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第65回岸田國士戯曲賞クロスレビュー(特別企画!)


 演劇クロスレビュー、いつもはまだ世間から見つかっていない劇団をご紹介しようという企画なのだが、今回は1年に1度の特別編。(まぁ、これが2回目の企画なので2回目でいきなり特別編ってなんだよっていう感じではあるが。)
                                               ★ルール説明 
岸田國士戯曲賞の無料公開されている作品をすべて読みレビューをします。10点満点で評価します。今回のレビュアーはヤバイ芝居と公社流体力学です。

Intro(ヤバイ芝居)
 最初に言っておくと3/9にこの企画が決まってから読み出したので、それぞれの戯曲の精読は一回きりです。白水社の戯曲公開は本当に素晴らしいと思うのでもっと皆で読みましょう。意外と小心者なのでネタが被らないように戯曲レビューをいくつか読んだが、そんなに被っていなかった。面白かった。レビューのクロスレビューもやりたいと思った。Twitterで『該当者なし』を予想して当てたら何人かに感心されたけど「過去にも何回かは『該当者なし』はある」が最大の理由なので、その後の騒ぎには驚く。なんだかなあ。では、始めます。

(五十音順)特筆がなければその劇作家の団体で上演された作品。


岩崎う大(劇団かもめんたる) ●2年連続2回目
『君とならどんな夕暮れも怖くない』

観光地となった部屋にやってきたヒューマノイド夫婦にガイドはかつて起きた出来事を話す。この部屋にはピルコブという人間がヒューマノイド共に暮らしていた。しかし、上の階にヒューマノイドが引っ越してきたことから一変する。

【ヤバイ芝居】
ヒューマンストーリーならぬ『ヒューマノイドストーリー』。SFの定番である(ロボット、アンドロイド、レプリカントと呼び方は変われど)彼らを通して人間って?を問う。夕暮れモティーフが平田オリザ『働く私』も思い出す。そんなにナンセンス指向ではなくて、意外。丁寧でわかりやすいが故に議論(主に差別関係)が巻き起こりやすい内容だが、作家の「今、書くべきこと」への意思がきちんと伝わる。そして、エンディングは「その演じられる/読まれる時代に対応する」射程の長さに感動を覚える。う大、本気だ。エンタメ系が岸田を取るには何らかのエッジが必要と考えるが、岩崎う大は何とかすると思う。
≪7点≫

【公社流体力学】
 ヒューマノイドと人間から重いテーマを引っ張り出す。ただし、軽やかさは忘れずに。かもめんたるの武器である気持ち悪さはなく、爽やかな味わいで差別問題を暴き出す。SFとして描かれてはいるがここにあるのはすぐそばの世界である。気になるのは、過去と現在を行ったり来たりするがこの構造必要あった?現在パートが重要な役割をしていないように思え、過去だけでも成立してしまう。また、挟まれる笑いが滑っていているように感じる。よくできてはいるがそれ以上のものはなく、メッセージに物語が持ってかれた感じ。全部ひっくるめるとかもめんたるのコントの方が面白い。
≪5点≫

合計12点

長田育恵(てがみ座) ●4年ぶり3度目
『ゲルニカ』パルコ・プロデュース

 スペインの街、ゲルニカで何不自由なく過ごしている女性サラだったが、戦争が激化し婚約者も戦場に行ってしまう。街で住民や海外特派員と交流するうちにある兵士と出会うが彼はナチスのスパイだった。

【ヤバイ芝居】
 タイトルからして最後は現実の悲劇に収斂される構造なのだろうと想像できるだけに「あれ、ゲルニカあんま関係なくね?」と思わせてしまうと如何ともし難いのが、この方面の作品の大変なところ。技術が高ければ高いほど、作家の「どうして、書きたいか?」は問われがち。読んでいて、何が躓くって「これ、外国作家の翻訳なら」って思う部分。例えば「台詞が大仰」って、まあ外国語ならそうなるのかも知れないし、それを翻訳劇として見ていれば気にならないんだろうけど。「そういう種類の演劇」と読むには作家ならではの必然が伝わらないと。書いていたら、長田育恵が「職人」発言をされていた。職人芸に。
≪6点≫

【公社流体力学】
 割とごちゃごちゃしている戯曲である、登場人物が多いうえに情報量もあるので、もうちっと整理すればいいんじゃないと思った。でもまぁそんなのを吹き飛ばす熱があった。現在では個人名が忘れ去られた犠牲者達の声を描くんだという思いがここにはある。妊娠が分かった時点で100パーセント死ぬ展開なのはわかっているが、血まみれの赤ん坊を掲げる場面は圧倒される。
≪6点≫

