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南無妙法蓮華経

この世の大切な事案、題目についてのお話し。
まず「 一凶 」を禁ず!、とは、阿弥陀のこと。
南無阿弥陀仏の根拠は、「 準之思之 」、つまり推測、憶測で
教義の優劣をはかっている浄土教は、諸悪の根源である。

準之思之(じゅんししし)は、浄土宗の教義の一環、
この「 一凶 」を禁ずるのがはじめ。
つぎに、浄土の拠りどころの三部経、これは爾前迹門の仮の教えで、
未顕真実の期間の説法であり、無意味、教義としては成り立たない。
仮の教え、
そして、大日如来・父母の詳細や、出生の由来・詳細などの文書での
記述が無く、釈迦がたとえに使った如来であり、架空。
架空のほとけ信じたって無意味、ご利益無し。

大日如来は真言宗の本尊。


そして、「 不立文字 」、文字無しで伝えていくと云って文書残す、自語相違、「 祖師不伝 」と云いながら、師匠をまつっている自語相違、
法華経は月を指す指・などど云う、自語相違集団は、禅宗。


根拠は各・文書にあるわけで、鎌倉時代の日蓮が、

釈迦八万四千法蔵の勉強をしたうえで言い放っている[ 四箇の格言 ]、

1、念仏 無間地獄

2、真言 亡国

3、律 国賊

4、禅 天魔

すべて文証のうえで、詳細を説明している。

ひととおりの文証を研鑽して出した答えが

「 南無妙法蓮華経 」である。

これは、最重要の法華経に生命を帰す・となるが、

極は、生命そのものを表している。

万代未来・一切のすべての人々・衆生を迷いから救う!!として

留めおいたのが、この題目。

この題目を、信じて・唱えて・祈っていくのが、宇宙の軌道にのる

最善の方途であり、道である。

また、対する本尊の究極は、この題目七字であり、生命そのものなので、

対象を祈る・というよりも、生命自体を昇華させてゆく源・となる。

最終的には、どこの地にあっても、どのような身体の状態でも、

こころの中だけであろうとも、

この七字を唱え切った者が勝利者となる。

功徳を受け、福運を積むには、この題目が唯一無二、一番。

ほかには、全民衆を煩悩の道から救い出す道は無し。


これが、この最極の題目「 南無妙法蓮華経 」の概要・本筋。


この note に出会ったあなたさまは、はっきり云って幸せです!!,,

[ 一眼の亀が大海原で、浮いている木に逢うくらい難事 ]、とある。

また、[ 小指の爪のうえに乗る砂の粒くらい ]しか、ともある。

要するに、この、本物の題目に出会えるのはラッキーなことである。

ただの一遍唱えても・莫大な功徳をえる、とも。

[ この題目のすごさを、耳よりとして人に伝えていって、それから

50番めに伝えられた人でもすごい ]とも。

また、[ 千仏の御手に ]、亡くなったとき迎えられる、とも。

なお、いちおう、この題目を心から離さずに亡くなったひとは、

日蓮が御車に打ち乗って、どんな場合でもお迎えにあがる、とも。

また、この題目を祈っていくひとの元には、世界中から七宝のかずかずが

集まってくる、とも。

さあ、一緒に幸せになりましょう!!( 笑 )、


なぜか?、

この題目は、生命の10の状態に作用し、生命を高みへと向かわせます、

また、その10の状態それぞれに10の状態があり、また、そのそれぞれに

10の作用がかさなり、ここで、1000の作用、

そして、国土・土地、環境、人々の状態、その人の身体のさまざまな状態、と、ありとあらゆる作用をほどこし、3000の一瞬の生命の動きを

生み出します、

その3000の作用が、自身の昇華へと向かっていく力を有するのです、

ですから、なにも、他人にこれをしてもらえるからすごい、とか

他人とこう関わったからすごい、とか、では無いのです、

すべて自身の生命の動きによって昇華へと向かうのです、

これは、[ 一念三千 ] の力用です。

この[ 10の作用に10の作用 ]という教義は、あまた新興宗教が存在するが、

日蓮にしか無い。[ 十界互具 ]

こころの持ちようで、周りや環境をも変えていく生命の働きです。

また、なにも口から声に出して唱えなければ効かない、なんて

文書のどこにも書いてない、誦( じゅ )・と云って

こころの中だけで唱えても、効果に違いはありません。

「 色心不二 」、こころの健全さが、見た目や表に出てきます。

(しきしんふに)

