私が怒られることが多く、何だが良い気分になって調子に乗った私は、母と一緒になって長女の悪い言動を指摘した。するとどうなったか。母は、私を叱り始めた。「私が◯◯(長女)を叱っていたら、あなたは◯◯を庇ってあげないとだめでしょ!」
――おっと??俺が怒られてる??
あの時は理不尽に感じた母の教育は、今になってとても大切だと思う。人は、誰かが味方でいないといけないのだ。
そんな優しい母は、自分にはとてもストイックだ。仕事をしながら、家事は、家族全員分ほとんどを母がやっている。料理も、洗濯も、掃除も。一人暮らしをして改めて母の偉大さに気づいた。朝6時半には家を出て、帰宅は21時頃。そこから料理を始め、洗濯を回して、……。今思うと休む暇が無かっただろう。
産休・育休制度が今ほどにすら充実していなかった時代に生きながら、仕事をしながら3人の出産・子育てを経験した母だが、仕事ではかなり偉いポジションについている。相当優秀なのだろう。

何よりすごいのは、父も母も、そんな苦労を子供には絶対に話さない。どんなに身体が削られていようと、子供の前では明るく笑顔で居続ける。

だから改めて思う。
不平不満を言っている人は大したことがないと。
不平不満を言う前に努力しろよと。

価値観は人それぞれだから、強制するものでもないし、自由に生きて良いのが今の時代だ。
ただ私は、2人に見倣い、2人のように生きたいと思う。

さて、お盆には家族揃って福岡県に来てくれるらしいが、どこへ連れて行こう。

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