合計12点

小田尚稔(小田尚稔の演劇) ●初ノミネート
『罪と愛』

 4人の男たちがいる。劇作家。自由の女神を爆破する男。家賃を滞納している男。謎の男。彼らはそれぞれの物語を動くが、彼らは本当に別々の人間なのだろうか。テキストが重ねられ、罪が姿を現す。
 
【ヤバイ芝居】
 候補作品中ではコンテンポラリー(小劇場)演劇のど真ん中!みたいな感じで読めた。でも個人的には手法が既視感(があっていい場合もあるの前提で)だらけでそこまでは面白くない。だから断然、舞台を観たくなった。これ、小田尚稔の匂いとか体温込みじゃないと、頭の中だけを覗いちゃいましたっていう戯曲な気がしてならない。戯曲ってそういうものと言われたらそれまでだが。コロナ禍中の演劇として世界より世界化した自分に釣り竿を垂らしていく方向は圧倒的に頷けるけど。候補にあげられていない同時代の作家達の作品と比べて何が突出していたのか、ここは白水社の下読みに聞いてみたい。
≪6点≫

【公社流体力学】
 4人の男の独白が重ねられどれもが奇想天外。特に、家賃の滞納で大家と対立する男のクズっぷりがたまらなく面白い。蜘蛛やネズミといった存在が自分以外の人間のメタファーとして機能し不思議な質感をもたらす。ただ、明らかに物語と密接につながっている引用の使い方が乱暴に感じる。上手な引用は、多用する引用が物語に溶け込み総合的な効果を上げ引用の織物を形成している。それに対して、こちらはただ乱暴に貼り付けただけに感じ、テーマ性が浮上してこない。引用が浮いている。不出来な織物が、奇想天外なアイデアの足を引っ張った。
≪5点≫

合計11点

金山寿甲(東葛スポーツ) ●初ノミネート
『A-②活動の継続・再開のための公演』

 ミヤシタパークから追い出されたホームレスの物語をやろうとした東葛スポーツだったが、まぁ色々あってあきらめた。彼らはラップを武器に世界へ叫び続ける。世界の不条理、男はつらいよVSパラサイト。岸田賞も視野に入れて。

【ヤバイ芝居】
 面白かった。笑った。興奮した。読んだ誰もがそうは思いつつ「これ、戯曲?」って逡巡しただろう、定義も頭も心もグラつかせたのを含めて、最高。最終的に「上演記録」じゃないか?って疑問にも「シェイクスピアだって上演記録だろう」と詭弁で返したくなる。金山寿甲にとって決定打か?と聞かれたら分からないが、2021年候補作品の中では決定打!と言える。岸田國士戯曲賞として決定打か?と聞かれたら歴代受賞作は全部、決定打ですか?と聞きたくなる。昔に「演劇が世界を映す鏡なら、その鏡は割れてしまった」と誰かが言った。その破片として、何か変?普遍的じゃなくても一変した2020年の1編として。
≪8点≫

【公社流体力学】
 これを読み、賛同するか、激怒するか、ゲラゲラ笑うかに分かれるが私は圧倒的にゲラゲラ派。怨みや怒りを徹底した悪意と悪ノリでギャグへと変換する。驚いたのは特徴であるラップパートが音がないにもかかわらずリズミカルなのだ。フォントを変えたりというのもあるが、韻の力が文字だけでも伝わる。陳腐な社会風刺に陥らず巧妙に作られたエンタメ性で社会を鋭く穿つ。パラサイトの部分は貧困を描いた作品にセレブな俳優が出演する違和感という攻め方をしており、そこはちょっと「?」となったが、そのあとこの「?」すら意図したものだというのが分かる。見事。でもまぁ100%岸田は獲れない。
≪8点≫

合計16点

小御門優一郎(劇団ノーミーツ) ●初ノミネート
『それでも笑えれば』

 とある2組のお笑いコンビ。彼女たちは人生の岐路に立たされる。視聴者たちは提示される選択肢を選び彼女たちの運命を決めていく。

【ヤバイ芝居】
結局、内容が演劇的と思えないから戯曲として読めなかった。バラエティーショーの台本としてなら読めるし、評判も理解できる。この形式(zoomでもオンラインでも映像演劇でもいい)の戯曲のスタンダードとの提案なら、もっと他にもあっただろう。演劇界における世間的なヒットを踏まえた2021年の代表作として記録に残すのが岸田の領分なのかは、要検討。この作品は、物理的にディスタンスを取らなければならないコンテクストの共有と、オンライン上では触れ合いたいという欲求が起こした「現象」に過ぎない(落雅季子)この引用に付け足す言葉は無い。先駆者としての評価はしたい。
≪採点不能≫

【公社流体力学】
 小御門さんが真面目で良い人だというのは伝わるが、面白さには特に影響は及ぼさない。圧倒的にユーモアが足りない。お笑い芸人の話なのに笑えるシーンが1秒もないって致命的すぎるでしょ。また視聴者の選択肢によって運命が変わるのだが物語的には大して面白くなるわけではない。はっきり言ってどうでもいい。選択肢で変わる映画も演劇もいくつもあるしそれらに大いに劣るとしか。技術的にはよくできているし好感が持てる。つまらなくはないが面白くもない。
≪3点≫

合計5点?