「 依正不二 」、正である本人のよるところ・環境に、その当人の生命の

働きが現れてきます、(えしょうふに)

この題目七字のすごさは、ただ、信じて唱えていくだけで、生命に作用する、という特筆すべき効用があるところです、ただ信じて唱えるだけです、


筆者自身、

前進をもがくゆえに風にも当たってきました。
左腕をキメラレナガラの生活が2か月続いている。
なにか拷問を受けているようだ。



どこまでも慈悲心に満ち溢れている師である( 日蓮のこと )。

ある意味・天変地妖も、この題目のゆえんと為すところもある。

・五逆罪
父を殺す、母を殺す、阿羅漢を殺す、仏の身を傷つけ血を出す、教団を分裂させる(破和合僧[はわごうそう])、

このような重い罪もある。

ちょぅどある教団が世話になっていたある宗派と分離してから3年後、

阪神淡路大震災が起きている。

また、その騒動のちょうど 20年後に、東日本大震災も起きている。

この題目を信じる1200万の民が危うく流浪の民になるところ、

ある意味・栃木が救った事実。源流の里だ。

この題目のすごさは、はかり知れない。

また、日蓮は、祈りの叶う叶わないは、あなたの祈りの強盛さであり、
日蓮のせいではない、とも。

常々、アリの歩行をさまたげない人生を送りたい筆者であるが、
この題目は、人智の遠くおよばないものとも思うし、
第九識にあたる。
(ほとんどの宗教教義は第七識まで、ごくわずかに第八識まで、の人智見識の位)、

最初に触れた、月を指す指、は、
禅では、法華経を役に立たないもの、と見ているが、法華経以外・未顕真実なので、逆に、法華経こそ唯一無二の、最重要の法門なのであり、その寿量品をこそ僧は学ばねばならない。
また、法華経の文の内奥から日蓮が取出した、南無妙法蓮華経だけがすべての人々を救える法なのである。

また、準之思之、は、法門の浅深優劣を判断するのを、憶測・推測で判断していて、人々の生命を根本からまどわす、[  邪教  ] こそ浄土宗である、と、断言するものである。

また、真言宗は、密である。
顕教と密教があり、密ではたくさんの人を救えない、

つぎに、50番目の人でも~,,は、

次から次へと50番目に伝えられた(南無妙法蓮華経を)人でも、

十方の仏や菩薩を80年・供養するよりも功徳がある!!、ということ。

また、例えて、上に向かって矢をはなち・地面に刺さらないことがあろうとも、太陽が西から昇ろうとも、この題目を唱え祈り切った人の願が

叶わない・ということは無い、という例えもある。

なお、いろいろな神様、もろもろの諸天、神、は、この題目を守り抜くために日夜はたらいているのであり、神様を拝む必要性は無い。この題目を唱えていくと、自然に神様( 善神 )たちが守りの働きを成す。


(1596ページ)いのちはすべての財宝のなかで第一、とか

(1582ページ)たとえむげん地獄に居ようとも、心が仏の境涯を涌現していればその場は即・寂光土、とか

(1580ページ)もし南無妙法蓮華経を聞いた者は、一人も残らず成仏できる、とか

(1570ページ)南無阿弥陀仏と唱えるひとは、建物本体を見ずに、作るときだけの足場をおがんでいるようなもの、とか

(1568ページ)法華経巻七に、法華経こそもろもろの経典のなかで、最高である、とか

(1546ページ)末法のいまの時代に入ったら、すべての経典は効力を失い、ただ・南無妙法蓮華経のみである、とか

(1492ページ)法華経のかたきとなって災い天変地妖を宇宙から集めてくる邪教に対し、万里のそとから幸いが集まってくる南無妙法蓮華経の信奉者、とか

(1463ページ)日蓮の一門は、絶対数は少なくとも、同心であるから・ある程度・法華経を広めていける、ひとつの善が諸悪に勝つのは・多くの火も、少しの水で消え去るのと同じ、とか

(1443ページ)三十二相八十種好を備える(さんじゅうにそうはちじっしゅごう)

・ひたいの真ん中に毛が渦巻いている(!?)・局部は陰毛のなかに隠れている・肩が盛り上がり毛がうじゃうじゃ生えている・などなど、とか

(1378ページ)法華経薬王品に・この題目を受け保つ男子は、日本国の国主よりもすぐれている!!、とか

・・・なぜ創価が血脈なるか?について・・・

(1337ページ)この題目を信じてみなで唱えていくところを生死一大事の血脈、との肝要を云っている。決してどこかのお寺という意味では無い。

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(1316ページ)もしこの題目をつよく受け保つ女性は、すべてのけだものにまさる、恐れること無し、とか

