NIGHT OUT vol.3
「やりたいこと」って、必ず見つけなきゃいけないんでしょうか?
そう聞くと、彼は少し怪訝そうな表情で即答した。
「いや、みんなに必要なことだとは思わないけど…あった方が生きやすくないですか?」
夕闇に沈む荒川沿いに、ぽつりと佇む廃工場。
無造作に置かれた鉄クズと木材の脇を抜け、色とりどりのポスターがベタ張りされた、オレンジ色のドアを押し開けた先に待っていたのは、小野ウどんさんだ。
彼は「うどんアーティスト」
爆音でロックを流しながらうどんを打つ職人として
全国を巡るパフォーマーだ。
「俺、別に強い思いがあってうどんを選んだわけじゃないんですよ。ラーメンの方が全然好きだし…うどん職人として生きていく!って決めたのは、とりあえずだった」
もともと、やりたいことも将来の夢も特になかったから、と軋む革張りの古い椅子を揺らしながら、ウどんさんは淡々と語る。
「昔は、いつか自分にも夢が見つかるはず、って信じてたんですよ。 新卒で入った会社を選んだ理由も、やりたいことが見つかった時のために自分を鍛えておこうと思ったから」
だが、就職先の人材コンサル会社は、殴る蹴るが当たり前のブラック企業。
日常的な暴力に耐えられず、半年で辞めることになる。
「じゃあこれから何して生きていこう、ってなった時、俺には何もなくて。
でも生きていかなきゃいけないから、とりあえず何かやること決めようって思ったんですよね。で、日本史好きだし、麺類好きだし…うどんかな!って」
その後、新宿で1年、水天宮と神保町で2年。
ウどんさんは3年間みっちり「修行」の日々を送った。
「とにかくずっと働いてました。4店舗くらい掛け持ちして、朝の2時から夜の8時か9時くらいまで。本当にうどんのことしか考えてなかった」
修行期間を終え、今、彼は出張うどん職人やうどんバー、イベントなど、うどんのことならなんでもやる人として注目され始めている。
もちろん「人には言えないやばい失敗」も、数えきれない。でも、それはウどんさんを止める理由にはならなかったという。
今度はうどんキット作って、日本に住む人全員がうどん打てるようにしたいんですよねー、と冗談のようなことを本気でさらっと言い放つ彼の話を聴きながら
ウどんさんはなぜ「とりあえず」決めたはずのことに
ここまで情熱を注ぐことができるのだろう、と思った。
だって彼なら、どこかの会社にまた就職することだって、お店に属することだってできたはずだから。特別な思い入れがなかったなら、どうして、うどんに命をかけられるんだろう。
そう聞くと、少し考え込んで、彼は言った。
「思い込んで、決めつけてやってるだけなんです。生き残るために。
みんな、夢や希望を持って、それを叶えることが理想だって思ってるかもしれないけれど、そんな運命の出会いみたいなものは待っててもこねーし。
だったら、とりあえずこれ、ってものを自分で決めて思い込んでまずやりきってみる。理由なんかは後でもいいって。どこかで決断しないと、全部中途半端になるから」
何か一つを選ぶことは、他の選択肢を捨てることだ。でも、ウどんさんにとって、うどんを選んだことはリスクではなく、生存戦略だった。
「うどんじゃない理由なんて山ほどあるんですよ。ラーメンでも蕎麦でも、なんだってやれる可能性はあった。でも俺はこれって決めたから」
一つのことをやりきる覚悟を決めないと、きっと何も手に入らないし、何者にもなれない。そして、何者かになれないことは、この社会を生き抜くことにおいて、大きなリスクになる。
ウどんさんを動かすのは、自分を取り巻く社会に対するそんな危機感だ。
「やりたいことって、なくてもきっと困らないんです。俺も前はそうだったけど、自分で考えなくてもなんとなくは生きていけるから。従ってれば。
でも、リーマンショックとか、東日本大震災とか、今までの常識とか当たり前だった日常が全部ひっくり返るようなことが起きた時に生き残っていけるのって、自分の頭で考えられる人なんじゃないかなって思ってるから」
ウどんさんは、策士だ。
彼にとってのうどんは、この変化の激しい世の中を
長く、力強く生きていくための武器であって、理想や夢そのものではない。
自分で決めた「やりたいこと」に命を懸けることこそが、彼の生きる理由なんだと思う。
「みんな、綺麗に生きようとしすぎなんですよ。
奇跡とかドラマみたいなことなんて起きないのに、
そこだけ追いかけて生きていくの、しんどくない?
生きる理由なんて、自分で作ったらいいやん」
※NIGHT OUTは、私が個人として続けているインタビュープロジェクトです。「夜の街」をテーマに、普段は聞けない「大人の話」を深掘りする連載です
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