内藤裕子(演劇集団 円) ●初ノミネート
 『光射ス森』

 林業で生活する2つの家族か。彼らのもとに、子供の結婚や意外な人物の来訪といった出来事が巻き起こるがそれらも山と共にあった。

【ヤバイ芝居】
 作家の題材への拘りも伝わる、技術力も問題ない、「ネオリアリズム演劇」(そんな言葉は無い)として申し分のない仕上がりだが……これこそ「職人」の仕事で依頼されていて、大劇場で公演されたら誠実に機能される戯曲だと思う。ただ、戯曲単体なら語られている問題を観客や読み手に思考させるには一手も二手も足りない。それがドラマ性なのかは文体なのかは分からないが。優れた演劇にはどこかで凶々しさがあると考えていて、そういう意味で内藤裕子のような作家は逆に化けたらとんでもないのかも知れない。このままでとんでもない化け物になったら更に凄い。
≪5点≫

【公社流体力学】
 大きな事件が起こる作品ではなく地味な内容である、私の好みでもない。だがしかし、べらぼうに上手い作品である。作りこまれていないラフな会話が登場人物に生々しさを与えている。林業に生きる人々を過度にドラマティックに描くのではなく現実に常に寄り添い描く。ドキュメンタリーに志は近くても、きっちり家族ドラマとして成立。観客にとっての大事件は起こらないが亡くなった妹の婚約者が尋ねてくるというのは彼らにとって大事件である。そういった出来事や宮沢賢治の朗読などが強く残る。極限までぜい肉を絞った無駄のない話運びに純粋な人間関係が浮かび上がる。この上手さ参る。
≪6点≫

合計11点

根本宗子(月刊「根本宗子」) ●2年連続4回目
『もっとも大いなる愛へ』

 ある男女の話と姉妹の話が同時に語られる。彼女たちは共に問題を抱えており、軋轢が生じ始める。この2つの物語、2人の女がやがて接近する。
【ヤバイ芝居】
 この作品だけ戯曲を読むより先に配信で観ているので並べるのはアンフェアだなという前提で、書く。なるべく観た時の記憶を抹消して、読んだ。そんなのは無理だった。観た時にだいぶ好みじゃなかった。戯曲はテキストというかサブテキストの感覚で読んだ。作家の戦略も戦術は理解できる。クライマックスは楽曲、最後は引用。そういう構成も悪くない。でも全然、面白くない。相変わらずというか初心に返った根本宗子劇場だった。同じく頭の中を見せるなら小田尚稔ぐらいのねじれはやはり必要ではないか。俺が客じゃないのは知っているが、もう少しだけ全てに疑いを持たないと次の扉は開かないと思う。
≪4点≫

【公社流体力学】
 ステージよりも小さいセットというギミックを利用し、演劇の内と外というメタで女の葛藤や叫びを描く。ラスト、この演劇を見ていたのはカップルの女だったというオチが面白い。メタネタ大好き人間としては素晴らしい発想である。しかし、発想だけで面白くならないのが演劇。個人的に2019年候補の『愛犬ポリーの死』が面白かったので期待していたのだが、あそこで感じた物語性がここではどうも今一つ響かない。テーマも観客を貫くほど鋭くなっていない。演劇性を高めることに力を注いだ結果物語性が留守になったのでは?というか、このギミックのテーマが演劇なので物語とテーマがずれたのではと感じた。
≪6点≫

合計10点

横山拓也(iaku) ●初ノミネート
『The last night recipe』

 亡くなってしまった妻。夫は彼女が残したブログを読む。毎日昨晩の夕食を記録しているブログである。些細な、でも楽しい毎日の記録。最後の食事がラーメンだった。この食事にまつわる物語とは。

