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「This Is A Pen("これはペンです"を読んで)」20'1002の日記

円城塔の『これはペンです』を読んだ。

複雑な比喩や専門用語が多かったけど、苦労しつつものめり込んでしまい一晩で読了した。色々な解釈がありそうな内容だったので、ここで自分の感想・考察をまとめておく。

言語・哲学が軸の難解なテーマではあるけれど、意外とナンセンスで可笑しさもある。大真面目(?)な話なのに緩急で思わず笑ってしまう。未読の方向けにあらすじを引用しておくので、興味が沸いたら是非読んでみて欲しい。不思議な魅力のある小説なので。

叔父は文字だ。文字通り。

文章自動生成プログラムの開発で莫大な富を得たらしい叔父から、大学生の姪に次々届く不思議な手紙。それは肉筆だけでなく、文字を刻んだ磁石やタイプボール、DNA配列として現れた――。

          ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)背表紙


(以下、結末までの #ネタバレ を含む感想)


叔父は文字だ。文字通り。

           ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)冒頭

この冒頭文、凄すぎる。もう好きになってしまう。


まずは俗っぽい感想。

この話は叔父と姪による文通バトル(?)を軸に展開していくんだけど、全体を通してこの二人が凄く可愛い。基本的にお互い無機質かつ抽象的・示唆的な文面だから「思わず感情的な文面になる」時のギャップが大きくて爆笑してしまった。

・特に好きな箇所。叔父さんはメッセージを塩基配列として暗号化、人工的に作ったDNAそのものを送付し、受け取った姪は専門の施設で分析し読み解こうとする。以下は解読したメッセージを受けた姪の返事。

「親愛なる叔父さんへ

人騒がせを有難う。(中略) 叔父さんの容疑を晴らすのは本当に大変でした。もう一度書きます。本当に大変でした。(中略) 一介の大学生が、防衛省と警視庁公安部からの呼び出しを喰らうなんて、心臓に悪すぎます。御自重下さい。(姪)」  ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)77-79P

姪、ブチ切れてる。

・叔父の送ったDNAは、炭疽菌(バイオテロに使われるヤバい菌)のDNAパターン+暗号化された人名(叔父さんが素人推理した過去の炭疽菌テロの容疑者名)だったらしい。メチャクチャだな叔父よ!!!!!! このDNA単体での炭疽菌はヒトに感染しないらしいが、叔父はテロリストの疑いをかけられ、姪が頑張って解読&周囲を説得して潔白を証明したそうだ。姪も凄い。

・この他にも、叔父は「文字を書く行為の負荷を高める」ために西洋の甲冑を着て手紙を書いたり、「料理のレシピって何あれ?どういうこと?」みたいな内容で小説本編より長い手紙を書いたりしている。(内容は姪により省略されている)

・奇人である叔父に振り回される姪、というコメディとしても楽しめる。終始超然とした態度を取る叔父が、姪の何気ない一言で困惑するのも可愛い。

・姪が叔父との関係について記した比喩が面白い。

ここには一つゲーム盤があり、互いにどんなゲームをするか知らない二人が向かい合っている。あるいは、相手が行うゲームのルールを自分の方では知っていると考えている。駒の動きは物質のルールに縛られており、共通している。共有されるものが物質だから。にもかかわらず、駒の動きから相手がどんなゲームをしているのか知る術はない。そんなゲームだ。

わたしたちは、そんな盤上で向き合っている。

            ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)46P


ここから考察。

『叔父は存在するのか』、姪の探し求めた『ペン』とは何か、について。
読み終えたあと他者の感想を眺めていたら、結末についての考察が結構割れていたので自分なりの考えもメモしておく。

物語において『叔父』は手紙の上の文字として登場するのみだ。主人公である姪は叔父に「小さい頃可愛がって貰った」らしいが、今は顔も覚えていない。ただ母(=叔父の姉)から断片的に「お前の顔は少しあの子に似てる」「あの子は昔クッキーが食べられなかった」等という情報を得ているだけ。

姪は、叔父に会いたいのではなく、頭の中にある実体の無い彼のイメージを、手紙の文字としてしか存在しない「叔父」というパーソナルを「書き起こそう」とする。ただ、普通に書いてもそれはただの文字で、叔父ではない。だから姪は叔父を書くための「特別なペン」を探す。


話の軸であるここらへんを整理していく。
まず叔父が存在するかどうかについて。

・終盤、姪は叔父の正体に迫る。文章自動生成プログラムを開発し、度々世間を騒がせ、これまで文通してきた「叔父」は、個人ではなく学者や技術者の集団であった。メンバーは世界中に点在しているようで、総数は分からないらしい(姪は"24人"と推理している)。

・多分展開の衝撃もあって、「叔父は実際には存在しない」という考察が多くあった。けど、僕は叔父は実存を持って存在していると思う。単純に、超高度な雲隠れをして、物理的に追跡できないレベルに達しているというだけで。

・根拠は以下、本編中の描写から
*母が弟(=叔父)の過去や顔を知り、主人公に語っている。
*教授(叔父を構成する一員だとバレた後の)の「昔一度会ったきり」「叔父の研究は、基本的に本人がしている」「彼の特筆すべき能力は組織力」という発言。