(1300ページ)大きなことてには・小さな兆しはなく・大きな兆しがあらわれる、大災害が出た日本国には、この最善の題目が広まる瑞相に満ちている、とか

(1271ページ)法然大日らが身に入って・比叡山などの祈祷にもいっこうにしるしが出なくなっている、邪教があふれている、とか

(1244ページ)素行の悪い者とは疎遠にして・善い友人に近く過ごすように、とか

(1170ページ)この題目の見地から見通せば・すべての人には・仏の生命が内在している!!、とか

(1144ページ)「秘之不伝」とは、法華経のなかの寿量品のほかの・すべての経文経典には・この題目の真実はいっさい説いていない、とか

(1136ページ)この題目を受け保つひとには・難が起こる・と説かれている、逆に云うと、苦難や風を受けているのは、この題目に精進している証拠、とか

(1058ページ)行者をさげすんで・この題目を唱えないのは、医者をうたがって薬の処方を受けないひと・と云うこと、とか

(1016ページ)この、久遠のむかしから実は仏の生命を内在していた・という法門は、法華経の前半の十四品にさえ明かさず、第十六の寿量品にきて初めて、この事の一念三千の南無妙法蓮華経そのものを、未来際のすべてのひとびとの生命の迷いを救うために、仏が残しおいた、ということ、とか

(973ページ)「唯有一乗法・無二亦無三」ただ!!・この題目のみあって・このほか二番目・三番目も無い、ひとびとを救えるのは、この題目のみ、とか


(9ページ)法によって人によらざれ、とか

(12ページ)ふだんのいつもの修行は、ただ・南無妙法蓮華経と、口に出しても(読)・口に出さなくても(誦)・唱えていきなさい、とか

(13ページ)法華経は・宇宙すべてのもろもろの仏たちの集まりを

この題目でおがむのだから・その功徳は莫大である、とか

(42ページ)この題目を唱え弘めるひとは・もろもろの仏が喜び・讃嘆する、勇猛精進、とか

(254ページ)仏が大きな慈悲のこころでもって、未来につづく人々の首に・南無妙法蓮華経という宝物を結んで残してくれた、とか

(341ページ)この題目を唱えて幸せになれるのか?との問いに、

赤子が乳の成分や効能をまったく知らなくても・すくすくと大きく育つのと同じように、この題目の成分や効能を知らなくても・信じて唱えていけば、道は開けていく、とか

(378ページ)禅宗の「教外別伝・不立文字・仏祖不伝」は、真言だらにを読んだり・南無三宝と唱えたり・たるま大師を本尊としている・のは、完全に自語相違である!!、邪教。とか

(857ページ)「下種は本因妙なり」、他人にこの題目の素晴らしさを伝えていくのは・本因妙の修行である、とか

(940ページ)この題目は、信じて唱える・ことでもって・功徳の出るものとなる、とか

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ちなみに逸話〜〜〜
[   創価学会は、宗教界の王者である   ]
と、ある方が言い放ったが、
この世で唯一無二の、不変の題目を受けたもち、
団結と祈りで道を拓いてきた、
類まれな団体である。
昭和26--3000名、昭和33--750000名、
令和----12000000名、
先日、youtube で、ブラジルのおじちゃんたちや、アルゼンチンの乙女たちの、合唱を見た、創価学会の、学会歌を一生懸命歌っている、
素晴らしいパッション!!、
人間性の昇華を見た、
仏の生命の息吹を感じてならない。


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鳥、にも仏の感覚があるらしく、
とりが鳴くと、遠くから鳥が飛んでくるたとえで、
たとえ、不自由で動きがままならなくても
この題目を信じて唱えると、善いひとたちが鳥のように、仏の性に呼応して、
遠くからそばまで来る、とか。

庭や家の門をでなくても、この題目を唱えるひとは、
世界中のことが、手にとるようにわかる日が来る、
[  庭戸を出ずして天下を知る  ]
とか。

筆者は 超・極貧で、身なりもままならない人生であるが、
心は錦、晴れ晴れと富める者であります。
精一杯、日蓮の手紙を学び、この題目を受持している喜びは、なにものにも替えがたい幸せです。
あの世でメッチャ褒められます!!、