【ヤバイ芝居】
 映画でもTVドラマでもいけそうなキャッチィなタイトルからは想像もできなかった閉塞感が、凄い。これだけ何かが起き続けたのにポジティブな方向に進んだのは、ほんの一歩。登場人物全員に好感が持てない一種のリアリズムも唸る。「ワクチン」「薬害」とこのドラマに必要なのかどうか判然としない要素を組み込むクドさ。と、ネガティヴに読めるかもしれないけど、俺が関西の演劇に思っている良い意味での偏見(ってあるよね?)を感じていたら、iaku、関西由来の劇団だった。何故?と思っていても意図的だとしたらネガポジ反転。iakuって「悪意」なんだろうし。って調べもしないで言ってみる。
≪5点≫

【公社流体力学】
 ブログを軸に夫婦の時間を再生する。この展開がたまらなく愛おしい。戻っては来なくてもこのブログの中では生きているような。夫婦間の愛情を描くが、しかしそれは永遠に失われてしまった。喪失感の描き方がさすがだなと。ただ、この夫婦の話以外の部分が贅肉に思えて仕方がない。夫婦とレシピとラーメン屋で成立する力強さがあったのだけど、それじゃあ書ききれなかったのかなぁ。この作品はとことんミニマルな方が良かったんじゃないかと思うのよ。必要ないわけではないが出してはみたものの役割が小さい気がして仕方ないのよ。点数に迷うがちょいと厳しめで。
≪4点≫

合計9点

【結果】
『A-②活動の継続・再開のための公演』16点
『ゲルニカ』12点
『君とならどんな夕暮れも怖くない』11点
『罪と愛』11点
『光射ス森』11点
『もっとも大いなる愛へ』10点
『The last night recipe』9点
『それでも笑えれば』3点?

Outro(公社流体力学)
 私は好みがずれているので、ピンと来なくても私にセンスがないのか不作なのかの区別がつかない。なので上手さから『ゲルニカ』本命、『光射ス森』対抗で挑んだが受賞作無しという結果に、ああ不作だったんだなぁと納得をした。ぶっちぎりの1位は『A-②』だがあれが受賞すると思った人はいないでしょう。悪ノリが評価される賞ではないからだ。

 さて、クロスレビューの結果も『A-②』の独走以外は大体横並び。2位ですら12点。点数で観ても今年が豊作だったとはいいがたい。
 そんな感じで唯一面白い作品が取れなさそうなので、結果は順当。なので受賞作無しの大フィーバーに驚いた。まず、皆そんなに岸田賞興味あったんだという感じ。そりゃ皆様ご贔屓の作品が獲れなかったのは悔しいと思うが、文学賞観ていれば受賞作無しは普通にあるからなぁ。
 受賞作無しには批判があるだろうが、受賞作として出す以上一定の水準を超えたものでなければいけない。例えば文学賞で今一番そういうのにこだわっている所に日本推理作家協会賞の短編部門がある。しょっちゅう受賞作無しを連発するがその分、受賞作のクオリティはお墨付きである。それでいいじゃん。
 まぁ、受賞作無しの最大の原因は下読み。
 演劇の多様性に岸田賞が追い付いているかというと・・・。本当に候補作が年間ベストかというと疑問である。演劇という構造上やはり知名度のある作家ばかりである。そうなると自然に作品傾向も縛られてしまう。新進気鋭枠では小御門が候補になったのは嬉しいが正直配信演劇枠で入った印象でこれより優れた作品はもっとあった。普通の演劇でも入ったかどうかというと多分無理。でも、割と毎年そういう感じだった。そういう中で『A-②』のような作品が候補になるというのは驚き。私はこれが大きな一歩であると信じている。
もし、この結果に不満があるのならばいっそ賞を作ればいい。演劇賞が少なすぎることが問題なのだから。数少ないチャンスが潰されたから怒っているというのもあるんだから、たくさん演劇賞があれば岸田賞が受賞作無しでも皆怒らないんじゃない?知らんけど。


執筆者プロフィール
ヤバイ芝居
(1971生。ヤバいくらいに演劇を観ない観劇アカウント(@YabaiSibai)since2018秋。Twitterでヤバイ芝居たちを応援していたら九龍ジョーに指名されて『Didion 03 演劇は面白い』に寄稿したのが、人生唯一のスマッシュヒット。最近、noteを始める。)

公社流体力学
(永遠の17才。2015年旗揚げの演劇ユニットであり主宰の名前でもある。美少女至上主義を旗印に美少女様の強さを知らしめる活動をしている。やってることが演劇かどうかは知らんが10代目せんがわ劇場演劇コンクールグランプリ。5月に公演『夜色の瞳をした少女、或いは、夢屋敷の殺人』@せんがわ劇場をやります。
note

演劇クロスレビューは執筆者を募集しております。東京近郊在住で未知との遭遇に飢えている方を求めております。(一銭にもならない活動ですので、その点はご了承ください)

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