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#watanabeani
「24時間・ユベントス」
知らない人から友達申請が来て、誰だろう、会ったことある人かなと思って、ウォールを見てわかるのが「無神経に申請を出す人って、こういう人だよな」という特徴。完全に決めつけなんだけど、決めないと決まらないから決めていくよ。
相手を尊敬したり、多様性を認めたり、違いから謙虚に学んだりがまったくない人の不躾さはすごい。何か示し合わせたように、彼らには似ているところがあるから驚く。
まず、どんなことに対し
サボらない癖。フリー全文。
すべての結果は「サボった量と反比例する」と思っています。
「頑張った人は報われる」を逆に言っただけじゃねえかと思われるかもしれませんけど、若干ニュアンスは違うんです。頑張る、努力するというのは主観的ですから、それが他人に届いて初めて価値が発生します。
客観性のある努力ができた段階でもらえる称号が「サボってない」なのでしょう。俺の貧しい範囲での統計によりますけど、とてつもなく結果を残している人が
「原子レベルの美しさ」
知人と旅行したり、初めてのスタッフとロケに行ったりすると、俺の撮り方に驚かれる。「いつもSNSで見ている写真はこう撮っていたのか」とわかるからだろう。
歩きながら目に入った美しいモノを何でも撮る。じゃあ、美しくないモノはあるかと言えば、ない。とにかく自然も人もモノも、世界のすべては存在しているだけで美しいのだ。
だから「これを美しいと思いなさい」「この店のパンケーキが流行です」という他人の情報
世界はいくつもある。
自分が経験できる人生はひとつしかない。
子供の頃に学校推薦の図書によくあったのが伝記。ナイチンゲールとかキュリー夫人などは、誰でも一度は読んだことがあると思う。伝記を読むと自分とは時代も場所も違う偉人がどう生きたかということがわかる。それをさらに拡大したのがフィクション。『ハリー・ポッター』を読めば、本当にヴィクトリア駅から電車に乗って魔法の学校に行けるような気がしてくる。
幼少期の読書体験の