正し・・・・・たいへんなこともあります,,

三類の強敵、と申しまして、

修行がある程度進むと、強敵が次々現れます、

俗衆(ぞくしゅう)増上慢(ぞうじょうまん)、

道門(どうもん)増上慢(ぞうじょうまん)、

僭聖(せんしょう)増上慢(ぞうじょうまん)、

一般の人々や・修行する仲間のなかから敵が出たり

皆から敬われている偉い宗教者から妬まれ、

数々の攻撃にさらされます、

この題目をまじめに受持している証左です!!、

また・親兄弟の身に入って攻撃してくるのもいます、

こちらは・第六天の魔王。

こちらはやっかいで、いろいろな人の身に入り替わって

つけ狙ってきます、大勢でも来ます、

やはり、まじめに取り組んでいる証拠です、

なお・・きたい・・というのもございまして、

こちらは、鉄はきたい打てば真金となる・とあり、

修行中にきたいに打たれてより強く成長できるので

味方に近い考え方でよいと思います、

強い敵・ライバルこそ・自身をもっとも成長させる・ともあります、

以上のように、この題目を信じて唱えて行動するとき、

災い・魔が付け入る隙を見逃さずに近づきます、

そのとき!!、獅子王のように気を強くもって

この題目で立ち向かうとき、最大の力を涌現できます、

仏と成るのです!!、

この題目は、現世で仏の生命を涌現できうる唯一の

題目なのです!!、


コツがありまして、、、、
南無妙法蓮華経を繰り返し唱えるとき、
リズム良く、息継ぎも合わせて、
朗々と、が、よろしいかと思います、
そんなに鮮明な発音でなくても、
日蓮さんは怒りません(笑)、
こころの中だけでも大丈夫。
その心掛けがなにより大切です。


また、当方では、facebook グループもございます。
「 日蓮御書研究会2022 」
https://www.facebook.com/groups/1711241459252083/
ぜひごらんください。

 
りんびょうとうしゃかいじんれつ
ざいぜん、なども有ります。

 思い起こせば、日本国憲法、
この草案は外人20名の手によるが、
戸田が生き延びた治安維持法と不敬罪、
それから出所後・ただひとり立ち上がるのに際して
平和の団体をふるいおこすのにふさわしく、
戦争に引き込まれない憲法になっていて、
平和,文化,教育,に関わるその団体の発展を見通すか
のように制定されたように思えてならない。
その団体が根を張る日本国の安全平和を
最大限・主張しうる内容と9条になっている。
まるで、
天下の悪法:: 治安維持法ならびに不敬罪により
獄死なされた牧口長七を偲ぶかのように!!。
全国の人間性を網羅する人生地理学や、
創価教育学体系、新渡戸稲造氏とも交流があり、
真・善・美や、利・美・善などに精通しておられた
偉大な教育家であった。
現在、ブラジル等では、牧口常三郎を称える「道」や
「公園」等が整備され、それぞれ名を冠している。
どれほど偉大な先駆者のふたりの先生に
学んでいるか!!、大切な歴史である。

 

筆者は、2004年から2006年にかけて、
毎日御書とにらめっこし、日に1-2抄、学び、
大きな声で読んだり、ひととおり書き写したりして
毎日を送りました、
そのなかでよく見たのが目次です。

なかでも目を引いたのが「血脈抄」です、
どんな御抄だろう??と思いつつ、後回しにしていて
なかなか手が出ませんでした、
いつしか取り組み、ビックリした次第です。
なんと!!、この題目を唱える日蓮・でさえも[ 迹 ]と
云っており、この題目そのもののみ・[ 本 ]と。
頭がたまげるような御文で楽しくて楽しくて、
のめり込んでいます。

その中で、本因妙・こそ[ 本 ]の修行のありかたであり、
結果だけを見る本果妙とは一線を画します。
また、末法において、釈尊の我本行菩薩道・は、
本果妙に相当し、現代においては、
この題目を読誦することこそ・最重要・と学びました。
目が覚めたような気がしました。


追記::

こちらは、広くあまねくこの題目の周知を

はかりたくて書きました。
私は、百六箇抄( 血脈抄 )と本因妙抄の勉強を
中心に進めています。
超・難解で、まだまだこれからです。

 

 

 

 




好奇心旺盛で、いろんなコトを勉強中です。せまいようで広い世間をオンラインで見て回っています。どうぞよろしくおねがいします。