・「不滅」「変転」についてはそれこそが比喩で、「叔父」と呼ばれる存在が、どう観測しても虚像を結び続ける仕組みを指しているのだと考えた。

・このへんは割と疑問を持たずに飲み込んでいたので、何か見落としがあれば教えて欲しい。


続き。姪が求め、ついに見つけた「ペン」について。

・結論から書くと、姪は最後に「叔父」というパーソナルを内包した人工知能のようなものを組み上げたのだと思う。

・「これはペンです」の結末は結構複雑で、それも専門性が高いのではなく抽象的すぎるのが要因だと思う。正直「?????」といった感じだった。ので、何度か読み返して単語と単語、比喩や代名詞の対応を確かめつつ何とか咀嚼していった。

・人工知能である考察は以下の部分から。

わたしは今、叔父の特徴抽出プログラムを、自動生成論文判定プログラムと連結している。(中略)  そこで見出されるはずの何者かは多分、小さな男の子の形をしている。  ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)115P

・姪は、これまで蒐集した叔父のデータから「叔父に似たもの」を集積していく。雲隠れしている当人ではなく、あくまで姪が思う、姪の主観による「叔父」の情報を束ね、人格のようなものを形成する。姪はそれにかつて夢で会った少年の姿を重ねている。

・機械のようであったり、概念のようであったり、複数人で構成されていたり、普遍的で抽象的だった叔父を、姪は自分なりの手段で捉える。

「ここには僕ひとりしかいない。僕しかいないよ」と少年は言う。
――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)115P

・ただ、考察としては結構弱いかもしれない。本編で描かれているのは「叔父に似たデータの集積」までだ。ここから人工知能という発想が出たのは「この集積したデータ(少年)に自動文章生成プログラムを連結したら、対話できる"叔父"を創った(=書いた)ことになって目的が果たされるのでは?」と自分勝手な想像を付け加えたものだから。

・説を補強する意味で、以下の文章も挙げておきたい。

わたしは、この手記をその少年のために記した。あるいは記すことをさせられた。その少年へ向けてこうして送る。ここに書かれていることは、その少年の今後の役にきっと立つだろう。どこかを近道したりするのに。引き替えにされたのは、その少年以外の人物には、この手記はまるきり無内容なものと映るだろうこと。 ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)115-116P

・手記とはこの小説そのもの、『これはペンです』の事である。姪はこの手記を少年に与えた。これはペンだよ、と。機械的に言うなら、現時点では世界中から集めたデータのみでできている少年(=叔父)に、姪本人の情報をラーニングさせたのだ。つまりこの小説は、姪が少年を「書き」上げた後、更に「姪との思い出」を備えて貰う目的で、発端から今日この日までを思い出しつつ執筆した手記ではないかと思う。

最後。ここでも叔父実存説を補強したい。

・ラストで、姪の叔父離れについて描写される。そして、叔父と同じ血(性質)が姪に流れている事が示唆される。姪もまた、言語を、本質を懐疑し、今度は自分自身を書く道具をいずれ探しにいくだろう。という締め。だいぶ爽やか。


……長々と書き連ねてみたけど、正直考察については自信が無い。特に後半。自信がない主な要因は下記。

・夢のくだり。どこからが夢だったのか。姪は追憶して手記を書いてるから、ますます難解だ。内容もぶっ飛んでるし、何に対応した示唆かがまだ読み取れてない。

・「少年」と「女の子」の対応。少年は集積された叔父の主観データだとすると、姪は何を指して女の子と表現したのか。本質?は違うかな。言語で表現できない自分の人格?これはちょっと前提から誤読してる気がする。

・中盤で「早くしないと、叔父は自分で自分を書いてしまう」という文章があったけどそこにヒントがある?

わたしはそう遠くない未来のどこかで、わたしの中の女の子について記す道具を探しはじめることになるはずだ。 ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)116P

・そして姪がこの手記について言及するシーン。

何かどこかの手違いでここまで目を通してしまい、憤っている人がいたとするなら、その誤配を謝りたい。最初から自分宛ての手紙ではないとわかっ ただろうとは思うわけだが。その場合、できればこの手記を必要としていそうな人物へと転送して頂ければ幸いだ。 ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)116P

「この手記は少年以外には無用で、違う誰かが読んだ場合は必要としてそうな人へ転送して欲しい」という姪の言葉について、全く解っていない。

・この手記はノートPCで書かれたデータファイルらしい。そして最後が「(姪)」で締めくくられるということは、この手記そのものが叔父に送っていたような手紙の体裁で書かれている。少年以外が読む可能性がある?我々読者のことだろうか。だとしたらこの手記は無作為にばら撒かれている?少年は人工知能では

あ、
もしかして

・人工知能説は一旦忘れよう。

・特徴抽出プログラムと自動生成論文判定プログラムが見つけたのは、限りなく叔父に近い性質を持った別人なのではないか。

・いつか「叔父」になるかもしれないその少年に、この手記を読ませるため無作為に手記をばら撒いている?自分に心当たりが無ければそれっぽい人にこの手記を見せろと。うーーーーーーん、分からない……。



考えながら書いているために、非常に読みづらい感想・考察で申し訳ない。
僕の読解力ではここが限界だった。

円城塔の小説をはじめて読んだけど妙な中毒性があってハマりそうだ…
「Self-Reference ENGINE」が入門向けと聞いたので早速買った。

考察と息巻いておいて、ガタガタな内容で非常に恐縮である。
内容について、気づきやご指摘等あれば、是非コメント欄にお願いしたい。

では。



わたしはそう遠くない未来のどこかで、わたしの中の女の子について記す道具を探しはじめることになるはずだ。
それは叔父ではないはずだ。
それはもう、こんな文字ではいられぬはずだ。
たとえそれが、あなたの目には文字なのだとしか映らなくても。

(姪)        ――円城塔「これはペンです」(新潮文庫)116P

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